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第一話【青の誕生】

「やりましたね教授!」


フラスコを掲げた研究員・中村が、くたびれた白衣を羽織る久我山教授に向かって、歓喜をあらわに叫んだ。


「中村君、少し落ち着きたまえよ。大の大人がはしたない」


久我山は眼鏡をくいと上げながら、落ち着いた口調でたしなめる。

中村は頬を膨らませながら、ゆらゆらとポニーテールを揺らしつつ、前髪を弄り出した。


「聞いているのかね?」


久我山の小言が続こうとしたそのとき、不意に彼の視線が実験室の奥に吸い寄せられた。


一点をじっと見つめ、やがて顔を手のひらで覆うと、そっと背を向ける。


「教授、どうかされましたか?」


返事もせず、背を向けたままの久我山。

じっと観察すると、体が小刻みに震えていて、

つま先が、小さく跳ねていた。


中村はぱっと身を乗り出して教授の正面を捉えて顔を覗き込むなり、


「あれっ、教授〜? どうしたんですか、そんなニヤニヤしちゃって〜?」

 

中村はからかうように笑いながら、久我山の顔を確認していた。


上下関係を無視した馴れ馴れしい態度に、久我山は一瞬注意してやろうかと考えたが、今はそれどころではなかった。



「この世紀の大発明を前にして、平静でいられるものか」

「ふふっ。教授って……意外と、素直なんですね」


そう話した二人の視線の先にあるのは、まるで絵画のように、瑠璃色に染め上げられた一輪の花。

それは、人の手で育てることなど決して許されぬ、禁忌の青。


“青い彼岸花”だった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽



青い彼岸花誕生から数日後ーー。



「中村君、これを見たまえ」


久我山は人差し指と親指で軽くつまんだ一通の封筒を、中村の目の前へと差し出した。


「ん? なんですかこれ」


中村は怪訝な表情でそれを受け取り、封を切ると、折りたたまれた一枚の紙を慎重に引き出した。

目を細め、書かれた文章をゆっくりと読み上げた。


「拝啓 ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。突然ですが、先生の“青い彼岸花”を、大阪博覧会にて展示させて頂きたい所存です。ご検討のほど、よろしくお願い申し上げます。敬具」


読み終えた彼女の顔がパッと明るくなる。


「やったじゃないですか、教授! 私たちの作品が、ついに世間の目に触れるんですよ!」


しかしその歓喜も束の間、久我山は中村の手から紙をひったくるように奪い取り、その場で容赦なく破り捨てた。細切れになった紙片は、白い蝶の群れのように宙を舞い、やがて床へと散らばった。

     

「ちょっ、ちょっと教授! な、何してるんですか!」


中村が慌てて声を上げると、久我山は静かに彼女の方へ向き直り、諭すように問いかけた。


「その手紙に、我々への敬意が一片でも感じられたかね?」


中村は口をつぐみ、数秒間沈黙する。やがて、考えをまとめるように口を開いた。


「……感じませんでした。最初は舞い上がって気づかなかったけど、冷静に読んでみると、どこか味気ない。文章は定型文の寄せ集めみたいだし、そもそも手書きじゃない。印刷もずれていたし、文末なんて文字がかすれてましたよ。おそらく、間に合わせで作ったんでしょうね」


久我山はその答えに満足げに頷き、微かに笑みを浮かべた。


「まったく、無礼千万な文面だ。だが——それはそれとして、展示は受けてやろうではないか」


「ええっ?」


裏返った声を上げる中村。思わず紙の残骸を見つめる。


「運営の杜撰さは目に余るが、それでも大阪博覧会だ。参加を見送る理由などない。向こうが雑なら、こちらは完璧をもって応えよう。作品で黙らせるのが、一番スマートだ」


力を込めて語り終えると、中村がぽつりと漏らした。


「じゃあ、何であんな勢いよく破いちゃったんですか……」


久我山は眼鏡のフレームを指先で持ち上げ、淡々と答えた。


「……君の朗読が、どうにも癇に障ってね」


「へぇ、教授って……意外と短気なんですね」


こうして、思いもよらぬ形で、我々の大阪博覧会出展が決まったのだった。

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