太陽の下と解放の道
エルドリクからフェンシェント王国の真の歴史を聞いたメリアスとハーリアは、自分の頭の中を整理していた。
特にハーリアは自身が学校で習ったこととの齟齬が大きい。すぐには飲み込めない話だが、それでも今起きている状況が本当であることを物語っている。
まさか、これがただの壮大な悪戯である可能性など流石に考慮に値しない。
「それで、本当の歴史は分かりました。実際には更に多くの後世に語られていない歴史があるのでしょう」
「ああ、そうだろうな。本当の歴史に関する文献や証拠は厳重に国に管理されているし、余程の権力者でもなければ基本的には見れない」
「エルドリク団長はそれを見ることができるのですか?」
「地上にある物は俺でも見れない。ただ、地下では違う。地下に残っている文献や証拠は普通に見ることができる。だから、地下の住民は皆、本当の歴史を知っている。知らないのは地上の一般人だけだ」
地上の一般人だけが国の真実を知らず、普通に暮らしている。ハーリアもその一人だったということになる。
「そうですか。とりあえず本当の歴史については理解しました。それで、団長の……いや、地下の住民の目的はなんなのでしょうか」
真の歴史が分かった上で、エルドリク達が一体何をしようとしているのか、そこが一番重要である。
そこがハッキリしないと、メリアスとハーリアがこうして巻き込まれたことに納得はいかない。
「俺たちは地下で生まれ、地下で育ち、やがてチャンスが巡ってきて地上へ出ることができた。ずっと地上に行きたかった。当然だよな? ずっと太陽の存在を聞かされているだけで実際に見たことが無かったんだから、地上への渇望、羨望は凄まじかったよ」
「それは……当然ですね」
「だろう? まぁ、これまでの話を聞いて大方見当はついているだろうし、それで合ってる」
「地下住民を地上に移住させること、ですか?」
メリアスが真っ先に思いつく予想を口にする。
「大体それで合っている」
「ですが、そのためには……」
「ああ、俺はいざという時はこの国を敵に回すことになることも覚悟している。だが、この大国相手に真正面から喧嘩を売るのは自殺行為に等しい。だから、出来る限り平和的解決を目指している」
「ある日突然地上に地下の住民が現れたらパニックですし、真の歴史や地下の真実を一般人に広めていくのですか?」
誰にも何も伝えず、突如として地上に地下の住民を出したら国は大パニックになる。
そのやり方は国の合意や根回しなどを無視しており、せっかく地上に出ても厳しい生活を強いられることになるかもしれない。
いくら地上に出たくとも、地下住民にリスクの高いことはしたくないというのが普通に発想である。
「それも考えた。けど、今学校で習う偽りの歴史は長い時間をかけて完全にこの国に根付いている。それを今から覆そうとしたらどれだけ時間がかかるか分からない。それに、今までも真の歴史を何らかの方法で知り、それを広めようとする奴はいた。ただ残念なことに、そういう奴はある時突然いなくなる。どういうことか、説明しなくても分かるよな?」
「国は、真実を隠すためならそこまでするのですか?」
ハーリアが少し怯えたように問う。これまで当たり前のように平和な日常を送っていたフェンシェント王国で、そのような不都合な人間を暗闇で葬るような出来事があったなど到底信じたくないだろう。
「それが何百年も前から続くこの国の一種の伝統だからさ。この国の秘密はこの国が滅ぶその時まで守り抜く。これは地上の王族がずっと大事にしていることなんだ」
「では、団長はどうするのですか? 平和的解決というのは……」
「理論武装をして議論に持ち込み、負かせることができればいいが、そもそも議論に席についてくれないだろうな。だから、平和的解決とは言ったが少々無理も通すことになる」
「安全なことでしょうか?」
「安全……とは言えないな。国から追われることになるやもしれん。というか、失敗したら少なくともこれまでのような生活は送れなくなる。だが、国をひっくり返すようなことを目的としているんだ。これくらいのリスクは避けて通れない」
「……」
実質半強制的に協力させられそうなメリアスとハーリアとしては、安全な方が当然良い。
