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災厄の救世主が紡ぐ異世界黙示変生  作者: ポルゼ
双層都市・王都アークツルスの表と裏
45/45

地下侵攻と嵐の前の静けさ

「嘘だろ……」


 灰影主の側近の男が呟く。最初の怠そうな雰囲気はどこかへいってしまったようで、側近の女の方も明らかに動揺している。


「ゼルハイト、カーディア! 戦闘部隊を連れて外へ! まずは地下住民の避難が最優先だ。騎士団とも交戦ではなく、まずは冷静に対話を優先しろ」

「……はっ!」


 すると灰影主がすぐに指示を出した。側近の男がゼルハイト、女はカーディアという名前であることが判明しつつ、世莉架は二人がすぐに頭を切り替えて部屋を出ていくのを見送った。


(明らかに狼狽していたのに灰影主の指示一つで冷静さが戻り、役割を全うするため仕事人の顔つきになった。灰影主への絶対的な信頼と、彼女ならこの状況をも覆せると確信しているからこそね)


 世莉架が冷静に灰影主を分析している中、灰影主はレイド達にも指示を出す。


「お前達も地下住民の避難を最優先にしてもらうが、それと同時に地上へ繋がる裏ルートが使えるかどうか確認してきてくれ。今本部にいる他の奴らにも伝えてくれ」

「はっ!」


 レイド達もぞろぞろと部屋の外へ出ていった。これで、部屋の中に残ったのは世莉架と灰影主のみとなった。


「これで全ての裏ルートも騎士団に抑えられていたらほぼ確実に裏切り者がいるということになりますね」

「……」


 至って冷静に、なんてことないように世莉架が言うと灰影主は立ち上がり、座っている世莉架の前のテーブルを思い切り横に蹴り飛ばした。

 そして世莉架を睨みつける。


「お前、どこまで知っていた?」


 先ほどまで、灰影主は世莉架から積極的に話を聞こうとする好意的な態度を取っていた。しかし、今では明らかにその反対の態度である。


「いいえ、全て少ない情報から考えた憶測に過ぎません」

「いくら何でもタイミングがおかしいだろ。お前が話してすぐだぞ? もしお前が敵だとするとわざわざ侵攻について教える必要はないはずだが、あちら側の用意したスパイとして灰鴉団に接触してきた可能性もある……。お前は本当に何者なんだ?」


 まだ灰影主は揺れている。世莉架が敵なのか味方なのか、判断がついていない。

 しかし、実際に世莉架は騎士団に関する確たる情報を持っていた訳ではない。


「裏社会に身を置く者です」

「それはいい。裏社会のどこの組織だ? 地上の連中とはどれくらい繋がっている? お前の立場はどこにある?」  

 灰影主は矢継ぎ早に質問をする。状況が状況だけに、世莉架にかけられる時間は限られている。


「私は基本的に冒険者として活動していますが、どこかの組織に所属している訳ではありません。地上の権力者との伝手もありません。そして、私の立場は変わりません。自分の身の安全のため、平穏のために動いています」

「そうか、ではお前は敵だな」

「早計ですね、灰影主様。私が嘘を言っていると判断されたのですか?」

「お前のような奴から発言の真偽を判断することはできない。だが、最早それは関係ない。状況的に敵だと判断するしか……」

「ボス、早く来てください! このままだとすぐにでも戦闘が始まってしまうかもしれません!」

「分かった」


 その時、部屋に一人の組織のメンバーが入ってきて灰影主を急かした。

 灰影主はそれを聞いて短く返事をするが、視線は世莉架から離れない。


「私を連れて行ってはくれませんか?」

「何?」


 世莉架は自ら同行を願い出る。しかし、灰影主は今し方世莉架を敵だと判断したばかりである。

 灰影主は訝しげに見ているが、すぐには否定しなかった。


「私が事態を収束させる一助になれば信じてください」

「その言葉を信じて同行させろと? お前が後ろから刺してくることはないとどう保証する?」

「逆にお聞きしますが、私を放っておいてよいのですか? それとも今ここで殺しますか?」

「……」


 灰影主は判断を迫られる。

 世莉架を敵として判断するなら放置することはできない。とはいえ敵と判断しながら同行させることも危険である。

 そして、灰影主はこの場で世莉架を殺害することができるかどうかが分からないのだ。少なくとも、先日の交戦の経験からそう簡単にどうにかできる相手でないことは確定している。

