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【第三章 第十四話 最後の一撃 ――ゼロ・カリギュレーション】

戦場は、かすかに焦げた臭いを漂わせていた。

無数の兵士の足跡と、魔法の衝撃で割れた大地。

血の混じる風が吹き抜け、呻き声があちこちから洩れている。


その中央に立つ誠人は、手にした剣を見つめていた。


(改めて考えると俺は、剣にこだわる必要なんてないんだよな?)


前世で慣れ親しんだ武器。

戦いの象徴であり、頼れる相棒。

だが、今はもう違う。

転生して得た力は、剣に縛られるものではない。

むしろ、剣という形に縛りつける方が不自由に思えていた。


「――誠人!」


澄んだ声が響く。

肩に、軽い重みが戻ってきた。


小さな羽音。透明な光。

妖精姿に戻ったリルが、そこにいた。


「……戻ったのか、リル」


「うん。大丈夫、心配しないで。私も、落ち着いたから」


誠人はふっと息を吐いた。

リルの声は、心のざわめきを静める不思議な力を持っている。

戦場の只中であっても、その安らぎは失われなかった。


誠人は一度だけ剣を振り、土に突き立てた。

武器に頼る自分に終止符を打つように。


「なあ、リル」


「なに?」


「……試してみたいんだ。完全に覚醒した、この力を」


リルの羽が一瞬だけ止まった。

その意味を理解しているからだ。

誠人が言う“覚醒”とは、ただの強化ではない。

根本的に、この世界の理を壊しかねないものかもしれない。


「……本気で?」


「ああ。本気だ」


しばしの沈黙。

リルは目を伏せ、唇を噛む。

止めるべきだ、と頭のどこかで理解している。

けれど、彼女の胸の奥で別の感情が勝った。


――見てみたい。

彼がどこまで行けるのか。その先に何があるのか。


「……ちょっとだけ、ね」


「助かる」


リルのうなずきに、誠人は小さく笑った。

その笑みを見た瞬間、リルは心のどこかで後悔の念を感じていた。


誠人の周囲に、膨大な魔力が集まり始める。

大地が震え、空気が軋む。


「――さあ、始めるか」


両手を広げ、誠人は自然と頭に浮かんでくる詠唱を開始した。


『零より生まれし規定値、虚無に還元されし基盤よ。存在確率を上書きし、観測世界を初期化せよ』

『観測式:マコト・ゼロ・カリギュレーション』

『展開――圧縮空間構築・次元再調律』


その言葉一つひとつが、空間に刻まれていく。

黒い球体のようなものが空中に現れ、次第に強烈な重圧を放ち始めた。

まるで世界そのものが収縮していくように。


ヴァルザークが牙をむく。

四天将の一角、戦場を蹂躙した巨躯の魔族。

その力は災厄と呼ぶにふさわしい。


「貴様……何をした!」


咆哮が空を裂く。

だが次の瞬間、黒い球体は肥大化し、重力のような力でヴァルザークの巨体を捕らえた。


「な、ぐっ……!? 体が……動か、ぬ……!」


抵抗する暇もなかった。

ヴァルザークはそのまま、吸い込まれるように空間に呑み込まれる。


「待て……まだ終わっ、があああああああああああ!!!」


断末魔が響いたのはほんの一瞬。

その後には、沈黙だけが残った。


――それきりだった。


戦場が凍りついた。


兵士たちも、魔族も、味方の仲間たちも。

全員が目の前の光景を信じられずに立ち尽くしていた。


四天将ヴァルザーク。


幾多の英雄を討ち取り、大陸に恐怖を広めた怪物。

その存在が、今……


「あっさり……消えた……?」


誰かの声が震えを帯びる。


戦場を覆った黒い球体は、ゆっくりと収縮し、やがて弾けるように消滅した。

残されたのは――直径百メートル程の巨大なクレーターだけ。


「…………」


誠人は、静かにその中心に立っていた。

魔力の余韻がまだ肌を焦がす。

だが本人は涼しい顔で肩の妖精に視線を向けた。


「どうだ、リル」


「……」


「俺の、力?」


リルは口を開きかけ、閉じ、再び開く。


「……や、やりすぎだよ!!!」


その叫びは戦場に響き渡った。


後悔が胸を締めつける。

彼に許可を出したのは自分。

けれど、まさかここまでとは思わなかった。


「私……『ちょっとだけ』って言ったのに!」

「いや、ちょっとだけだろ?」

「どこが! あれは“ちょっと”どころじゃない!」


誠人は苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。

だが戦場の誰もが笑えなかった。

あまりにも規格外の出来事に、笑う余裕すらなかったのだ。


ただただ、呆然と。


チートを超えた、超チート。

その現実だけが重く残り、戦場の空気を支配していた。


やがて、吹き抜ける風がクレーターの砂塵をさらっていく。


誠人は空を見上げた。

この戦いの幕引きを告げるかのように、曇天が割れ、光が差し込む。


「……まあ、これで一段落か」


リルは頭を抱えたまま、肩の上で小さくため息をついた。


――こうして、魔族の大侵攻は幕を閉じる。

しかしこの後、誠人たちに新たな波乱が待ち受けることを、まだ知らなかった。

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