45. 勝手に決めつけないで
「おかえり。アンナ、前々から話していた結婚式のドレスのことなんだが……」
王妃様との挨拶を終えて部屋に戻ると、自然に、でも不自然に結婚式の話をされた。今までは構想段階というか、細かくても実感のない話だった。けれど、ドレスの採寸をいつにするか、それによって季節がいつになるのか、急に現実的な話だった。
「マダム・クラリッサのオーダーメイドは十数年待ちだが、どうにかした」
嘘ではない。けど、真実ではない。
「まさか国家権力を……?」
「王太子の結婚以上に優先される依頼はあるのか?」
違和感には触れずに、和やかに話す。
ただただ、本当に穏やかな顔だった。私は間に合わなかった。オスカー様の計画通りだった。
「オスカー様」
「ん?」
「いいえ、なんでも」
ふわふわのドレスに、タキシード。フラワーシャワーの花はどれがいいか。国は祝日に、王都はお祭りに。楽しい話だった。
いつものように夕食を摂って、いつものように抱きしめあって寝た。
真夜中、肌寒さに目が覚めると、隣にオスカー様がいなかった。ブランケットを羽織ったまま、冷たい空気の方へ向かう。
星が綺麗な夜だった。オスカー様はバルコニーで、葉巻を吸っていた。私が匂いを嫌っていると知ってから、もうずっと吸っていなかったのに。
「……すまない、起こしてしまったか」
バルコニーの柵に押しつけて火を消す。迷子の子供のような顔なのに、普段通りを装えていると思っているのだろう。可愛い人だ。
「言って」
私は背伸びで手を伸ばし、オスカー様がかがんで、夜風に当たって冷たい頬に触れる。
「隠し事はなしよ」
オスカー様は目を見開いて、眉を下げた。
ポツポツと、空に星が落ちるのと同じように、オスカー様は語った。
オスカー様は、別の世界で生きていた記憶を持っていること。この世界は、その別の世界のおとぎ話であること。私たちは物語に縛られていて、私が倒れたあの時、その縛っていた糸が切れたこと。
結婚式が、このお話の終わりであるということ。
「これから、僕はどうなるかわからない。別の世界に戻り、今ここにいる僕の記憶が消されるかもしれない」
オスカー様にきつく抱きしめられる。離したくない、消えたくないと、口にしてくれればいいのに。ただ耐えて、話し続ける。
「対策は終わった。短編集だったとはいえ、一話の時点で読むのをやめてしまったから苦労したが、別の話が起こっても大丈夫なようにした。僕が記憶を失ったところで、アンナの生活は保証される。王妃でいたくなければ、逃げる方法もある」
だから夜中に抜け出していたのだという。
「アンナには、何も知らないままでいて欲しかった」
物語の強制力に耐えて、やっと自由の身になったのだから。好きな人と結婚したいと、言っていたから。
「……馬鹿ですね」
ああ、オスカー様は、盛大に勘違いをしている。私の愛を舐めている。
「オスカー様は、記憶の中の私がお好きですか?」
顔を隠させてなんてあげない。腕の中で抵抗して、離れて、しっかりと目と目を合わせる。
「私は、オスカー様の可愛いところが好き」
もう一度、しっかり教えてあげよう。
「あなたが人嫌いなのは、正しい人だから」
あなたは人のために動く。だから目につく。普通は自分と周りのことで精一杯だから、他人のことなんて見ていない。悪人は悪人を見てもなんとも思わない。
「そんな不器用なところが、私は可愛いと思う」
これは別の世界の記憶によるもの? いいえ、違う。
「たとえ記憶がなくなったとしても、私の好きなあなたが変わることはない。恋した記憶がなくなるのなら、もう一度恋すればいい」
オスカー様は、私を悲劇のヒロインみたいに言うけれど。私はそんなヤワじゃない。
「今考えれば、私は少しおかしかったかもしれない。世界に操られていたのかもしれない。でも、その中で自分にできることをやってきた」
父を亡くした。母が病んだ。幼い弟の面倒を見なければならなかった。幼馴染に、商人に、騎士に、侯爵に婚約破棄された。
「もし神様に人生を一からやり直せると言われても、私はその道を選ばない」
……だからなんだというのか。
「やり直したいことなんてたくさんある。あの時お父ちゃんを止めていれば、お母ちゃんにもっと寄り添えていたら、助けようとしてくれた人の言葉を聞けていたら……なんて。でも」
私からオスカー様を抱きしめる。
「そうしたら、あなたと出会うことはなかった。好きな人と結婚することもなく、何も持たない村娘のままだった」
不器用で可愛くて、私の好きな人。
「幸せは私が決める。勝手に、バッドエンドだと思わないで」




