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災厄の救世主が紡ぐ異世界黙示変生  作者: ポルゼ
双層都市・王都アークツルスの表と裏
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灰影主

 メリアスとハーリアが騎士団本部にて軟禁され始めて間もない頃、フェンシェント王国の第二王子、マリコム・アコメイル・フェンシェントは騎士団に手厚い護衛をされながら王城に馬車で移動していた。

 中でマリコムは黙って考え込んでいた。何故、自分は命を狙われたのか、どうしてあのタイミングで、あの場所だったのか。思考を巡らせるが、現状では情報が少なすぎてまとまらない。


「この国に潜み続けてきた闇が……ついに地上を揺るがすのか」


 マリコムの栗色の前髪が目元にかかり、長い睫毛と絡む。その目には哀愁とも覚悟とも取れる色が混じっていた。

 フェンシェント王国のマリコムという王子は、まず間違いなく優秀である。幼少期から英才教育を受けるのは王の息子である以上は当然だが、色々な習い事や勉強をそつなくこなすことができた。

 小さい頃から論文を含めた様々な本を読んで教養や知見を養い、勉強の教育係を何度も驚かせた。また、王族として命を狙われることもあることを考慮して教えられた護身術もやがて指南役を圧倒するほどに完璧に収めた。

 更に言うと、容姿も非常に美しく所作は洗練されており、その上誰にでも平等に優しいその性格は国民からも高い人気を得ている要因となっていた。

 貴族や王族のように生まれながらに地位が高く、周囲から丁重に扱われ頭を下げられるような環境で育つと、どうしても尊大になったり他者を見下したりするような人間になってしまうことが多い。

 しかし、マリコムはそうではなかった。ひっそり王城を抜け出し、平民の子供と遊ぶこともあれば、自分のメイドや執事に対しても当然のように感謝し、尊敬の念を持てるような王族である。

 やがてアークツルスの名門学校に通うくらいに成長した現十七歳のマリコムは、その心根や誰にでも優しい部分は変わっていなかったが、それでも子供の頃のように無邪気に素直に日々を過ごすことはもうできない。

 

(彼らは……昔よく遊んだ彼らは今頃どうしているだろうか。最早、ただ普通に平民と話すことすら難しくなっている。こんなことでは、地下と地上の境界を無くし、同じ場所で共存させるなど夢のまた夢だ)


 マリコムの通う学校に平民が入ることは難しい。子供の頃に遊んでいた平民の子供達とは長いこと会うことすらできていなかった。

 周囲はマリコムを王族として、権力者として見る。当然だが、対等な立場の人間として接してくる者などほぼ皆無である。歳を取るたびに窮屈になり、身動きが取れなくなる。その癖、やるべきこと、やらなくてはならないことはひたすら増えていく。これは王族に生まれた者の宿命と言えるだろう。

 マリコムはフェンシェント王国にある山積みの課題を解決していき、より良い国にしていきたいと本気で思っている。しかし、そのためには地下の問題に着手しなくてはならない。


(これはむしろチャンスと考えよう。ついに地下の住民が地上に対し、本気で声を上げて現状を変えるために行動を起こしているのだ。先の事件が地下の住民の仕業とは限らないが、全く関わっていないなんてことは絶対にない。何故、私に話が伝わっていない(・・・・・・・・・)のかは不明だが、いい加減、抑圧だけして闇に葬ってきた地下に目を向け、改善の道を探さないといけない)


 この時、マリコムの目には強い覚悟が現れていた。


(そろそろ、私も動くとしよう。まずは方々への連絡と急ぎ現状についての報告会を開かねば。今後のことについてじっくり考えている時間はもう少ない。まさかこんな形で急激に動くことになるとは思わなかったが、ここで変えられなければ次はいつになるか分からない。今のうちに頭の中を整理しておこう)


