15. 侯爵と契約しました
いかように騎士様に婚約破棄され、侯爵の婚約者になったかを語ったら、なぜか侯爵と王子が目の前で談笑し始めた。
「……さて、殿下。用は済んだかな?」
「ああ。また後でくる」
お茶菓子が美味しかったとか、ここの応接間は相手との距離が遠すぎるだとか。どうでもいいことだけを語って、普通に帰ろうとするから、呆然とする。用があってきたんじゃないのかと。
「では、また」
バタン、とドアがしまって、侯爵を睨みつける。侯爵の目が泳いだ。
侯爵家にやってきたばかり、契約を結んだ時には、王子殿下に気に入られる必要がある、なんて一言も教えてくれなかった。
*
「君に、私の婚約者をお願いしたい」
婚約者、という名の防波堤。美麗な顔で言われても、そうとしか聞こえなかった。
これは契約なのだと、すぐに理解した。
……今まで、本当はいつか好きになれるんじゃないかとか、思ってたから痛かったのかもしれない。最初から、割り切るべきだった。
「では、代わりに私の家族の面倒を見ていただけますか?」
幼馴染には子供が三人生まれ、私の母の面倒を見るのが厳しいのだと、手紙をもらっていた。理解できる。過疎村で小さな子供を育てているのに、随分前に婚約破棄した女の母の面倒まで見てられない。
きっと、もちろんですと言ってくれただろうけど。騎士様に何となく話しづらくて、今まで手紙を返せずにいた。
「ああ、そんなことでいいのか」
でも、侯爵とは契約でしかないから。近所の人にお金を奪われては困るから、私からのほんのわずかな仕送りという体で送ることになった。
「あまり、貴族令嬢と結婚する気にはなれなくてね」
侯爵は権力の関係的に、高位の令嬢と結婚することはできず、下位の令嬢のハイエナのような視線と無能さに辟易としているらしい。その上、殿下が結婚できるまでは、自分もする気がないのだとか。
「君は素晴らしい。メイドたちから好かれているし、有能だ。周りに結婚を急かす者もいない」
とはいえ、侯爵家の妻がマナーのなっていない平民というのもよくない。
私は侯爵家の遠縁の子爵家の名ばかりの養子となり、淑女教育を受けることになると言われた。元より家名なんてない家だけど、書類上とはいえ、別の家族になるのはキツかった。でも、書類よりも生きている人間の方が大事だから、飲み込んだ。
「つまり、愛は不要。互いのために婚約しようと言うわけですね」
「話が早い人は好きだよ」
こうして、私は侯爵の婚約者になった。主人としての振る舞いを教えてもらいながら、貴族の生活に慣れる日々。勉強、マナー、ダンス……本来何年もかかるものを、一年で叩き込まれた。学ぶのは嫌いじゃなかったし、器用な方ではあるけど、それでも結構大変だった。
「やはり君は優秀だ」
「恐れ入ります」
でも、侯爵は食えない分だけ気が利く人で、落ち込みそうな時にはそれとなく家に帰る予定ができていた。遠くても、山が険しくても、お金と権力があれば、案外楽に帰れた。村の人にバレないようにこっそりだったけど、お母ちゃんは高い薬で元気になり、クリフも笑顔が増えていた。
貴族の生活になって、やることは多かったけど、その分対価も多かった。
そして今年の春、黒髪碧眼の美男に婚約者として紹介された。
「やあ、待っていたよ。彼女が私の婚約者のアンナだ」
「お初にお目にかかります。アンナと申します」
彼は、新聞でしか見たことないほどやんごとなきお方、王子殿下だった。
ただの平民が、まさか王子の前でカーテシーすることになるとは思いもしなかった。王子殿下といえば、人間不信で有名な方で、有能なのに婚約者ができないせいで男色とまで言われていた。
「アンナ、私と殿下は乳兄弟でね。よく突然くるから、慣れてくれ」
後ろで花が咲いていそうに伏せ目で言われても、誤魔化されない。そんなこと聞いてないんですけど。
……あの時も、そう思った。




