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【第三章 第三話 人の営みの中へ】

草原を抜け、丘を越えた先に大きな街が見えた。

石畳の道が幾重にも伸び、屋根の色も鮮やかに街並みを形作っている。

人々が忙しげに行き交い、馬車の音や商人の呼び声が混ざり合って街の活気を知らせていた。


「やっと……街か」誠人は目を細める。

前世の記憶と現在の時間軸を照らし合わせ、ここがどれくらい経った世界なのかを改めて考える。

「この街なら、必要な情報も物資も手に入るはずよ」リルが肩越しに答える。

しかし、いつもの妖精の姿では、街中を自由に行動するのは難しいかもしれない。


誠人がふと見ると、リルは軽く息をつき、身体を光で包んだ。

光が収まると、そこには人間の少女の姿があった。

「これで、少しは行動がしやすくなるわ」リルは微笑む。

髪の色や瞳の輝き、肌の質感は人間に近く変わっているが、魔力の波動は以前と変わらず高く、微かに周囲に光の残滓を漂わせていた。

「人の姿……か」誠人は軽く頷き、納得した様子で目を街へ向ける。

「これなら宿屋や街の探索も問題なくできそうだな」


二人は検問をパスし街の門をくぐり石畳の道を進む。

商店の並ぶ通りでは、香ばしいパンや料理の匂いが漂い、子供たちが駆け回る声、行き交う商人たちの声、馬車のきしむ音、街に住む人々の活気が感じられた。——すべてがこの街の「人の営み」を示している。


「この街……活気があるわね」リルは少し緊張した面持ちで周囲を見渡す。

「前世の記憶と比べると、ずいぶん時間が経過しているみたい……」

「なるほど……街の建物も整ってるし、人々の生活感も違うな」誠人は目を細め、街の構造を頭の中で整理する。


人波に飲まれるように大通りを進むと、市場が広がっていた。


「さあさあ! 今日入ったばかりの果実だよ!」

「こっちの布は南方からの品だ、触ってみな!」

「安いよ安いよ、今だけだ!」


『ガヤガヤッ』というざわめきに、誠人は思わず足を止める。

木箱いっぱいに盛られた果実は鮮やかに輝き、魚を並べた店からは潮の香りが漂う。

行き交う人々の服装も多彩で、旅人風の格好から、職人らしい前掛け姿、裕福そうな商人まで様々だった。


「すごいな……村じゃ考えられない」

「こういう場所に来ると、この世界がただの戦乱や魔物の脅威だけじゃなくて、人がちゃんと生活しているって実感できるよね」

リルの言葉に、誠人は頷く。

前世でも似たような活気を見たことがある気がしたが、そこには大きな違いがある。——時間の経過。自分の知る文化や技術が、ここでは別の形に発展している。


ふと、近くの露店で少年が紙芝居のようなものを広げていた。

子どもたちが集まり、耳を傾けている。


「昔々、この大陸には偉大なる勇者がいて……魔王を退けたんだ!」

その言葉に、誠人の心臓が一瞬跳ねた。

勇者という響き。

前世、自分が背負わされた肩書きと、そこから生じた妬みや憎悪。

少年の語る内容は細部が歪められ、美談として子どもたちに語り継がれているようだった。


「……俺のこと、か?」

小さく呟いた声を、リルが聞き逃さなかった。

「伝説は時を経て、少しずつ形を変えるものよ。誠人が知っている事実とは違っていても、不思議じゃないわ」

「……そうかもしれないけど……」

誠人は胸の奥に重いものを感じながら、その場を後にした。


街を歩き疲れた二人は、大通りの端にある大きな宿屋へと足を踏み入れた。

木造の重厚な扉を開けると、中は活気にあふれている。

奥の食堂からは賑やかな笑い声と肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきて、誠人の胃袋が思わず鳴いた。

受付に立つのは年配の女性で、忙しそうに帳簿をつけていたが、二人に気づくと顔を上げてにこやかに声をかけてきた。


「おや、新顔さんね。ご宿泊かい?」

「はい。二人で一部屋をお願いします」

誠人が答えると、女性は料金を告げ、鍵を渡してくれる。

簡単なやり取りのあと、階段を上がり、二階の小部屋へ案内された。

部屋は広くはないが、清潔に整えられており、ベッドと机、それに窓辺には小さな花が飾られていた。リルが花の香りを確かめるように鼻を近づける。


「思ったより、いい宿ね」

「うん。これなら安心して休めそうだ」

二人は荷を置き、一息ついた。

外を歩き通した疲労がじわりと抜けていくのを感じながら、誠人は窓を開けた。

夕暮れの街並みが橙色に染まり、人々の往来がまだ賑やかに続いている。


「食事も付いているそうよ。下の食堂で取れるって」

リルが鍵についていた札を見せながら言う。そこには「夕飯は一階食堂にて」と書かれていた。


「腹も減ったし、行こうか」

「ふふ、誠人のお腹、鳴ってたもんね」

軽く笑い合いながら階段を降り、一階の食堂へ向かう。


扉を開けた瞬間、肉の焼ける音とスパイスの香りが鼻を刺激した。

丸太で組まれた大広間には、冒険者風の者や商人、家族連れまで多くの客が集まっている。

木のテーブルが並び、所々に置かれたランプの炎が温かな光を放っていた。

店員に案内され、二人は奥の席に腰を下ろす。

程なくしてパンとシチュー、香草を添えた肉料理が運ばれてきた。

湯気が立ち上り、思わず誠人は唾を呑む。


「うまそうだな……」

「ええ、とても。……いただきましょう」

スプーンを口に運ぶと、滋味深い味が広がり、体の芯まで温まっていく。

思わず誠人の表情が緩んだ。リルもゆっくりと口にし、小さく微笑む。


「……なんだか、久しぶりに人の営みの中に溶け込んでる気がする」

誠人がぽつりと漏らすと、リルは少し驚いた顔をした。

「前世でも、同じような気持ちを抱いたことがあったの?」

「いや……むしろ逆だな。あの時は英雄として持ち上げられたけど、心から人と同じ場所に立ててるって感じは少なかった。今はただの旅人として、こうして飯を食ってるのが、妙に心地いいんだ」


リルはしばらく黙って誠人を見つめ、やがて柔らかく頷いた。

「あなたがそう思えるなら、きっとこの街でもいい経験ができるわ」

誠人は頬をかき、照れ隠しにパンをちぎって口に運んだ。

食堂の喧騒に紛れながら、二人はしばし穏やかな時を過ごした。


その夜、部屋で誠人は窓辺に座り、街の灯りを眺めていた。

人々の声、生活の音。自分がかつて守ろうとしたものが、形を変えてなお続いている。


「リル……俺は、これからどうすればいいんだろうな」

「まずは情報を集めて、自分の力を確かめること。それから、この世界で誠人が何を望むのかを決めればいいわ」

「……そうだな」


誠人は拳を握りしめた。光の魔力がわずかに溢れ、室内を淡く照らす。

過去と今を繋ぐ光。その力をどう使うかは、自分次第だ。


「この街で得たものを糧に、次の一歩を踏み出す」

決意を口にした誠人の横で、リルが小さく微笑んだ。


こうして二人の旅路は、人々の営みの中に溶け込みながら、新たな段階へと進んでいくのだった。

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