しかし、その道を通すことは難しそうである。
「地下住民のほとんどは地下で生まれたというだけで、一生太陽の下を歩けないんだ。大昔の王様の勝手な言いつけ一つのせいでな」
エルドリクの言うことは理解できている二人だが、それでも勝手に巻き込まれている立場ではあるため複雑な気持ちも多い。
(確かに理不尽だし可哀想だとは思う。どうにかしてあげたい気持ちもある。けれど、だからと言って私達が地下住民の野望に大きなリスクを背負ってまで付き合わないといけない理由はない。協力するにしても、配置や役割は配慮してもらわないと、こちらが被る不利益、被害が深刻なものになる可能性がある……)
メリアスが思考に耽っていると、エルドリクが続けて地下住民に関する話を始めた。
「それに地下の住民が普段どんな仕事させられているか、どんな生活環境か知っているか?」
「昔の話を鑑みれば、ありそうな仕事としてはやはり裏社会関連でしょうか。生活環境に関してはどれほど地下に地上の技術が浸透しているのかが不明なので分かりません」
「ああ、仕事としては基本、汚れ仕事だ。地下環境を保つための仕事もあるが、とにかく薄汚れたクソみたいな環境なのさ」
「……」
「俺たちは地下の王族とその近くにいた奴らの子孫だ。でも、俺たちが地上の王族を、地上の一般人を害したことなんて無かった。ただ地下に生まれただけでこの環境の違いさ。理不尽以外の何者でもない」
なるべく平静を保ちながら話していたエルドリクの言葉に強い気持ちが乗る。
エルドリク達地下の住民が理不尽に抗おうとする気持ちは二人とも理解はできる。特にハーリアはその気持ちに同調する思いが強い。
だが、メリアスは冷静、見方によっては冷徹なままだった。
「確かに、地下の住民の環境、受けてきた扱いは酷いものだったのでしょう。しかし、それでも私達が協力しなければいけない理由はありません」
「……!」
「メリアス、それは……」
エルドリクは少し表情を変える。ハーリアは自身の気持ちがかなりエルドリクら地下住民に入っていたこともあり、複雑な表情でメリアスを見ている。
「フェンシェント王国は言わずと知れた大国。エルドリクさんはその大国を根本から覆そうとしているのです。その目的を否定するつもりはありませんが、私達はつい最近アークツルスに来てこれから冒険者パーティとして本格的に活動を始めるところでした。それなのに、実質半強制的に協力させられるのは、それもまた理不尽と言えませんか」
メリアスは毅然とした態度で言う。少し冷たい言い方だが、実際にエルドリクら地下住民の作戦に参加することは今後のフェンシェント王国の未来、または王国内での過ごし方や立場すら大きく変える可能性がある。それも悪い方向に変わる可能性が。
「ああ、分かっている。お前達からすればこんな話聞かされてもすぐに協力するなどとは言えないだろう。特にメリアスはそもそもフェンシェント王国民じゃないもんな。その反応が正常さ」
「それが分かってていても、例え他国の人間であっても協力してほしい……そういうことですか?」
「勿論、出来る限り他国の人間に協力させたくはない。これはフェンシェント王国内での問題だからな。だが、目的達成のためにはそんなことも言っていられない。そんな甘い見積もりで目的の達成などできないと考えている」
「……」
メリアスは考える。エルドリクの目の前で、やっぱり協力はできないと言うことはできる。だが、ここまで普通の王国民では知りようのない事実を知ってしまった状態で大人しく解放してくれるのか。
これは実力試験を行う前と同じ状況に陥っている。はっきりと強制するようなことは言われていないが、実質的にこれからの行動を強制されているのだ。
(ここで協力すると、行方不明のセリカはどうするのか……。彼女がどこにいるのか全く不明な状態で、私達はこの国の暗い部分に浸かりにいく行動は正しいの? いや、やはり……)
メリアスは思考する。エルドリクに協力しない方向性で考えても恐らく解放されない。しかし、それではセリカを探すことができず、結局騎士団本部に留まることになり、何も進展しない。
だからと言って協力するのは諸々のリスクが高い。だが外へは出ることができるだろう。
