21. 王城に行きました
何も言わずに自室だった部屋に帰り、荷物を詰める。自分で刺繍したハンカチだけど、刺繍は侯爵の婚約者として必要だった技術。ドレスや宝飾品は、舞踏会やサロンなどで立場を示すために必要だったもの。全部、私のものではないから、結局トランク一個分。
侯爵は申し訳なさそうな、言いたいことがあるような、言わない方がいいのか……みたいな謎の感じで物陰からこちらを見ていた。
「ふん」
今までは諦めて去っていたけど、侯爵に対しては当てつけたいというか、契約だったくせにという思いがあった……からしっかり目を合わせてから無視した。反省していればいい。これからも、関わるのかもしれないのだから。
「では……」
「ぐはっ」
去り際に腹に一発入れもした。侯爵はこんなことでは怒らないし、オスカー様だってきっと許してくれる。なんなら一緒にもう一発入れてくれる。
侯爵邸から馬車で数時間。王都は春に沸き立っていて、王城はとても立派だった。数年前の私だったら、財力の違いに腰を抜かしていたと思う。
応接間に案内されて、紅茶を出されて。オスカー様が話していた通り、一口も飲まずに待った。王宮では信用のおける数人以外が出したものは口に入れてはいけない。
ドアが開く。静かに立ち上がって、頭を下げた。
「お久しぶりです、オスカー様。これからよろしくお願いしま……」
「籍を入れよう」
理解する前に、紙と羽ペンを押し付けられる。私が名前を書くところ以外、全部記入されていた。何これ。
「あの、女性避けの防波堤では?」
「何を言っているんだ?」
「なぜ結婚の証書を渡されているのかが聞きたいのです」
「結婚するからだが?」
何を当たり前なことを聞いているんだ、という風に詰められる。はい?
「なぜ結婚するのです?!」
「好きだから以外に理由があるか?」
「はい?!」
こっちがあっけに取られている間にガッと手を取られ、すでにインクの付いた羽ペンを持たされて、名前を書かされる。いや、犯罪ですよそれ。
「よし、あとはこれを出してくる」
「ちょっと待った!!」
「ん? なんだ? 時間が惜しいんだが。結婚式はもちろん別で、時間をかけて正式に行う」
妙に元気な様子のオスカー様を止める。何大事なことをしれっと流しているのだろう。まるで、当たり前のように。
「好き、なんですか?」
「ああ、好きだ」
「なんで」
「好きに理由も何もない。好きなところなら朝まで伝えられるが、夫婦になった後にしてくれ」
頭を撫でられ、額にキスされ……思わず額を押さえる。顔が熱い。何年もいろんな人の婚約者になったけど、こんなことなかった。何してるのこの人。
「案外初心だな」
オスカー様がくしゃりと笑う。その笑い顔が可愛いと思ったのは、初めてじゃない、けども。
「あいつが姫を好きになってくれて好都合だが……謎の強制力が働いては我慢ならないからな」
かなり冷たい気持ちで来たのに、これどうなってるの。急展開すぎて、何もわからない。誰かこの状況を説明してほしい。さては二人だけで何か進めてたな。なぜ私に話していない。ちょっと出てこい侯爵。
「まっったくもう!」
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「……うぅん、怖気がするなぁ」




