第3話 月下の蹂躙
地下独房の空気は、湿った土と鉄錆の臭いに満ちていた。
天井の小さな格子窓から差し込む月光だけが、石壁に冷たい影を落としている。
セシルは壁に打ち込まれた太いリングに、両手首の鎖を短く繋がれていた。腕は頭上に吊るされ、つま先が辛うじて床に触れるだけの、不自然な姿勢。
「……っ、ふ……っ、く……」
日中の激闘で酷使した筋肉が、熱を持って疼いている。
だが、それ以上の痛みが、彼女を縛る鎖から伝わっていた。
――ガチャリ、と重い鉄扉が開く音が、静寂を切り裂いた。
入ってきたのは、松明を掲げた五人の男たちだった。
彼らの顔には、日中の「敗北」の証が刻まれている。
顎を砕かれ包帯を巻いた男、目の周りをどす黒く腫らした男。彼らは皆、昼間はセシルの圧倒的な武技の前に、ただの「肉塊」として転がされていた者たちだ。
「……何の、用だ……」
セシルが低く声を絞り出す。
吊るされた姿勢のまま、彼女は鋭い眼光を男たちに向けた。だが、その声には、アリーナで見せた覇気は微塵もなかった。
「用? 決まってるだろう、騎士様。ガンツ様から『許可』が出たんだ。……敗者の復讐ってやつをな」
一人の男が、松明を壁のホルダーに差し、不気味な笑みを浮かべて近づく。
彼は、セシルが最も激しく叩きのめし、肋骨を数本折ったはずの兵士だった。彼は痛みに顔をしかめながらも、その瞳にはどろりとした優越感を宿している。
「あんなに大勢の前で、俺を恥かかせてくれたな。……あの時は強かった。だが、今はどうだ?」
男の汚れた指先が、セシルの剥き出しの脇腹に触れた。
セシルの身体が、弾かれたように震える。
「やめろ……。触るな……っ!」
「触るなだと? ハハハ! 命令か? 鎖に繋がれた犬が、俺に命令するのか!」
男の怒声と共に、セシルの頬に激しい平手打ちが飛んだ。
頭が揺れ、吊り上げられた肩に鋭い激痛が走る。
続いて、別の男がセシルの髪を掴み、無理やり顔を上向かせた。
「おい、見ろよ。こいつの身体。鍛え抜かれてやがるが、やっぱり女だ。……昼間、俺を蹴り殺そうとした脚はこれか?」
男たちは、セシルの身体を「検分」し始めた。
それは武人としての評価ではない。
一頭の家畜、あるいは安価な娼婦を扱うような、無作法で暴力的な手つき。
彼女が騎士として積み上げてきた努力、磨き上げた肉体。
そのすべてが、男たちの欲望を刺激するだけの「素材」として扱われていく。
「くっ……殺せ……! こんな真似をするくらいなら、今すぐ私を……!」
「殺すわけないだろう。お前は『動く盾』なんだ。……俺たちの憎しみが消えるまで、たっぷり可愛がってやるよ」
男の一人が、セシルの足元に纏わりついていた麻布を、無造作に引き裂いた。
夜の冷気が、彼女の腰筋を撫でる。
セシルは必死に脚を動かして抗おうとしたが、吊るされた姿勢では力が入らない。逆に、鎖が肌に食い込み、さらなる激痛を招くだけだった。
「……ぁ……あぁ……っ……」
やがて、一人目の男が、勝利の凱歌を上げるように彼女に覆いかぶさった。
彼がどれほど弱く、剣技に欠けていようと、今のセシルにとっては抗いがたい重圧でしかない。
彼女を叩きのめしたかつての「弱者」が、今は「支配者」として彼女の聖域を蹂躙していく。
月光の下で、セシルの絶叫が地下廊下に響き渡った。
だが、その声は厚い石壁に遮られ、誰に届くこともない。
男たちの荒い鼻息、皮膚が擦れ合う音、そして彼女の誇りが砕け散る音。
一人が終われば、また次が来る。
「強さ」が報復の理由となり、彼女の「敗北」こそが、男たちの傷ついた自尊心を癒やす薬となる。セシルの意識は、絶望の深淵へと沈んでいった。
しかし。
終わりの見えない暴力と辱めの中で、彼女の脳裏に、ある異変が起き始めていた。激痛と屈辱の果てに、奇妙なほど冴え渡る感覚。自分が無力であることを物理的に証明されるたびに、脊髄を駆け抜ける、熱く痺れるような衝動。
(……私は……私は、騎士……。なのに……なぜ……)
夜明け近く。
嵐が去った後のように静まり返った独房で、セシルは虚ろな瞳で天井を見つめていた。吊るされた腕の感覚は麻痺し、全身は男たちの痕跡で汚されている。
彼女の騎士としての魂に、初めて「亀裂」が入った夜だった。




