【第三章 第六話 軍団都市騒乱】
重く低い鐘の音が、街の空気を震わせた。
それは訓練や時報のものではない。
緊急警鐘――市民が最も聞きたくない音。
誠人は椅子を蹴るように立ち上がり、窓を押し開けた。
午後の光が射し込み、街路に影を作る。
陽はまだ高く、真昼の光が石畳を白く照らしている。
しかし、その明るさとは裏腹に、通りは不安と混乱で満ち始めていた。
「兵士たちが……走ってる」
リルも窓辺に身を乗り出す。
鋼殻騎士団の鎧が陽光を弾き、怒号と足音が響く。
次々と兵が隊列を組み、南門方面へ走っていく。
「……やっぱりだ」
誠人の胸に、冷たいものが広がった。
鐘の音だけで分かる。
この街に迫っているのは、ただの盗賊や野盗ではない。
「魔王軍の侵攻……!」
リルが杖を握り締めた。
二人は互いに一瞬だけ視線を交わすと、言葉を交わさず食堂を飛び出した。
宿屋の階段を駆け下り、通りに出る。
空気はすでに張りつめており、悲鳴と叫び声が混ざっている。
「市民は北へ避難! 急げ!」
「南区の封鎖を急げ! 影葬衆に連絡を!」
「負傷者搬送班を広場に集結!」
各軍団の兵士が、訓練で叩き込まれた手順を叫びながら走り回っていた。
通りの露店は慌ただしく荷物をまとめ、市民たちは幼子を抱えながら北の高台へと避難していく。
誠人とリルは人波をかき分け、南門へ向かう大通りへ走った。
やがて、視界の端に異様な影が広がった。
陽炎のように揺れる黒い群れ。
砂煙を上げて迫る軍勢。
槍や鉤爪を携えた異形の兵が列を成し、怒声のような咆哮が風に乗って届く。
「――あれが……魔王軍」
リルの声は震えていた。
数では測れない。
目に映る範囲だけでも数千。
さらに奥には影が連なり、地平線の向こうまで黒の帯が広がっている。
誠人はごくりと唾を飲み込み、拳を握りしめた。
掌に宿る光が、意志に応えるように脈打つ。
◆
南門の城壁上では、すでに戦の準備が整えられつつあった。
鋼殻騎士団が盾を並べ、巨大なクロスボウを設置する。
魔導師団は呪文を唱え、結界の光を走らせていく。
職人工房の連中は蒸気仕掛けの投石器を調整し、獣人商団は物資を荷車ごと並べて臨時の防衛柵を築いていた。
「各軍団が……一斉に動いてる」
誠人は足を止め、目を見張った。
騎士団の規律ある動き、魔術師団の冷徹な詠唱、職人工房の実務的な迅速さ、影葬衆が路地から現れて市民の誘導を担う姿――。
まるで一つの生き物のように都市が動いていた。
「これが……軍団都市の本当の姿なのね」
リルが呟く。
しかし、その均衡を壊そうとする黒い波は、すでに城壁まで迫っていた。
◆
地響きが轟く。
先頭に立つのは、角を生やした巨躯の鬼兵。
その後ろには、鉄の棘で覆われた獣や、翼を持つ魔物、そして人型ながらも瞳に理性の光を失った者たちが並んでいる。
「弓兵! 構え!」
指揮官の声が響き、数百の弓が一斉に引かれた。
誠人はその光景に、思わず息を呑む。
前にゲームや映画で見た“開戦の一幕”が、現実となって目の前に広がっている。
「放てッ!」
矢の雨が空を覆い、黒い群れに降り注いだ。
叫び声と血煙が上がる。
だが、倒れても後続がすぐに埋める。
魔導師団の詠唱が完成した。
空気が震え、炎の柱がいくつも立ち上がる。
稲妻が閃き、轟音と共に敵を薙ぎ払った。
「おおおおッ!」
城壁上に歓声が走る。
だが誠人の目には、敵の後方にさらに膨大な軍勢が蠢くのが映っていた。
◆
リルが低く呟く。
「……これはただの先遣隊よ。本隊は、まだ控えてる」
誠人は背筋を凍らせた。
その言葉を裏付けるかのように、敵陣の奥から異様な気配がせり上がってくる。
黒い霧のような魔力が渦を巻き、兵たちが道を空けた。
そこに姿を現したのは――漆黒の鎧を纏う巨影。
四本の腕を持ち、その一つ一つに刃を握っている。
地を揺るがすような咆哮を放つと、前線の魔物たちの士気が一斉に跳ね上がった。
「……“四天将”……!」
リルの声が硬くなる。
誠人は息を呑んだ。
あれが――伝承に語られる、人智を超えた存在。
◆
「全軍、陣を固めろ!」
城壁上の指揮官が叫ぶ。だが、その声にも微かに恐怖が滲んでいた。
誠人は無意識に一歩前に出る。
掌に集まる光は、これまでになく強く輝いていた。
「……ここで、逃げるわけにはいかない」
リルも横に立ち、杖を構える
。
「誠人。気を引き締めて。――これは、軍団都市そのものを揺るがす戦いになるわ」
二人の視線の先、黒い波と光の防壁がぶつかり合おうとしていた。
そして――軍団都市ファルザリアの運命を賭けた戦乱の幕が、今まさに切って落とされようとしている。
年末なので、連続で投稿します。
お暇なら読んで下さい。




