10. 騎士様と生活しました
「続きを話してほしい」
応接間に入った途端のことで、驚いた。王子殿下はまた、侯爵が留守の時にやってきた。今日は隣の領主と新しく見つかった鉱山の視察に行っていた。
「……また急ですね」
正直、警戒を解いてもらえれば……と思って話し始めただけだったのに、まさかここまで食いついてもらえるとは思わなかった。
「君のことが知りたい」
低い声が耳に響く。喉が詰まった気がして、息を深く吸って、深く吐く。
「……侯爵家の騎士様の婚約者になったところから、でしたよね」
*
「これからよろしくお願いします」
「急なことですみませんが、よろしく頼みます」
騎士様は真面目で堅物といった雰囲気で、花形職業なのに遊んでいる感じがしなかった。確かに家は汚かったけど、私のために用意してくれた一室だけは綺麗で、ありがたかった。
部屋に荷物を置いて、リビングで向かい合って座る。
「まずは、お互いに擦り合わせがしたく」
「はい」
「自分は、婚約者として家事や付き合いを頼みたいと考えています。アンナさんは、私に何か求めるものはありますでしょうか」
「最低限の生活……でしょうか」
「それは勿論です。お金も好きに使ってください」
どうやら、騎士様は色々と不器用らしく、家事が下手くそらしい。その上で出世頭の騎士団長補佐で忙しいと。忠義者だから、主君よりも先に結婚するつもりもないと。
「わかりました」
こんなに顔が整っていて、立場もあって……私は刺されるんじゃないだろうか、とも思ったけど、何はともあれやるしかない。
まずは汚い家を片付ける。どんどん片付いていく部屋に呆けていた騎士様だったけど、途中で見習いさんが呼びにきて、仕事に行ってしまった。
「……本当に忙しいのね」
家を綺麗にし終えたら、今度は挨拶用の品を買いに行った。物価に驚きつつ、適当なものを買った。
「す、すみません。ただいま、戻りました」
「おかえりなさいませ。帰ってきたばかりのところを申し訳ありませんが、ご近所の方々に挨拶周りに行きますので、付いてきていただけますか?」
お隣の家に住むお金持ちそうなご夫婦や同じく騎士の妻な方々に、挨拶し、頭を下げた。
「近所の方々がいい人そうで良かったです」
「……挨拶など必要だったのですね。至らず申し訳ないです」
「いえ、お気になさらず」
家に戻ろうとしたところで、今度は衛兵に呼び止められて、また騎士様は行ってしまった。二度目となれば慣れたもので、今度は夕食の買い出しに行った。街の人に市場を聞いて、挨拶をしつつ買って。最新式のキッチンや知らない食べ物には悪戦苦闘したけど、騎士様は出来上がった料理に何も文句を言わなかった。
騎士様はとても忙しい方で、私はすごく穏やかな日々だった。料理に凝ってみたり、縫い物に精を出してみたりした。
「本邸のメイドが足りないらしく……」
「わかりました。行って参ります」
時たま侯爵邸のメイドもした。なんでも侯爵に惚れて一服盛ろうとした輩がいて、大量解雇されたのだという話だった。
「ランドリーメイドの仕事内容は……」
「はい。承りました」
人手不足だからといじめられることもなく業務を教えてもらって、二足のサンダルと言えるほどにまで慣れた。婚約者様の主君である侯爵は、確かに美しい人だった。金髪紫眼は麗しく、訪問されたご令嬢は優雅な笑みを向けると惚けていた。適齢期なのに奥様どころか婚約者すらおらず、使用人にも優しいものだから、事件についても納得した。
「新入りさん。君はとてもいい。僕に興味がなさそうなのが、いい」
「恐れ入ります」
メイド長に認めてもらった頃、侯爵にもそう言われた。何だかとても捻くれている人だと思った。のだけども。
「……どうしてあなたが!!」
静かで影の薄かった先輩が、嫉妬に狂って襲ってきた。だから、お父ちゃん直伝の護身術でシメた。一服盛った奴らの残党だと確認して突き出したら、それはもう褒められた。騎士様にも感謝された。
「滅相もありません」
ただそう返した。襲われたからシメた。それだけなのだから。
と、色々ありつつも、穏やかに生活を送れていたし、信頼関係は生まれていたと思う。
あれは、騎士様が遠征から帰ってきた日のことだった。
「お帰りなさい。お夕飯できてますよ」
「ありがとう存じます。……あの」