 どの選択肢でもリスクがある。しかし、リスクを取らないという選択肢はない。


「……分かった、ついてこい」


 結果、灰影主は世莉架を同行させる選択をした。


「ありがとうございます」

「少しでも怪しい真似をしたら……」

「殺しますか?」

「チッ……まぁいい」


 仮に世莉架が途中で怪しい動きを見せたとしても、灰影主にはそれに構っている時間も余裕もない。

 殺す選択肢も外したばかりであり、結局のところ世莉架を近くに置いておくことしかできないのだ。


(ふぅ、良かった。まだ完全に私を敵だと思っている訳ではなさそうね)


 灰影主はお前は敵だと断言こそしたものの、あくまで状況的にその可能性が高いというだけで確定している訳ではない。もしも本当に世莉架が敵ではなく味方だった場合、その能力を利用したいという気持ちがあるのだ。

 世莉架の表情や仕草から真偽を見抜くことはほぼ不可能である。灰影主は裏社会のボスとして人の嘘を見抜くことには長けている方だが、それでも全く見抜くことができなかった。

 仮に世莉架の嘘を判別できる者がいるとしたら、それは観察眼が優れていたり目ざとい者ではなく、直感に優れている者になるだろう。


「これから状況の把握と騎士団の対処をする。敵ではないのなら手伝え」

「はい、勿論」


 二人は本部を走り、外へ向かう。その道中には慌ただしく動き回る灰鴉団のメンバーが沢山いた。

 階段を駆け上がり、本部の外へ出る。

 そこでは灰鴉団のメンバーの多くが地下住民の避難誘導をしており、混乱の真っ只中という有様だった。


「ボス! ゼルハイトさんとカーディアさんはあちらに!」

「分かった!」

 

 灰影主は言われた方向に向かって走り出す。そちらは地下都市部の中央方面であった。

 避難すべき状況とはいえ、そもそもこの地下都市で逃げられる場所は限られている。地下にいる限り、心から安全と思える場所は無いだろう。

 地下住民達は皆、そんな不安を顔に貼り付けながら避難している。

 世莉架はそんな様子を冷静に観察していた。逃げる方向や避難住民の中に重要人物等が混じっていないかなど少しでも情報を得るためだ。


「あれは……クソ、そんな気はしていたが……」


 地下都市の中心部には煌びやかさを感じさせる大きい建物があるが、その近くに一触即発状態の騎士団と灰鴉団、そして場違いな服装のため目立っているトラリス教の者がいた。


(トラリス教……。正直、トラリス教についての情報は現状かなり少ない。今回の侵攻にどれほど関わっているのかの推測が難しかった。けど、アウストラリスとコンタクトを取るためにはいずれ深入りする必要のある組織。これはチャンスと捉えましょう)


 トラリス教がわざわざ騎士団について来ているという異常事態に対し、世莉架は色々と探りを入れるチャンスと捉え、灰影主は最悪だとでも言いたげな表情になっている。


(この様子だと地下住民としては……いや、灰鴉団としてはトラリス教は障害となる存在のようね。騎士団のように一部内部勢力とは協力体制を敷いていたり、トラリス教に忍び込ませているスパイがいたりするのかどうか……)


 問題の場所に近づき、灰影主が大きな声を出して互いを牽制する。


「両者とも、待て!」


 この時、世莉架は灰影主の側を離れ、近くの建物の影に隠れた。

 灰影主は勿論そのことに気づいたが、世莉架はしっかり灰影主の方を見て何度か瞬きをする。特にサインを決めていた訳でも無かったが、裏切ったりした訳では無いという釈明のようなものである。