 マリコムは王城に着くまでの間、今後自身に襲いかかる最悪な状況を予感しながらも思考をまとめることに注力したのだった。



 **



 灰影主との交戦の後、世莉架はすぐに対話ができると思っていた。灰影主もそのつもりだっただろう。

 しかし、急遽灰影主は本部を出なくてはならない用事が入ってしまい、待たされることになった。

 それも、自由などない半ば監獄のような部屋に軟禁状態となっていた。


(まぁ、今の私は怪しすぎるし、いくら灰影主が話を聞くと言っても当然自由にさせる訳ないわよね)


 当然の処置を受けていると納得しながらも、得られる情報は少しでも手に入れるため、外にいる見張りの話し声などの些細な情報も逃さんとしていた。


「エスアイ、悪いな。こんなことになっちまって」


 するとレイドがやってきて世莉架が適当に付けた偽名で話しかけてくる。どうやら外の人と話すことは許されているようだ。


「まぁ、完全に本部を追い出されたり拷問や殺処分されるよりマシね」

「そりゃ違いねぇ」


 現状の世莉架は灰影主と話すまでに少しでも多くの情報を入手しておきたい。

 レイドとの会話でさり気なく情報を引き出そうと画策していた。

 だが、結果としてレイドも現在の状況をあまり把握しておらず、重要と思えるほどの情報は引き出すことができなかった。

 こうなると、部屋を抜け出して情報収集に行くしかないが、監視の目を欺いて脱出するのは流石に難しく、仮に脱出できても世莉架がいないことにはすぐに気づかれる。

 見張りを気絶させてよい場合は簡単に抜け出せるが、それをするとほぼ確実に敵対行為と思われ、対話どころではなくなってしまう。

 つまり、今の世莉架にできることは外にいる者と話すことくらいである。


(部屋の中から抜け出せそうなところがあるか調べたけど特に無かったし、とりあえずここにいるしかないわね)


 この状況は灰影主との対話にて素早く正確な対応を求められることを示している。つまり、事前に推測や推察もできる限りするが、話の中で情報を得ながら即座に情報を整理、把握、理解し、灰影主を納得させたり有益な話をする必要があるということだ。

 また、世莉架も灰影主が協力すべき相手なのかどうかを見極める必要もあり、少しのミスで灰鴉団を敵に回すことになるかもしれない非常に危険なミッションである。

 そうして灰影主がいつ帰ってくるのかも分からないまま部屋にいると、灰影主が本部を出てから一日程度経ってようやくレイド達に呼び出された。


(この一日だけでも状況は一変している可能性はある。対話までの間にも得られる情報は全て得ないと)


 レイド、ニル、リマ、ザドルの四人も灰影主から話を聞かれるからか、四人が世莉架の前を歩いて案内している。

 廊下を歩く際にも色々な部屋の前を通り、色々な人とすれ違う。

 それらを全て記憶しながら歩いていると、とある部屋の前に着いた。


「ボス、レイドです」

「入れ」


 レイドがノックすると中から灰影主の声が返ってきた。レイドはドアを開けて中に入る。

 そこは応接間と呼ぶのが相応しいような部屋だった。

 質は悪くなさそうなソファが二つとその間にテーブルが一つ置いてある。部屋の隅には質素だがインテリアも置いてあり、客人をもてなしたりするための部屋として機能していることが分かる。

 だが、雰囲気は非常に重い。


「座りなさい。レイドも一緒に。他三人は後ろへ」

 

 すると灰影主ではなく、その後ろに立って控える二人の側近のうちの一人がそう言った。

 世莉架とレイドは黙ってソファに座る。そして側近の二人を少し観察する。世莉架と灰影主が交戦していた時にも近くにいた二人である。

 一人は三十代くらいの男で、黒のロングジャケットを着ているが首元はだらしなくボタンを外している。ジャケットの下には黒の細身のズボンが見え、黒の無骨なレザーブーツを履いている。更に、腰には短剣を差し、革手袋を付けていることで裏社会の人間だと言われたらすぐ納得できるような格好である。

 暗灰色の髪で全体的に少し長め、一部が目にかかっている。切れ長の目で頬に傷も入っているが、眠たいのか怠そうにしており、姿勢も悪いことから雰囲気は緩く感じる。身長はかなり高く、百九十程度だと見積もることができる。

