第4話 戦う肉体、従う雌
アリーナの砂は、もはや彼女の肌の一部のように馴染んでいた。
戦いの鐘が鳴り響く。
セシルは、首と手首を繋ぐ鎖をジャラリと鳴らし、身構えた。
連日の「夜の訓練」により、彼女の全身は痣と指跡で覆い尽くされている。
指先一つ動かすのも億劫なはずの疲労。だが、いざ男たちが武器を手に襲いかかってくれば、彼女の肉体は驚くほどの反応速度で「騎士」へと回帰した。
「……はあ、っ、ああああ!」
木剣を振るう兵士の懐に飛び込み、肘打ちでその鳩尾を穿つ。
続いて背後から迫る長槍の穂先を、鎖を絡めて奪い取り、石突で喉元を突く。
一対多数。
本来ならば絶望的な状況。
しかし、セシルの動きは昨日よりも、その前日よりも、鋭く洗練されていた。
「ひるむな! 相手は女だ、畳み掛けろ!」
兵士たちの叫びが遠く聞こえる。
セシルの視界は、異常なまでに冴え渡っていた。
なぜこれほど動けるのか。
なぜ、この満身創痍の身体で、男たちを圧倒し続けられるのか。
彼女の脳裏に、昨夜の記憶がフラッシュバックする。
――自分が叩き伏せた男たちの、荒い鼻息。
――自分を組み敷く、敗北者たちの憎悪に満ちた熱。
――蹂躙されるたびに、身体の芯を駆け抜けた、あの痺れるような衝撃。
(……勝ちたい……。いや、勝たなくては……)
その渇望は、もはや「騎士としての名誉」からくるものではなかった。
彼女の身体は、理解してしまったのだ。
「昼のアリーナで勝ち、強さを証明すればするほど、夜に与えられる辱めはより激しく、より執拗なものになる」という事実を。
彼女が振るう拳は、もはや敵を倒すためのものではない。
夜、自分を蹂躙する男たちを「育成」するための、凄惨なまでの挑発。勝利すればするほど、夜の絶望は深まる。
そしてその絶望が深まるほど、彼女の肉体は、今まで知らなかった「所有される側の快楽」に、より深く溺れていく。
「……ふ、ふふ……っ」
戦いの最中、セシルの唇から、場違いな笑みがこぼれた。
観客席の兵士たちが、その笑みに戦慄する。
泥と血にまみれ、衣服の破片を揺らしながら男たちをなぎ倒すその姿は、高潔な騎士などではなく、闘争と愛欲の女神――バルバドの狂気に染まった「戦鬼」のようだった。
「そこまでだ!」
ガンツの声が響き、今日の戦いが終わった。
セシルの足元には、七人の男たちが呻き声を上げながら転がっている。
彼女は肩を大きく上下させ、荒い呼吸と共に汗を滴らせた。
首筋の鎖が、夕陽を浴びて鈍く光る。
「……また、勝ったな。セシル」
ガンツが歩み寄り、彼女の濡れた髪を鷲掴みにして顔を上げさせた。
セシルの瞳は、虚空を見つめている。だが、その瞳孔は異常に開き、頬は微かに高揚で赤らんでいた。
「七人だ。……お前に恥をかかされた男たちが、今夜も復讐の列を作っているぞ。昨日よりもさらに、お前を壊したがっている連中だ。楽しみか?」
「……ぁ……あ……」
セシルは答えなかった。
だが、彼女の指先が、首の鎖を無意識に握りしめた。
拒絶したいはずの「夜」を、身体が、細胞が、熱を帯びて待ち望んでいる。
騎士としての理性は、そんな自分を「卑しい雌だ」と罵り、呪っている。
しかし、その呪いそのものが、彼女にとっては至高のスパイスとなっていた。
「……私は……騎士……。グランドリアの……」
独り言のように呟く言葉には、もう力がこもっていない。
夜になり、地下の冷たい石畳に吊るされ、昨日の男たちが再び現れる。そこで自分を待ち受けているのは、騎士としての死と、バルバドの戦利品としての生。
昼は「最強の戦士」として君臨し、夜は「最底辺の玩具」として愛玩される。
この歪な二重生活が、セシルという「魔剣」の芯を、ゆっくりと、だが確実に、再起不能なまでに曲げていく。
彼女の魂が完全に折れる音を、ガンツは確かに聞いた。
「……良い顔になった。……おい、こいつを地下へ連れて行け。……とびきり威勢の良い男たちを、十人用意しろ」
鎖が引かれる。
セシルは、もはや抗うことなく、泥の上を引きずられていった。
その背中は、これから訪れる暴風のような屈辱を予感し、歓喜に震えているようにさえ見えた。




