43. 妻です
「……ねえ、お母ちゃん」
「なぁに?」
「結婚することになったら、普通は義両親に挨拶をするんじゃなかったっけ?」
後日、無事にブランドン家に迎え入れてもらったことを話しに新しい実家を訪ねていた時、ふと気づいた。
ブランドンのお祖母様は、お母ちゃんの義母にあたる。
お母ちゃんの親兄弟は皆生まれる前に死んでいるし、お父ちゃんは村の外から来たしで、私たち兄弟には祖父母がいなかった。つまり、直接は義両親に接する嫁や婿という姿を見たことがない。
……だから、すっかり忘れていた。
「そう、ね。まさかアンナ」
「一度も国王陛下と王妃殿下と会ったことがないわ」
お皿を洗っていたお母ちゃんが手を滑らせる。シンクの中に落ちてよかった。
「王城に住んでるんでしょ?」
「そう、なんだけど……」
食事は全部二人の部屋だし、王妃教育の教室や図書館は別棟だし、基本オスカー様の執務室にいてばかりで……。公務に出席は結婚式を挙げて民や他国に周知してから、という話になっている。
「もしかしてオスカー様って、両親に会わせたくないと思ってる……?」
他の兄弟が全員死ぬほど泥沼だったというのは聞いたけど、両親との思い出などを聞いたことがない。
そもそも、出会う前のオスカー様について、私は何も知らない。
「夫婦に話し合いは大事よ」
「……うん」
あの人は暴走すると止められなかったけれど……とお母ちゃんはお父ちゃんの上着を指した。とてつもなく遠い目をしていた。
「夫婦といえど、結局は他人だもの。大変なことになるわ」
本当に小さい頃、何かを勘違いして半ケツを出したまま家を飛び出したお父ちゃんの後ろ姿を思い出した。
淹れてもらった紅茶を飲み干して、カップを流しに入れてから、実家を後にした。
実家に行くと伝えていたからか、オスカー様は外出中で、おとなしく部屋で待つ。
「あれ……」
よくよく考えてみると、かなりおかしい。王宮にあまりいい思い出がないから、私を一人にしたくないから……一見そんな理由に見える。けど、調べ物も一人で出かけているのも、それでは説明がつかない。一度気付きかけたはずなのに、お母ちゃんのことやブランドン家のことでうまくはぐらかされていたようにも思える。
「……アンナ、帰ってきていたのか」
驚いた様子のオスカー様がタイを緩める。手に持っている封筒は、地図のようなものは、一体何?
「オスカー様」
「ん? どうした」
おかえりなさいも言わずに、オスカー様を見つめる。
「私は、国王陛下や王妃殿下にご挨拶するべきではないですか?」
あなたは、何を隠しているのですか。
「ブランドン家よりも優先すべきはこちらだと思うのですけど」
お互いに情報共有までしていたはずの侯爵から続報はない。けれど、サーラ様の母国が……という話は聞いた。
それに気づいた今、この場で真正面から聞く気はない。
「というか、もうすでに遅いと思うので一刻も早く謁見したいのですが」
こっちも本音ではあるけど。村だったらもう裏で陰口を囁かれまくった結果本人の耳にも入り、堂々といびられているはずだ。
「……嫌いなんだ」
「オスカー様がお嫌いでも、私としては大問題なんですよ」
これは本当。嫌いなのは事実だとしても、別の理由もある。だって、口元に手を当てている。オスカー様の癖だ。
「挨拶にも来ない嫁なんて、印象が最悪でしょう?」
オスカー様が隠し通すなら、私が自分で見つけ出す。そして、話し合わさせる。もう婚約者じゃなく妻で、王太子なんだもの。
「……僕から言っておこう」
「今後長く付き合っていくのですから、自分でどうにかします」
それに、オスカー様の小さい頃の話が聞きたい。