 一方、男の側近とは対照的なイメージを抱くのが二十代くらいの女。ダークグレーの細身のロングコートを着用し、インナーは黒のハイネック。黒スラックスに膝下の黒ブーツで、女性らしい腰を絞ったシルエットである。また、男の側近と同じく腰に短剣を差している。髪は深い紫色のボブで前髪は斜めに流しており、目は鋭く、顔つきは端正だが無表情、更に姿勢良く立っているため雰囲気は刺々しい。身長は灰影主と同程度である。

 どちらも個性的だが、裏社会の人間をよく知る世莉架には裏の人間ならではの雰囲気を纏っていることが明確に感じられた。


「こいつらは私の側近だ。気にしないでくれ」


 気にするな、と言われても気になってしまう風貌と風格の二人である。大抵の人は灰影主に加えてこの二人を相手にすれば強い緊張や不安を感じてしまうことだろう。


「レイドからはある程度事の顛末は聞いてある。だから、今回の話の本題はお前だ」

「はい」


 灰影主に圧をかけているつもりがあるのかは不明だが、その纏う雰囲気は尋問や拷問前のようだった。

 とはいえ、現在の世莉架は実質尋問を受けているのと同義である。


「まず、お前は……というか、名前はなんという?」

「エスアイとお呼びください」

「まぁ、本名かどうかは気にしないでおこう。ではエスアイ、お前はここに裏社会や国の情報を得るために来たと言ったな?」

「はい」

「では何故そんな情報が欲しいんだ? お前は何をしようとしている?」


 情報が欲しいからというだけで裏社会や国の情報を易々と手に入れられるはずもない。

 目的によっては情報を与える訳にはいかない相手だと判断される可能性がある。


「私はつい最近この国にやってきましたが、それまでルインという街におりました」

「ルイン? まさか、危険生物の大群との攻防戦に勝ったっていう……」

「そうです。そこで私も攻防戦に参加したのですが、その最中で裏社会の者と思しき人物と邂逅することがありました」

「何?」

「それどころか、その中の一人と思われる高い戦闘能力を持つ強者が、たまたまルインに訪れていた勇者アルファとエルファと交戦していました」

「……」


 灰影主は黙っているが、その表情は意外なことを聞いて驚いている訳ではなさそうである。しかし、ルイン攻防戦や勇者二人についての情報はきっちり把握しているようだ。

 

「勇者が先頭に立って攻防戦を制したのは知っている。だが、裏社会の強者とは誰だ?」


 世莉架はその問いの答えを灰影主が既に知りながら言っているのかどうかを思案する。

 ここで世莉架がそれはレグルディスのガルグのことだと正直に告げた時、灰影主はどういう反応を見せるのか。

 現状、灰影主並びに灰鴉団がレグルディスと繋がりがあるという絶対的な証拠はない。その繋がりを確認するためにも、レグルディスの名前だけでも出すというのはリスクは伴うものの、重要な情報を得られる鍵にもなり得る。

 

「これはあくまで私の憶測であり、確たる情報ではありませんが、恐らく……レグルディスかと」

「……!」

 

 後ろに控えるニル達は思わず息を呑んだ。明らかに空気が肌を指すような鋭さを増したことを察知したからだ。


(リスクを負った甲斐があった。レグルディスと協力関係にあるのか敵対関係なのかはまだ分からないけど、レグルディスの存在を確認している、または接点があると考えてよいでしょう)


「……レグルディスなど、荒唐無稽な都市伝説だとは思わないのか? 何をもってレグルディスだと予想した?」

「普通の一般人であれば、ただの都市伝説で話は終わりでしょう。しかし、裏社会や国の中枢に関わるような権力者達はその存在をただの都市伝説だとは考えていないのでは?」

「何故そう思う?」

「実は、ルインで裏社会の者と思わしき相手と邂逅した後、組織の拠点に入ったのです。そこで色々な資料を見ました。大体は裏の顧客リスト、関連している他組織や他国、実行予定の計画書といったものでしたが、その中にレグルディスという字面を確認しました」