 灰影主としてもここで世莉架に言及している場合ではないため、仕方ないという風に前を向く。


「コスモプレトル騎士団の諸君、これは一体どういうことだ。何故地下へ、それもまるで侵攻するかのような格好で来ているんだ」


 灰影主は冷静に、それでも強烈な威圧感を醸し出しながら話す。

 フェンシェント王国の裏社会のボスである灰影主を前に、騎士団員は若干の緊張を感じていた。


「何故? 当然でしょう。これ以上地下の無法者共を野放しにしておくことはできなくなったというだけです。遅かれ早かれ、こうなっていたでしょう」

「やはり、貴方か……」


 灰影主の質問に対し、今回の侵攻を率いてきたであろう威厳のある騎士団員が返答しながら歩いてきた。

 その者は淡い茶髪を後ろで束ねており、整っているが厳格な顔立ちで威圧感のある男だ。白銀の鎧に淡い青の布装飾、胸には天に向かう一本の剣とその背景に放射状の光があるコスモプレトル騎士団の紋章をつけており、肩装甲は大きめで階級を示しているかのような威圧感がある。重厚な騎士らしいブーツに騎士団紋章入りの金属のベルトを付けているという、いかにもな騎士団らしい格好で威厳や誇りを全面に押し出しているのがよく分かる。

 分かりやすく騎士団内部の地上勢力であることを示しているような格好をして地下に来るというのは、灰鴉団からすると挑発のようにも感じられてしまい、ゼルハイトやカーディアは敵意を剥き出しにしている。


「昨日の第二王子殺害未遂事件……。一歩間違えれば、国民も大勢巻き込む歴史上最悪の事件になっていたかもしれません。そしてその事件の主導者にして主犯は貴方です、灰影主」

「ドレイヴン副団長、今回の行動は貴方とトラリス教の独断か?」

「独断? 先ほど言った通りですよ。地上では王族、貴族、騎士団、トラリス教、それら全てが満場一致で地下への侵攻と制圧を支持しました」


 灰影主は目を細めてコスモプレトル騎士団副団長のドレイヴンを見る。


「エルドリク団長はどうしている? それと、民衆には真実を伝えたのか?」

「彼は反対していましたが、いくら団長と言えど決定を覆すことなどできません。それに、民衆にはきちんと地下の恐ろしい危険因子の存在を伝えられています。最早地下の住民であるあなた方に逃げ道はない」

「……」


 ドレイヴンの近くにいるトラリス教の者は口元が少しにやけている。まるで、この状況こそ望んでいたかのような、地下勢力を完全に潰すことを夢見ているような、そんな印象を受ける笑みだった。


(こいつらが私達を潰したがっているのは分かっていた。腹立たしいが、作戦の話が本格的に立ち上がった時には既に、こうなるように仕向けられていたのだろう。私としたことが、灰鴉団どころか地下全体を危機に晒してしまった……)


 灰影主は自責の念に駆られる。地下の未来を変えるための大きな契機とするはずの事件は、地下の未来を閉ざす事件になってしまう寸前の状態である。

  

(この責任はいつか必ず、私の命でも何でも使って取る。ただ今は、私にこの街を、地下の皆を助けさせてくれ)


 強い決意を胸に、灰影主はフェンシェント王国という大国に真正面から立ち向かうことを覚悟した。



 **



 騎士団による地下への侵攻が始まる前日の夜、エルドリクがメリアスとハーリアと今後について話し合っている時、その部屋に二人の人物が入ってきた。


「エルドリク団長。一体、何の話をされているのでしょうか」


 それはコスモプレトル騎士団の副団長、ドレイヴン・カルドールと、トラリス教のアークツルス大教会における助祭のルベルドだった。


「……何、世間話さ。今日の事件のこともあって空気が暗くなっちまってたからな」

「そうですか。では、彼女達は何者ですか? 仮に一般人なのだとしたら、このような場所に連れて来るのはどうなのでしょう。関係者以外立ち入り禁止の場所では?」

「まぁ、そう堅いことを言うな。俺がいるからいいだろう?」

「そういう問題ではありませんが……それで、彼女達は?」

「あー、あの事件の功労者さ。彼女達がいなければ騎士団への被害も大きくなっていた。その礼をしたかったんだが、俺の方もアホみたいに忙しくてな。ようやく時間が取れるとなったらこんな時間になってしまったという訳だ」

 

