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【第四章 第一話 揺れる選択】

第四章始まりまーす m(_ _"m)作者

戦場にはまだ、血と鉄と焦げた大地の匂いが漂っていた。

巨大なクレーターの縁で、誠人はただ空を見上げていた。

さっきまで暴れ狂っていた魔族の軍勢も、四天将ヴァルザークの消滅と同時に退き、残されたのは呆然と立ち尽くす兵たちの姿だけだった。


その静寂を、鎧の擦れる音が破った。

鋼殻騎士団の団長、ガウェインが重々しい足取りで近づいてくる。


銀灰色の髭を撫でつけながら、彼はどっしりと誠人の前に立った。


「――まずは、よくぞこの場を凌いでくれた」

低く響く声は、戦場を支える盾のように重い。


誠人は軽く頭を掻いた。

「凌いだっていうか……むしろやりすぎた気もするけどな」


彼の背後には、未だ煙を上げる巨大クレーターが口を開けている。

誰も近づけないその光景は、誠人自身が放った力の証だった。


そこに、翠色の髪を風に揺らしたリオナが弓を背負ったまま駆け寄ってきた。

獣人の耳がぴくぴくと動き、彼女は大きな瞳を丸くした。


「……あなた、あれ、本当に“ちょっと試した”だけなの?」


「ちょっとだって。ちょっと」

誠人が悪びれもなく答えると、リオナは感嘆の声を上げる。


すぐに、他の軍団長たちも姿を現した。

蒼炎の魔力を纏うセラフィナ、歯車を背にしたイグナーツ、そして影のようにすり抜けるクロウ。

彼らは一様に誠人を見据えていた。


「さて」

セラフィナが杖を軽く地に突き、静かに言葉を紡ぐ。

「これからのことを決めなければならないわ。魔王軍は退いたけれど、決して終わったわけじゃない」


イグナーツが眼鏡を押し上げる。

「同感だ。現状を整理し、陛下に報告を上げるのが筋だろう。まずは王都に戻るべきだ」


その言葉に、ガウェインが力強く頷いた。

「王都に集い、国王陛下の御前で次の手を定める。それが我ら軍団の責務だ」


――王都。国王。

その単語が耳に届いた瞬間、誠人の表情が僅かに曇った。


「……王都、ね」

小さく呟き、腕を組む。


リオナが首を傾げた。

「え? あなた、もしかして行きたくないの?」


その問いに答える前に、誠人の肩に舞い降りた小さな光。

妖精姿のリルが、ひときわ深い溜息をついた。


「……やっぱりね」


彼女の一言に、周囲の空気が変わる。

軍団長たちが一斉に目を向けた。


「どういう意味だ?」

クロウが低く問いかける。


リルは誠人を横目にちらりと見て、少し困ったように肩をすくめた。


「前世のときからそうだったのよ。国王と誠人は、あんまり相性が良くないの」


「……!」

軍団長たちの視線が一斉に鋭さを帯びる。


セラフィナの瞳が氷のように細められた。

「“前世”……? あなた、軽々しく口にしていい言葉じゃないわよ」


リルは真顔で頷いた。

「でも事実だもの。誠人は……ただの冒険者じゃない」


その場に緊張が走った。


誠人は小さく舌打ちし、目を逸らす。

「……勝手に話すなよ」


だがもう遅い。

軍団長たちは、ただの人間の若者ではない存在を、改めてまざまざと意識させられていた。


ガウェインが重々しく口を開く。

「陛下に報告し、御前で誠人殿の存在を認めていただくこと。それが国と軍を安定させる第一歩だ」


「俺を“認める”……ね」

誠人は鼻で笑った。

「結局、都合よく利用して、要らなくなれば切り捨てる。それが王族のやり方だろ」


刹那、彼の脳裏に断片的な記憶がよぎった。

血に染まった謁見の間。冷たい視線を向ける王。


――「君の役目は終わった」


その声だけが鮮明に蘇る。


気づけば誠人の拳は固く握られていた。


「誠人……」

リルがそっと声を掛ける。

彼女だけは理由を知っている。

前世で何があったのか、彼がどんな思いを抱いているのか。


イグナーツが冷静に言った。

「だが、君の力を知らぬままでは、王都も国も混乱する。陛下の承認なくしては、いずれ味方の中からも疑念の声が上がるぞ」


クロウが不気味に笑う。

「会いたくなくても、陛下の方から必ず会いに来るさ。君が“世界を揺るがす異物”である限りね」


リオナは板挟みのように耳を垂らした。

「うーん……私も王様はちょっと苦手だけど……でも、報告は必要じゃないかなあ」


軍団長たちの声が交錯し、誠人を中心に渦を巻く。


誠人はしばし沈黙し、やがてぽつりと呟いた。

「……どうやら俺は、魔王軍にとっても、人間にとっても“異物”らしいな」


その言葉に、リルがきっぱりと返す。

「でも、それでも“誠人”は誠人よ」


小さな声だった。だが確かに誠人の胸に届いた。

彼は肩の力を抜き、わずかに口元を緩める。


「……ったく、お前はほんと、妙なところで救ってくれるな」


リルは羽を震わせ、微笑んだ。

その笑顔を見て、誠人は心の奥の苛立ちを少しだけ手放した。


――だが、戦場の空気はすでに変わっていた。

誠人が抱く“国王への不信”。

それは軍団長たちにとっても不安の種となり、新たな幕開けを彩る最初の影となった。

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