 世莉架が裏社会側の人間であることは当然認識されているため、そういった資料を読んでいてもおかしいとは思われない。


「レグルディスについて書かれた資料か」

「はい、そのような資料に書かれていれば……」

「待て、レグルディスが実在したとして、お前はどうしたいんだ?」

「そうですね、私は平穏な人生を歩むために必要な情報と脅威の排除を行なっています。とはいえ、裏社会に染まってしまっている身ですので、その道が大変困難であることは自覚しています」

「……それでレグルディスのことも脅威だとして気にかけていると? まぁ、ひとまず分かった」


 灰影主はそこで一区切りだという風にテーブルに置いてあった紅茶を飲む。

 世莉架の本当の目的は違うが、完全に嘘という訳でもない。


「お前は私達と協力したいということでいいんだよな?」

「はい」

「確かに昨日の戦闘でお前の戦闘能力が高いことは分かっている。だが、やはりお前という人間の素性がしれなすぎる」

「そうですよね。では、私の素性ではありませんが、ここで一つ情報を提供いたします」

「なんだ?」


 世莉架はこれまでの得てきた情報からある程度どこに誰がいて誰が何を企んでいるのか推測している。 

 あくまで推測。しかし、それを持って世莉架は灰影主を試すことにした。


「灰鴉団には、貴方の認知していない(・・・・・・・)レグルディスの人間が潜んでいます」

「!」

「お前、何を馬鹿なことを……!」


 この話には流石の灰影主も驚いた様子を見せ、側近の女が前のめりになって世莉架を制止しようとする。そんな中で世莉架は少し顔を後ろに向け、ニル達をチラリと見る。


「すみません、情報を一つと言いましたが追加します。いずれこの地下都市はコスモプレトル騎士団からの侵攻を受けると思います」

「はぁ!?」

「おい、あまり馬鹿なことを言うな。ボス、こいつ殺っちまっていいのでは?」

 

 更に世莉架は爆弾を追加する。ずっと地上のほとんどの人間に秘匿されてきた地下都市が侵攻を受けるなどという話を突然されて意味を理解できないのも当然である。

 側近の女と男は明らかに態度が敵対的になり、世莉架を睨みつける。しかし、灰影主は黙って世莉架をじっと見つめていた。


「地上で起きた第二王子殺害未遂事件……。今地上では大変なことになっているでしょう。白昼堂々、それもトラリス教の大教会前での大規模な犯行。王族、貴族、トラリス教、コスモプレトル騎士団、冒険者、地下都市と裏社会、もしかするとレグルディスも……。これら勢力が混乱の渦に巻き込まれていることでしょう。国民に関しては正しい情報や安全を求めて右往左往しているのではないでしょうか」

「……」

「昨日、貴方は私の行動や重要な作戦とやらについて言及しましたね。その重要な作戦が第二王子殺害未遂事件であることは推測するまでもないですが、あの大規模な事件を地下深くに潜む灰鴉団だけで行えるとは思えません。必ず地上の何らかの勢力と繋がっているはず」


 仮に地上の勢力と繋がっている場合、どこが最も現実的であり得そうなのか。そこまで考えると選択肢は限られてくる。

 

「地上と地下を繋ぐ正規の通路は常にコスモプレトル騎士団が厳重に管理しています。秘密のルートもあるとはいえ、騎士団と繋がることで正規のルートを状況によって一時的に使えるようにしたりと、利点は大きい。ですので最も裏で連携している可能性が高いのは騎士団ですね」

「それなら騎士団が地下に侵攻してくる意味が分からないだろう。奴らが裏切っている証拠でもあるのか?」

「それは暗に騎士団と繋がっていることを認めたということでよろしいですか?」

「あ……いや、そうじゃない。ただその話でいくと騎士団が裏切っているということになるという仮定の話だ」


 女の側近が投げかけた疑問はもっともである。騎士団と裏で連携しているならばその騎士団に地下が攻められることに納得がいかないのだ。

 また、女の側近は裏社会の人間でありながら嘘があまり上手ではなく、嘘を超高精度で見抜ける世莉架でなくともなんとなく嘘をついていることが分かってしまうような反応だった。