 エルドリクは嘘は言っていない。二人が事件の功労者であることは事実である。

 メリアスとハーリアはとりあえず会釈をし、エルドリクの話に合わせようと考えていた。 


「ふむ、そうでしたか。それでは私からもお礼を申し上げさせてください。アークツルス守護へのご助力、ありがとうございます」


 ドレイヴンは頭を深々と下げてお礼を言う。

 その真摯な態度に二人は少し面食らった。


「い、いえ、自分達の身を守るためでもありましたし、お礼は団長からも沢山いただきましたので……」

「そういう訳にはいきません。私はこの国の守護者の一人。本来守るべきなのは私達の方で……」

「おいおい、いきなりやめろよな。される方も困るんだから」


 メリアスとハーリアのドレイヴンへの印象は悪くない。お堅い印象もあるが、それ以上に誠実さを感じる振る舞いであったためだ。

 ドレイヴンは言われて顔を上げると、すぐにエルドリクの近くに寄る。


「団長、すぐに王城へ」

「何?」

「これから緊急会議が行われます。例の事件について……そして、地下への対応について」

「!」


 そう耳打ちすると、エルドリクはすぐに立ち上がる。


「二人とも、今日は本当にありがとう。助かった」

「いえ……これからどこかへ行かれるのですか?」

「ああ、急用ができたんだ。また改めて礼をしたいし、話も色々聞きたいが、それは機会があったらだな。団長ってのは本当に忙しないものなんだ、許してくれ」


 そう言うとエルドリクはドレイヴン達と部屋を出ていく。

 メリアスとハーリアは顔を見合わせるが、すぐに一つの足音が戻ってくる。


「エルドリクさん?」


 エルドリクは少し二人に言い忘れていたことがあったと言って戻ってきた。


「俺はこれから王城へ行く。ハーリアは今日は騎士団の宿舎で寝泊まりしてくれ。必要な物は用意してくれているはずだし、案内もさせる」

「ま、待ってください。それは分かりましたが、その後は……」

「本当は俺が今後の指示を出すつもりだったが、ひとまずハーリアは他の団員の指示に従ってくれ。メリアスも後で合流って話だが、それでいい」


 エルドリクは時間がないのか早口で説明を行う。


「とにかく、これからこの国は大きく動く。お前達も難しい判断を下さなければならない場面に遭遇するだろう。その時、自分の身の安全を優先的に考えてくれ」

「団長、早く行きますよ。時間がありません」

「おう! すまんが頼んだぞ」 


 そう言い残してエルドリクは足早に去っていった。


「……」


 二人は沈黙する。ハーリアに関してはこの後騎士団の宿舎に行くことが決定しているが、メリアスは割と自由に行動できる状態だ。


「ハーリア、もし危険だと感じたらすぐに逃げてね。無茶も無謀も許さないから」

「うん、心配してくれてありがとう」


 メリアスはハーリアの手を握って言い、ハーリアは心配してくれていることに対して少し嬉しそうにしている。


「やっぱり心配。あまりに規模も相手もリスクも大きすぎる。本当に、危ないと思ったらすぐに逃げて。分かった?」

「分かった。でも、メリアスはこれからどうするの?」

「私は、少しやりたいことがあるの」

「そっか。メリアスこそ、危ないことはしないでね?」

「大丈夫よ、ありがとう」


 二人はお互いの身を心から案じている。このやり取りのおかげで二人の心は少し軽くなった。

 しかし、それでも尚、二人の心の中でずっと気に掛かっているが話に出せていなかった部分がなくなっていない。


「セリカは……」


 大教会での事件時に別れて以降、二人目線ではどこへ行ったのか分からないのが世莉架である。

 

「ええ、私はセリカを探しつつ色々とこの国について探ってみる」

「エルドリク団長も話していないことについて?」

「そう。この国の真の歴史は教えてもらった。けど、フェンシェント王国のような、いくつもの大きな勢力がひしめき合う大国では表に出ない裏の出来事や複雑な事情がもっと沢山あるはず。エルドリク団長も知り得ない、何かがね。危険なのは分かっているけど、もっと深いところまで調べないといけない気がするの」