「メリアス」
そこで隣にいたハーリアに声をかけられる。その声から動揺や不安は感じられない。
「ここは一旦別行動にしよう」
「え……?」
ハーリアの提案にメリアスは目を丸くする。この状況でハーリアと別れるような選択肢はメリアスの頭に無かった。
「私は、どれだけやれるか分からないけど、エルドリクさんに協力したいと思ってる」
「本気? どんな危険なことをさせられるか分からないし、作戦が失敗したら恐らく国の反逆者になるわよ。それがどんなことか……」
「うん、そうかもしれない。けど、ここまで話を聞いたのに何もしないのは無理だよ」
「でも……」
メリアスは渋る。ハーリアを心配してのことだったが、ハーリアの目には確かな覚悟が伺えた。
フェンシェント王国民であるハーリアがそのように思うのは普通かもしれない。そしてハーリアの奥底にあるものはメリアスには分からない。
「私がエルドリクさん達に協力する。メリアスはセリカを探して」
「ああ、他にも仲間がいるみたいなこと言っていたな。あの大教会事件があって逸れたその仲間を探しに行くと」
エルドリクにはまだ世莉架の存在は念の為出していなかったが、ハーリアがうっかり出してしまった。
だが、名前程度であれば問題はない。
「そうしたくても、私が外に……」
メリアスはチラッとエルドリクを見る。自分を解放していいのかという疑問を投げかけているのだ。
「そうだな……。どちらかだけでも協力してくれればありがたい。もしハーリアが協力してくれるのならメリアス、お前は解放しよう」
「本当ですか?」
「ああ。これ以上の強要は流石にやりすぎだと自覚しているからな」
ハーリアの意思を尊重すればメリアスは自由に動けるようになる。だが、ハーリアを一人にする抵抗感はやはり拭えない。しかし、このまま二人とも協力するか解放されず軟禁状態にされるかの二つの道も回避したい。
思考の末、メリアスは答えを出した。
「分かりました。ハーリアがエルドリクさんに協力し、私は仲間を探しに行きます」
「メリアス、ごめんね。ありがとう」
「ああ、分かった。ハーリア、これからよろしく頼む」
だが、メリアスの話はまだ終わっていなかった。
「そして、私が仲間を見つけた後にここへ戻ってきます」
「何?」
エルドリクとハーリアは困惑の表情を浮かべる。
解放されたがっていたというのに、何故また戻ってくるような選択をするのか分からないと言いたげだ。
「その時のそちらの作戦がどれほど上手くいっているかを見て、私達も協力するのかハーリアを連れて帰るのか判断します」
「じゃあ上手くいって無かったら……」
「そんな目的を達成できる見込みのないリスクの大きいだけのことに貴方を巻き込ませたままではいられないの」
「そっか、分かった。エルドリクさんも、それでいいですか?」
ハーリアは自分を心配してくれるメリアスに嬉しさを感じながらその案に賛成し、エルドリクの了承を得ようとする。
「まぁ、確かに目的達成の見込みが無くなったら途中で作戦中止してまたやり直すことにはなるからな。それでいい。だが、お前が仲間を連れて帰ってくるのはいつになる? その時に俺たちが騎士団本部にいるとは限らない。というか、恐らくいないだろう」
「そうかもしれません。それでしたらこれからハーリアが作戦に従って行くことになる場所だけでもいいので教えてください。そこを探してまずハーリアと合流します」
「なるほど。本当は作戦に関与しない者に作戦に使う場所を話すようなことはしたくはないが……。まぁ、新たな協力を得られる可能性がある以上、仕方がないか」
そう言ってエルドリクが簡単にハーリアが行くことになるであろう場所を話そうとした時だった。
「何だか外が騒がしいですね」
部屋の外で待機している騎士が誰かと話をしているようだが、それは口論のようにも聞こえた。
「まさか……」
すると部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。
「エルドリク団長。一体、何の話をされているのでしょうか」
「お前……」
そこにはコスモプレトル騎士団の騎士の一人と思われる人物、それも一般騎士ではない立場の高そうな様相の者がいた。