「そうでしたか。それでは……」

「エスアイ」


 世莉架の言葉を遮り、灰影主が偽名で呼ぶ。


「騎士団の侵攻の話の前に聞きたい。お前は何故例の作戦を邪魔したんだ?」


 灰影主が疑問に思ったのは世莉架の現状抱えている情報とその言動の不一致さについてである。

 世莉架は地上での事件時にレイド達を制圧している。にも関わらず、地下へ来て重要そうな情報提供をしているのだ。


「あなた方の起こした事件、元から第二王子を殺害するつもりは無かったのではないでしょうか」

 

 灰影主の眉がピクッと動く。世莉架の推測に何か思うところがあるかのような微小な動きだった。


「ですが、実際には想定を超える出力の神法が展開されていた。あのまま神法が放たれていれば第二王子は当然ながら、騎士団員、トラリス教信者、民衆など、非常に多くの犠牲が出ていたでしょう。ですが、シンプルな暴力で地下の住民を地上へ出せたとしても、後に大きな火種を生むことになるだけです」

「だから邪魔をしたと?」

「いいえ、正直なところ、当時は私も判断しかねていたのです。今ほどの情報を持っていなかったため、何故このような事件が起きているのか、その犯行を止めるべきか否か、犯人を捕らえたとて、どこまで話を聞き出してどこまで深くこの事件に潜るべきか……。色々考えた結果、何とか説得してここまで連れてきてもらいました」

「そうか」


 灰影主はひとまず納得してやったという風に頷く。それを確認し、世莉架は話を続ける。


「仮に第二王子だけを殺そうとしていたのだとしても、それは悪手だとしか思えないのです。第二王子という王族の命を奪ってしまったら地上との交渉の余地はなくなり、全面戦争が勃発するのは時間の問題でしょう。地上の戦力が全力で地下へ攻撃を仕掛けた時、果たして勝てるでしょうか。勝てるかもしれませんが、地上も地下も多大な犠牲を払うことになるでしょう。一般人も多く死ぬことになるでしょう。そんなやり方で地上に出るのを望んでいる組織には見えないのです」

「……」

「恐らく、例の作戦でのあなた方の本来の目的は政治的圧力、つまり示威行為のようなものになるはずだったのではないでしょうか」


 世莉架は結果的に第二王子の殺害が未遂に終わり、神法の規模が予定より遥かに大きかったという情報を灰鴉団の本部に来てから応接間に入るまでの時間内に入手していた。

 しかし、実際に見た訳ではないため、誇張や事実と異なる話も中にはあるだろうという前提の元で話している。


「そして何故、神法の出力が想定を超えていたのか。それは第二王子を、または民衆や騎士団諸共殺害したい勢力がおり、それが灰鴉団に紛れ込んでいたから」

「それがレグルディスだと?」

「確証がある訳でも確信している訳でもありません。いち裏の人間の戯言だと受け流していただいても結構です。しかし、この部屋の中にレグルディスのメンバーが潜んでいてもおかしくない、そう考えています」