 この意見にはメリアスの個人的な好奇心や探究心も関わっている。元々は深入りを回避すべきという考えだったが、状況が変わったことでこの件に関しての深入りを許容した。


「それと、もし逃げてくるならまずは宿に行ってみて。その時に私やセリカがいるかは分からないけど」

「うん」


 そうして二人はある程度の今後の行動指針を決め、ハーリアは騎士団の宿舎へ、メリアスは騎士団本部の外へ出た。

 太陽は落ち、既に空は暗くなっている。街灯はあって人通りも多いため、孤独感は感じない。

 しかし、人々は皆どこか不安気な表情をしている。メリアスはそんな人々の間を通り抜け、足早に宿へ向かって進む。


(胸騒ぎ……何か、大変なことがこれから起こる気がする。そして私達はこの国の秘密の一端を知ってしまった。ハーリアは地下の勢力に加担、セリカは行方不明……とにかく、早く行かないと)


 メリアスは大きい通りから狭い路地に入り、近くに人がいないことを確認して軽々と屋上へ上がっていく。

 そして自分の背中に風の神法を生成、後ろに向けて風を放出して一気に前へ進む。

 周囲の景色があっという間に過ぎ去っていく。風の神法が使える者は純粋に素早い移動への適用が可能だ。

 それでも宿まではそこそこ距離があり、時間はかかる。その間にメリアスは思考をまとめていた。

 

(今すぐにではなくとも、最悪は戦争に発展するような状況ね。フェンシェント王国のような大国で内紛が起きた場合、結果がどうなろうと一時的に国力を低下させることになる。フェンシェント王国の周辺は比較的平和だけど、フェンシェント王国の弱体化を他国がどう捉えるのか……。そして、真実を知った私達にその影響が及ばない保証はない)


 そしてメリアスは昼間に取っておいた宿に着く。

 急いで中に入り、部屋を開けるがそこには誰もいなかった。 


「ということは、どこかの避難所や施設?」


 他に世莉架がいると考えられる場所は限られている。

 メリアスは世莉架がまさか地下にいるなど知る由もなく、地上で探そうとしていた。


(でも、しらみ潰しに探すなんてとても無理。とりあえずあり得そうな場所に行ってみるしかないか……)


 入ったばかりの宿を出てメリアスはとにかく外を色々と動き回った。

 そして事件のあった大教会前に訪れると、一般人が入れないようにするための柵が置かれており、騎士団員やトラリス教の人々がいて話をしたり何やら作業をしたりしている。

 メリアスは少し離れた箇所からその様子を観察することにした。別に悪いことをしている訳ではないが、なんとなく建物の影から覗く形で見ている。


(騎士団とトラリス教の動き、どこか不自然に感じる。大教会前の地下への出入り口では騎士団が何やら準備をしているように見えるし、すぐ近くにトラリス教の信者もいる。流石にここからだとよく見えないけど、エルドリク団長が向かった王城で会議が行われている段階のはずなのに、彼らはこれから起きることを予期して、もしくは知っていて早めに準備しているようにも感じる。まぁ、所詮は根拠のない憶測に過ぎないけど……)


 現状、メリアスが信用できる相手や組織は少ない。

 騎士団のエルドリクら地下側勢力も完全に信用はできず、トラリス教は謎が多い。地下の裏組織は話でしか聞いておらず、王城の勢力は地下を徹底的に管理し世間には秘匿するような権力者の集まりである。

 つまり、単純に頼れる相手が少ない。その状態で国の裏事情に探りを入れるというのは危険だ。

 

「……」


 メリアスはふと、少し怖くなった。大教会前には近づけないようになっているのもあり、周囲に一般人はあまりいない。

 夜風が吹いていて気持ちいいが、街灯の明かりや時々聞こえる騎士団員達の作業の音、周囲でたまに通る一般人の足音がやけに不気味に感じた。


(少し、離れよう。彼らが何をしていようが、今の私ではどうすることもできない。別の場所、情報が集まる冒険者ギルドに……)


