【第三章 第十話 秘められた力―真の解放①】
城壁の上から見渡す戦場は、まるで巨大な生き物のようにうねり続けていた。
槍が突き立ち、剣が弾け、炎と氷と雷の閃光が錯綜する。
その全てが一枚の布地を編み込むかのように複雑に絡み合い、戦況を絶えず変化させている。
その光景を見下ろしながら、誠人は目を細めた。
「なんだろうな……侵攻が始まったときは押されてた感じだったのに、軍団長が前に出てから一気に流れが変わったな」
隣に立つリルが、風に揺れる銀の髪を押さえながら頷いた。
「そうね。一時は押され気味だったけど……今はもう持ち直している。むしろ、勢いではこちらが勝っているくらい」
二人の視線の先では、各軍団長たちが己の旗を背に次々と戦局を切り開いていた。
重装軍を率いる剛腕の軍団長は、巨岩のごとき大盾を振るって敵陣を押し崩す。
彼の一振りで数十の兵が薙ぎ倒され、突破口が瞬く間に築かれていく。
魔導軍の長は、古代語を唱えながら天空に陣を描き出す。
その瞬間、雷鳴が戦場を裂き、前線を飲み込む。
焦げた大地の匂いが風に乗り、誠人の鼻腔を刺激した。
さらに、疾風の名を冠する遊撃の長は、まるで影のように駆け、瞬く間に敵の首を刈り取っていく。
その足跡すら残さぬ動きに、誠人は思わず息を呑んだ。
それら全てが、誠人の五感に直接叩き込まれてくる。
耳をつんざく金属音、焼け焦げた土の匂い、飛び散る血の温かさ、戦場全体を震わせる咆哮と悲鳴。
――胸の奥が、ざわめく。
誠人は己の心臓の鼓動が急速に高鳴っていくのを感じた。
「……やっぱりすげえな。これが、この世界で生き抜いてきた連中の力か」
何気なくつぶやいた言葉に、リルがちらと横目を向ける。
「羨ましい?」
「いや……羨ましいっていうか、そういうのとも違うな。ただ――体の奥から何かが騒ぎ始めてるんだよ」
その答えに、リルは一瞬だけ目を細め、しかしそっけなく「ふぅん」とだけ返した。
戦場は刻一刻と熱を帯びていく。
大地を割る魔法、肉体を極限まで鍛えた剣技、仲間との練り上げられた連携。
それらが織りなす光景を前に、誠人の中で何かが確実に膨張しつつあった。
鼓動が早い。
息が熱い。
視界が鮮烈に冴えていく。
剛腕の軍団長の盾捌きを見れば、その軌跡と重心移動が手に取るように理解できる。
魔導軍の術式を見れば、詠唱の韻律と陣の構造がなぜか頭に刻まれていく。
疾風の長の身のこなしを追えば、筋肉の収縮や呼吸のリズムすら、自分の体に重ねられるような錯覚を覚える。
――これは、ただの観戦じゃない。
誠人は気づいた。
今、戦場そのものが自分の体に流れ込み、血肉に変わっている。
胸の奥、ずっと閉ざされていた何かが軋みを上げる。
暗く、深い場所に眠っていたコアが、戦場の奔流を受けて震動を始める。
――カッ……と閃光が走った。
目を閉じているわけでもないのに、視界全体が白に塗り潰される。
耳鳴りが轟き、体の芯が焼けるように熱を帯びた。
リルがはっと息を呑んだ。
誠人の輪郭が、揺らいでいる。
魔力の奔流が彼の体から立ち昇り、まるで戦場全体を呑み込もうとするかのように膨れ上がっていく。
「やっぱり……」リルは小さく呟いた。
「こっちに来てからの誠人の成長は、前世の時とは違っていた……」
「やっぱりって、なんだよ……」誠人は震える声で問い返す。
「誠人……あなたの力は、明らかに異常すぎる」
「異常? ……やばいってことか?」
「ううん」リルは首を横に振る。
その瞳は真剣に誠人を映していた。
「これは前世のあなたが夢見た――転生による、新たな力の誕生よ」
「……は?」
言葉の意味を咀嚼する前に、誠人の思考は真っ白に染められていった。
全てが遠のく。
意識は深淵の奥へと沈み込み、同時に無限の光に包まれていく。
そして――
暗闇の底で、何かが目を覚ます音がした。
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