 その言葉を聞いた途端、灰影主以外は皆チラリと部屋内の人物を見渡した。あり得ない、と思いながらも気になってしまうのだろう。

 実際のところ、世莉架は誰かが作戦を邪魔していることはほぼ確定としているが、それがレグルディスである証拠を持っている訳ではない。

 これは、深い情報がどれだけ伝わっており、どこまでが真実なのかを見極めるための嘘と言える。


「お前、いい加減にしろ。お前の言葉は全て私達を惑わす毒でしかない。有害だ」

「同感だな。ボス、いくら何でも話が飛躍してますよ。こいつはまともに相手にしなくていいと思います」


 側近二人は更に世莉架に対する敵対心を顕にしているが、同時に心を惑わされている様子も見て取れた。 

 しかし、この中で見るからに冷静さを保っている人物が少なくとも二人いた。


「……エスアイ、コスモプレトル騎士団のエルドリク団長は知っているな?」


 世莉架はエルドリクのことを名前のみ知っている。


「名前だけは存じています」

「そうか。奴の指揮する騎士団は基本的に地上の王族側だ。けど、全員が全員そういう訳ではない」

「……エルドリク団長は?」

「奴はこちら側だ」

「っ、ボス!」


 女の側近が驚いて思わず前に出る。


「下がっていろ」

「……はい」

「そしてレグルディスだが……元々、私は探し出すつもりだったよ。私が把握できていないネズミを」

「なるほど、そうでしたか」


 ここで世莉架は灰影主と協力すべきだと判断した。

 灰影主は嘘をついていない。裏社会の組織のボスなのだから嘘をつくのも慣れているだろうが、その顔と目の奥の覚悟は嘘をついていないと世莉架は判断した。

 灰影主は自身も把握できていないレグルディスが潜んでいることを分かっていた。そして、世莉架の嘘はそれを上手く暴くことに成功したのだ。


(これで何を言っているんだという顔をされたら割と厳しかったわね)


 灰影主はここまで世莉架の話を聞き、放っておくには惜しく、敵に回すのも厄介だと考えた。

 世莉架の持つ情報を精査する必要こそあるものの、灰影主は冷静に世莉架の有用性を考え、取り入れる方が有益であると判断したのだ。

 灰影主は世莉架の発言を予想していた訳では全くない。最初こそ訝しんでいたが、予想を超える話を聞いてすぐに思考を切り替え、世莉架をどう利用できるか、どう有用的に使えるかを検討したのだ。

 自身の心情や相手への印象、好き嫌いなど、感情は人間の合理性や理性を邪魔することが非常に多い。

 灰影主はそれをよく理解しており、自身の感情に蓋をして今組織にとって、地下の住民にとって何が必要なのかを第一に考えられる人間である。

 そして、灰影主がそういう人間であることを理解した世莉架は、協力相手として魅力的だと判断するに至ったのだ。


「だから、その件に関してはこれから調査をしていくつもりだ。まぁ、そこまで手が回るか分からないが」

「その際には是非、私をお使いください。個人的にレグルディスは探りたいので」

「お前の場合、調査に参加させなかったら自分で勝手に探るだろう? 止めたって意味がなさそうだ」

「よく理解されていますね」 


 灰影主の指摘通り、調査に参加できなかった場合は世莉架が勝手に一人で探ることになるだけである。


「それじゃあ一旦少し前の話に戻るぞ。騎士団の侵攻の話だ。どうして騎士団の連中が地下へ侵攻すると考えたのか、教えてくれ」


 灰影主の世莉架の話を聞こうとする態度に、側近の二人は不満そうにしている。だが、灰影主にこれ以上制止をかけることもできず、大人しく後ろに立っている。


「エルドリク団長が地下側の人間だというのは先ほど知りましたが、騎士団が地上勢力と地下勢力で別れているのは簡単に推測できます。また、これも推測ですが、きっと地上では地下の住民が起こした例の事件にどう対処するか、どう国民に説明するかを考えているでしょう。しかし、あれほど大規模な事件ですから、簡単な対処ではすみません」

「ああ、想定より大きな事件になってしまったことが不味いな」

「はい。あなた方は地下へ無理やり侵攻してくるようなことは想定していない。というより、侵攻する理由としては弱いくらいの事件にするはずだったからでしょう」

「そうだ。王国内の警備体制の強化、地下への出入り口のより厳重な封鎖、事件の捜査、その程度で終わるはずだった。何故なら地上の奴らは本格的に地下に侵攻するにはリスクが高いことを理解しているからだ」


 地上には名高いコスモプレトル騎士団がいるが、地下には灰鴉団がいる。かつて、フェンシェント王国が地上と地下で完全に分断される前、大きな戦争によるダメージが互いに深刻になったことがあるが、正面衝突したら地上の戦力を持ってしてもタダでは済まないことくらいは地上勢力も理解しているはずなのだ。


「そもそも私はあの炎の神法が一種のパフォーマンスであることを察していました。もし第二王子をただ殺すだけでいいのでしたら、もっと確実な方法が沢山あるでしょう。つまり、何らかのメッセージを含めた攻撃であると推察していたのです。しかし、実際には想定を大きく超える規模になったとのことですので、国家級のテロのような状態です。これで地上の王族や権力者達は政治的な観点や王家の威信から地下への態度や対処を厳しくせざるを得なくなりました」

