4. 一生のお願い
あの笑顔が忘れられなくて、いつのまにか商会の前にいた。
『うおっ! 誰だ……ってなんだお前かよ』
『珍しく覇気がなかったからさ。犬の糞でも踏んだ?』
背中をつつかれて後ろを見れば、へなっとした優男がいた。この商会の跡取り息子で村の取引相手。アンナの親父さんに連れられて街に来た時に、金袋をひったくりから奪い返してやって、それからのダチ。
『ああ、いや……それがよ』
今日のことを話すと、お嬢ちゃんについて知っているようだった。花屋の美人として有名らしい。知っていても助けようとしねえところがムカつくが、強制するもんでもない。俺が助ければいい話だ。
『うちの村なら、そんな目に遭わねえんじゃねえかって』
村のやつらに惚れられたとしても、俺が守ってやれる。そもそも人数が少ねえし、花はたくさんある。怯えて過ごす必要はない。
『でも君、村に結婚を約束してる人がいただろ?』
『ああ……まあ、うん』
アンナがいい顔をしないのは確実だ。犬猫感覚で拾ってくるんじゃないって怒られる。
『アンナには、俺しかいないもんなぁ』
『ん? どういうことだい?』
『村は人が少ねえからよ、俺しか結婚相手がいないんだ』
『なるほど。村には村の悩みがあるわけだ』
ぼんくら息子のくせしてしみじみと言うもんだから背中を叩く。
『なんだよ、お前に悩みなんてないだろ!』
『……僕だって悩みくらいあるさ。母さんがあんなだから、お嫁さんが見つかんない』
商会の奥様が一昔前の流行病の後遺症で寝たきりってのはそこそこ有名な話だ。体が不自由なだけで頭はピンシャンしてるもんだから、余計にタチが悪いとかなんとか。
『世話係を雇ってもすぐ辞めさせちゃうんだ。嫁にしか面倒を見てもらうつもりはないって、母さんのせいで見つからないんだってば』
バチン。
やれやれと肩を落とす姿に、違和感を覚える。何か、今、大事な道が開いた気が……。
『あぁっ!!』
何かが来た。というより、野生の勘がでけえ声で言った。
アンナは、俺よりこいつと結婚するべきだって。
『お前がアンナを嫁にもらえばいいじゃないか』
『……えぇ? 何を言ってるのか、わかっているのかい?』
『お前のとこなら、アンナは衣食住に困んねえし、今より楽な暮らしができる!』
俺と結婚するよりよっぽどいい。アンナは俺のこと好きじゃないし、俺も苦手だ。気が強いから、こういう優男との方がうまくいくだろうし、ぼんくらなこいつのケツを叩いている姿が目に浮かぶ。
『村の子だろ? 母さんがなんて言うか』
『アンナは頭がいいし、真面目だし、働き者だぞ!』
なにせ親父さん譲りで頭が切れるし、何でもすぐにできてしまう。村の学校でも常に一番だった。
『じゃあなんで僕に売り込んでるのさ』
『恋は説明できない。オレは馬鹿だから!』
あと、俺はお嬢ちゃんのことが好きだから。今わかった。これが恋か。
『一生のお願いだ。アンナに不自由のない暮らしをさせてやってくれ』
俺はきっと、あいつを幸せになんてできない。でも、アンナの親父さんには恩があるし、何より幼馴染だ。
『君の言う一生のお願いは、きっと本当なのだろうね。でも、僕は代替わりの時に結婚するって決められてるから、しばらくは婚約状態になるんだ』
『構わない!』
『君が決めることじゃないでしょ……』
それはもうしつこく、お願いだと、アンナはいいやつだと繰り返しているうちに、日が暮れてきて、とうとう根負けしてくれた。
『あーもうわかった。引き受けるよ。その代わり、従業員が足りない時は山を駆け降りてでも手伝いに来てくれよ?』
『おう! 恩に着る!』
今回の代金を預かって、俺はさっきの花屋に走った。お嬢ちゃんは閉店作業をしながら、俯いていた。
『お嬢ちゃん!』
『あ、さっきの……』
『俺と村に来ねえか!?』
夕日に照らされたお嬢ちゃんは、驚いたような、でも明るい顔をしていた。今日会ったばっかで一緒に来いなんて、馬鹿だと思うだろ? でも俺は馬鹿だから。
『村なら、守ってやれる。暮らしは不便かもしれねえが、一生懸命養う。だから、俺と一緒に来ねえか!?』
お嬢ちゃんは迷って、それでも俺の手を取った。もう暗いから街に一晩泊まって、村に連れ帰った。真っ先にアンナの家に行って、吹っ飛ばされた。良い右ボディブローだった。
「あなた?」
「ん? いや、アンナは何なんだろうなって」
今では、何となく、俺は通過点だったような気までする。
「何……とは?」
「なんでもない。よし、飯にするか!」
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