 そう思って踵を返そうとした時だった。


「あ〜、彼ら、何をやっているんだろうね」

「……!」


 突如後ろから聞こえた声に、メリアスは反射的に距離を取った。

 そこには、一人の男が立っていた。


「今日は大変な一日だったよね。あんな恐ろしい事件が起きるなんて。騎士団員も大変だ、今日は真夜中まで作業するのかねぇ」


 何故か、メリアスは先ほどまでとは比較にならないほどの強い恐怖を感じていた。口調は優しくおっとりとした声、言っていることも別におかしくないのにだ。

 メリアスは本能的にその男を危険だと判断した。男が醸し出す独特な雰囲気は、得体の知れない恐怖だけでなくどこか魅惑的でもあり、それがまた恐ろしさを助長していた。


「あ、貴方は?」

「僕かい? 僕は……そうだな、居場所を転々としている商人かな」

「商人……ですか?」

「そう。まぁ、厳密には違うかもだけど、そんな感じ」


 男はにこやかに言う。メリアスの目にはそのにこやかな表情もどこか不気味に見えるが、非常に整った美しく甘い顔立ちと前髪の一部がかき上げられている淡い金髪という目を引く容貌で、普段から多くの女性の目線を奪っているところを容易に想像できる。

 フワッと男のコートが舞う。前が固定されていないコートは左右にゆらゆらと揺れており、その中に薄いベージュのベストが見える。ライトグレーの細身のスラックスと革靴は男のスタイルの良さをよく見せていた。

 左手の指には複数の煌びやかなリング、白い手袋をつけている右手で懐中時計を回転させたり開いたりして遊んでいる。

 たったそれだけの動作だが、妙に様になっていた。


「それで、君は何をしていたんだ? 彼らに興味があるのかい?」


 男が何者かは不明だが、メリアスとしては正直に話す訳にはいかない。しかし、この男には嘘をついても見抜かれるのではないかという危機感も感じていた。


(本当に商人かは疑わしい。あり得るのはトラリス教関連の人か、王城の勢力に関連する人。一応地下の住民という線もあるけど、いずれにせよどんな人物であれ、ここは無難に話を終わらせて離れよう)


 メリアスは出来るだけ自分への興味を失くさせ、ここを立ち去るための無難な言い分を考える。


「いえ、こんな時間でも熱心に作業しているようでしたので、何をされているのかなと気になって」

「なるほど。でも、それなら何故隠れるように見ていたんだい?」

「今日あった事件の捜査をされていると思ったので、あまり部外者がじっと見ているのもどうかなと思いまして……。まぁ、もう立ち去るつもりだったので、私はこれで」


 そう言ってメリアスはその男の横を通り過ぎようとする。


「ふむ、そうなのか。おかしいな、君は部外者ではないだろう?」

「どういう意味ですか? 私はたまたまここを通っただけで……」

「君ともう一人の藍色の髪の少女。あの巨大な火の神法を打ち消し、被害を最小限に抑えた功労者……だろう?」

「……」


 メリアスは足を止めて小さく息を吐く。動揺や緊張が伝わらないように、できる限り自分を律した。


「その後、コスモプレトル騎士団の騎士団長、エルドリクに連れられて騎士団本部へ向かった。それから時間が経ち、ようやく出てきたと思ったら大教会前の騎士団員とトラリス教を探るような動きを見せている。うーん、この状況で関係ない、知らないといった言葉をどう信じればいいんだろう? まぁ、美しいレディーの言うことを疑うなんて、紳士の振る舞いではないけどね!」


 メリアスの動悸が早くなる。メリアスの行動はほとんど筒抜けの状態だ。つまり、男は最初からメリアスのことを分かっていながらわざと何でもないかのように尋ねてきたのだ。

 最早、いくら言い訳や嘘を重ねたところで意味はない。


「……何が目的ですか?」

「ははは、そんな警戒しないでよ。別に僕は敵じゃないよ」

「……それだけ私のことを把握していてこの時間この場所で接近してくるなんて、警戒するなは無理がありますよ」

「いやいや、本当に敵じゃないからね? むしろ……僕は君に提案をしに来たんだ」

「提案?」


 メリアスは訝しむ。だが、男はやけに楽しそうに言った。


「僕と協力して、地下へ行かないか?」


 その提案にメリアスは驚くことしかできなかった。


最近、百合要素はどこへ……って感じの話ばかりですが、話が進んでいけば沢山の色んなガチ百合要素を入れるつもりです。なるべく早くそこまでいきたいんですが、執筆スピード遅すぎるのが問題。すみません、頑張ります。

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