46. 大丈夫です
「僕は……」
オスカー様の抱きしめる力が強くなった。肩が熱い何かで濡れる。
「僕は、アンナの側にいたい。離れたくない。一緒に生きたい。結婚式を終えても、このままアンナを幸せにして、一緒に年を取りたい」
掠れたり上擦ったり、初めて聞く声だった。
「うん」
オスカー様は、私が思っている以上にずっと不安だったのだと思う。
自分だけ違うというのは、酷く寂しくて辛い。村で一人頑張っていた頃、みんな年頃らしい生活を楽しんでいる中、私だけが違う世界にいるみたいで、いつのまにか距離が生まれていた。悲観してはいけない。だけど、事実がそこにある。痛くてしょうがなかった。
私でさえそうだったのに、別の世界の記憶なんて、どれだけ辛かっただろう。
「アンナと一緒にいたいのに、できるかわからない。この世界に来てからずっと、強制力を見てきた。どうすることもできなかった」
変な世界だと思う。オスカー様の言っていることを素直に受け入れられない自分もいる。別の世界があるだなんて、考えたこともなかったから。
でも信じましょう。オスカー様は誤魔化すことはあっても嘘をつくことはない。だって私を愛しているから。
「アンナを幸せにする。それだけは、何があっても守る。だけどっ」
もう。私の幸せを優先しなくてもよかったのに。怖いことは怖いと言ってくれればよかったのに。
「私が側にいるって、忘れないで」
ポンポンと背中を叩く。あやすように、落ち着けるように。
「……別に、結婚式なんて挙げなくていいの」
オスカー様は私を幸せにしようとする。じゃあ私も、私がオスカー様を幸せにしよう。
私はもう、あなたのおかげで大丈夫だから。
「物語を終わらせたくないのなら、終わらせなければいい」
オスカー様の話通りなら、私にはもう強制力はない。オスカー様が足掻いていたのが証拠だ。あれだけ疲れた様子だったのだから、それはもうたくさん考えて行動してくれていたのだろう。この人ができると言ったのだから。
「難しく考えすぎよ。私が結婚式を拒否すればいい。式の最中に逃げちゃってもいいかも」
王族として結婚式をしないのは難しいかもしれない。でもオスカー様ならどうにだってできるだろう。
「私を見て。顔を見せて」
好きな人と結婚できた。私の夢は叶っている。
向き合って、頑張って背伸びして頭をくしゃくしゃと撫でる。袖を引っ張って、部屋の中に入って。一人でいないで、一緒に悩みましょう。
翌朝、オスカー様が腫れた目元のまま、
「……すまない、みっともないところを見せた」
なんて言ったものだから、頬を引っ張ってあげた。いつも仏頂面であんまり使っていないからか、案外柔らかい。
「全部見せてくれなきゃ、拗ねますよ」
二人で笑って、寝坊した。
それにしても、一気に謎が解けた。人間不信なのも、天才なのも、隠し事が多かったのも。まさかこんな理由があっただなんて。これ以上の隠し事はないだろうけど、これから一生隠し事はさせない。お母ちゃんは言っていた。夫は世界で一番愛した上で、尻に敷いてなんぼよ、と。あの時、お父ちゃんは土下座していた。
「拗ねたらどうなるのか、少し気になるところもある」
「そうですねぇ。何も言わずにずっと離れないかもしれませんよ」
「無言なのは困るが、それはそれでいいな」
「いつも逆ですもんね。じゃあ別の拗ね方を考えないと」
冗談を言い合いながら、朝日を浴びてまどろむ。そのうちに不埒な手が伸びてきて、叩き落とした。今日の予定がないわけではない。
「……これも小説に入れるか?」
「ダーメ。私だけが知ってればいいんです」
このお話は本来、結婚式をして、民の噂でハッピーエンド。だったら順番を変えてしまえばいい。ちょっと気恥ずかしいけれど、私の話を大衆小説にして流すことになった。先にハッピーエンドにしてしまう。物語が周知され、祝福の中で結婚式をする。
「でも、誰に書かせます? 王都で評判の作家とかいるんですか?」
「……評判ではないが、心当たりはある」
オスカー様が教えてくれたことに、耳を疑った。え、そんなことって、ある?




