20. 嫌な予感はしていました
「いやぁ……あの国もなかなか闇深いよ」
王女様の話をよく聞いたらしき侯爵はげんなりとしていた。ご自慢の金髪から艶が消えている。謎に束になっている毛がぺしょっている。
「姉妹間でのいじめに、暗殺。母は父に子を売り、父もまた子を売る。そして容赦なく切り捨てる……殿下と話が合いそうだよ」
ふふふと笑っているけれど、これはヤケクソと見た。そして随分と聞き出すのに苦労したようだ。
とはいえ、殿下と話が合いそう……ねぇ。
「同族だと傷の舐め合いになって嫌なのでは?」
「……ああ、なるほど。殿下は自分のこともそこまで好きじゃないからなぁ、鏡のようで嫌なのかもしれない」
ふむと考える侯爵。
私も侯爵とは少し似たようなところがあるから苦手だし、わからなくもない。絶対に好きにはなれない。
また別の日には、何やら悩んでいた。
「女性が心安らぐものって何かな?」
「……共感とか?」
「もので頼むよ」
「女性問わず、アロマなどは安らぐと存じますが」
鎮静効果もあって睡眠にいいらしいし、いい匂い嫌がる人はいない。侯爵領のギフトショップでも人気だ。騎士様の婚約者だった頃はご近所付き合いでよく買っていた。侯爵は納得して、商人を呼び寄せていた。
いくつか購入し、意気揚々と王宮に向かったものの、意気消沈して帰ってきた。
「昔、危ないものを吸わされて生死を彷徨ったらしい」
「あぁ……」
「何か他はないかな?」
知れば知るほど王女様は可哀想だった。そして、いつも余裕そうに悪魔の顔で人を手玉に取っている人のそういう姿は、ちょっぴり愉快だった。
「やっと姫君が目を見て話してくれるようになったよ」
「侯爵にしては随分と時間がかかりましたね」
「こんなのは殿下以来だよ」
一時期顔色の悪かった侯爵が、ご機嫌になっていく。しばらくの間の夕食の時の会話のネタは王女様のことだった。
思えば、この時点で気づくべきだった。
「私は、愛する人ができてしまった」
その愛する人というのが、王女様だった。
侯爵が申し訳なさそうな顔をする。食えない人にそんな顔をさせるくらいには、この三年で親しくなれていた。
ああ、そうか。そういうことか。
「それで……」
「結構です」
二度あることは三度ある、と言うけれど、三度なんて超えた。今回で四度目の婚約破棄。十八の時に婚約を破棄されて、今は二十四。
「もう、疲れたんです」
今回は契約だった。でも、だからこそ大丈夫だと思っていた。侯爵の条件に適う人なんて、いないと思っていた。
私は、キューピッドなのだと思う。私との婚約を破棄した人は、皆幸せになれている。
「疲れました」
……でも、じゃあ私は? また捨てられる恐怖に怯えて、やっと慣れた頃に捨てられるの?
段々と、婚約破棄される時の辛さが増しているのに。
「いっそ未婚のままで働きに出ます。皆様のおかげで、もう何も持たない村娘ではなくなりましたから」
今まで様々な経験をした。今までは婚約者だったから、お給金はもらえなかったけど、この能力があれば、家族に仕送りができるくらいには稼げると思う。幼馴染を雇って、またうちの面倒を見れるくらいに稼がせるか。いっそ侯爵に慰謝料として山にトンネルを掘らせるか。商会の時には思いつきもしなかったけど、侯爵家の財力を知った今なら、不可能ではない。
「では、お世話になりました」
髪艶が良くなった。目元のクマがなくなった。健康的な体を持った。教養を手に入れた。
キューピッドという仕事の代わりに、神様が与えてくれたものは、自立するに有り余るほどの力だ。
「アンナ、待ってくれ。こんなことを言う権利はないと思う。だが、もう一度だけ、信じてくれないか?」
去ろうとした私を、侯爵が引き留める。
「殿下が、君を娶りたいと」
侯爵の必死な顔に、天を仰ぎ見る。
ああ、神様。今度は殿下を幸せにしろと言うのですか。今度こそ国中の笑い者ですよ。
「わかりました。お引き受けします」
また捨てられてでも、運命の人と引き合わせてみせます。でもどうか、あの人間不信な不憫な人を最後にしてください。
「お幸せに」