「それで侵攻が始まると?」

「あとは、騎士団と灰鴉団の繋がりを隠すための侵攻という意味もあるかもしれませんね。こんなことがあったのに騎士団が断固として動かないようだと怪しまれる可能性があります」

「それならあくまで形式上の侵攻になるのでは?」

「それでも侵攻は侵攻です。成果はあげなくてはなりませんし、騎士団も一枚岩でないという話でしょう? であれば本気で制圧しに来ることもあり得ますし、地上では地下勢力と繋がりのある者がいないかの調査が行われていてもおかしくない。最悪、騎士団の地下側の勢力と灰鴉団との繋がりが露見してしまい、エルドリク団長も含めて既に捕まってしまっていることすらあり得ます。だからこそ、そうならないように地下勢力が主犯であり、独断で起こした事件であるというアピールが必要になります。つまり、状況的に騎士団は地下を攻めるしかないのです。裏切りを隠すために」

  

 世莉架の話を聞き、灰影主は顎に手を当てる。

 これまでと同じく冷静に見えるが、少し動揺や焦りがあるのか、体や手の動きが少し多くなっている。

 つまり、灰影主も想定外のことが起こる、起こりつつあるということが現実味を帯びてきているのだ。


「追い打ちをかけるようで申し訳ないのですが、まだ理由はあります」

「何だ?」

「貴方が今、ここで私と普通に会話していることです」

「……?」


 灰影主は眉を顰め、どういうことだと表情で語ってくる。


「もし、貴方が本当に騎士団と密に連絡を取っていて、これから地下侵攻が始まることが分かっているのなら、逃走するなり潜伏するなり証拠を消すなりしなくてはならない。そこでお聞きしますが、例の事件があってから騎士団と連絡は取れていますか?」

「……!」

「取れていないのでしょう。昨日、忙しくなくこの拠点を出て行かれたのも、作戦の状況が想定外になり、連絡が途絶え、実質的に地下勢力が孤立したからではないでしょうか。だから騎士団の現状を知らず、侵攻云々の話も知りようがなかった。侵攻に関しては確定ではありませんがね」


 側近の二人や世莉架の隣のレイドは見るからに顔色が悪い。地下の現状がいかに危機的なのかを理解したからだ。


「つまり、事件が起きて騎士団内部だけでなく、多くの勢力が混乱しているのでしょう。そこで内部協力者の疑いをかけられ、内部調査が行われて地下との繋がりが露見する可能性がある状態になっている。しかも事件が事件だけにダラダラと時間をかける訳にもいかず、最も簡単な解決策である地下勢力を排除するという、調査より先に敵の排除をするという選択肢を選ばれているかもしれないということです」

「……」

「これで邪魔者の事件介入による大規模混乱、騎士団との繋がりの消失、政治的観点から下されるであろう地下への厳しい対処、そしてそれに抗えない騎士団、加えて地下勢力のせいだということが大々的に発表されていれば地上の事情を何も知らない民衆のヘイトも向いているかもしれませんね。これで地下勢力はほぼ孤立状態と言っていい。まさに四面楚歌です」

「……クソっ!」


 灰影主は拳を強く握りしめる。先ほどまでの冷静さを失いつつある。


「とはいえこれはあくまで可能性の話。ですが、楽観視できる状況でないことは確かです」


 対して世莉架はどこまでも冷静に語りかけている。


(裏社会の組織のボスとして貫禄はあるし冷静さや合理性もしっかりしている。けど、まだ未熟な部分もあるわね。ただそこも含めて伸び代はある)


 世莉架は灰影主を評価しながらも、今後のことをより深く協議しようとした。

 だが、現実は都合よくそれを待ってくれる訳ではない。


「ボス!」


 突然、組織のメンバーが扉をノックもせずに入ってきた。


「どうした!」


 少し声を荒げて灰影主が状況を聞こうとする。


「騎士団が……大量の騎士団が地下に攻めてきています!」


 厳しい現実がすぐそこまで迫っていた。


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