真の歴史
机にコップが置かれる。そこには紅茶が入っていた。
メリアスとハーリアは無事、エルドリクによる実質強制の試験を乗り越え、ようやく詳細な話を聞けることとなった。
騎士団本部内のとある部屋の中にはエルドリクとメリアス、ハーリアの三人だけがいた。
先ほどまで紅茶を入れたコップを持ってきた人がいたが、その人はすぐに出ていった。
「悪かったな」
唐突にエルドリクは言う。
「それは、何に対してですか?」
分かっているにも関わらず、わざとメリアスは聞き返す。
「勝手に君達を推し測り、碌な説明もせず脅迫、誘拐、軟禁まがいのことして、戦闘までさせた。本当にすまない」
言葉だけを聞くと非常に悪質な犯罪行為にしか聞こえないが、実際にはそこまで酷いものではなかった。
騎士団本部への連行時に逃げようとしていたらどうなっていたか分からないが、それでも命に関わるような扱いはされなかっただろうとメリアスは思った。
「そうですね。コスモプレトル騎士団の団長としてやってはいけないことだと思います。そこにどんな大義があろうともです。もっと他にやり方があったと思いますし……」
「メリアス、もう大丈夫だよ。ほら、結果的に私達はこうして五体満足で無事な訳だし……」
「まぁ、そうね」
今エルドリクを責め立てたところで特段意味はない。今回のことを無関係の他者に言うつもりは二人ともなく、告発するつもりも今のところはない。
とにかく今は情報収集とどんな組織や人が動いているのか、アークツルスで起きていること、これから起きようとしていることといった大局を把握することの方が大事なのだ。
「すまないな。察してくれていると思うが、これまでのことは俺達が水面下で動いているからこその立ち回りだった。だから、どうしてもこういう回りくどい上に強制的な方法を取るしかなかったんだ。最初に全てを説明するのは情報漏洩の観点からリスクが高すぎるしな」
いくら見込みがある人物でも、水面下で動いていることや詳細についてまで初対面でいきなり話すのは危機管理意識が低すぎると言わざるを得ない。エルドリクは軽い調子の時もあるが、国が誇る騎士団の団長である。その程度の意識は当然ある。
「それで、一体アークツルスで何をしようとしているのですか?」
メリアスは直球で聞く。エルドリクはそう尋ねられて、一つ息を吐いた。
「ハーリアはルイン出身のルイン育ちなんだろう?」
「はい」
「じゃあフェンシェント王国の歴史や文化については学校で色々習っただろう?」
「そうですね」
「私もある程度は把握していますよ」
ハーリアは当然として、別のところからやってきたメリアスもフェンシェント王国についての知識はある。
「ほう、結構詳しいのか?」
「詳しいかは分かりませんが、最低限の知識はあります」
「そうかそうか。メリアスは英才教育でも受けてそうだもんな」
「……そんなものでは」
「すまん、冗談だ。まぁ、話を戻すが、俺達の目的について話す前に、一応簡単にこの国の歴史について話そう」
そうしてエルドリクはフェンシェント王国の歴史について話し始めた。
「今から数百年前、この国は元々とある二人の兄弟が作り上げた。その兄弟は地位の高いところの生まれという訳でもない、普通の庶民だった。しかし、知力と武力の両方を兼ね備えていただけでなく、行動力やカリスマ性も持ち、見目まで麗しかったという。そんな二人だから幼い頃から周囲にとても期待されていた。やがて二人は国を作ろうという目的を掲げた。いくら優秀でも流石に荒唐無稽だと思われるようにもなったが、二人は全く迷うこともなくより大きい存在になるため、世界を旅して多くの知見や価値観、経験を得た。そうしてこの地に元々あったどこの国にも所属していない小さな街に辿り着き、そこで成り上がり、やがて二人で街のトップに立った」
これは少なくともフェンシェント王国内では非常に有名な話である。
ハーリアは当然知っているという風に頷いており、メリアスもこの程度は把握していた。
「それから街を国とし、どんどん領地を広げ、大きい国にしていく。二人の王がいるというのは異例だが、二人とも優秀だったし、どんどん大きくなる国を見た民衆からは信頼され、尊敬されていた。そうしてフェンシェント王国は繁栄の道を進んだ……ただ、ある時国が変わる事態が起きた」
「兄弟戦争ですね」
「そうだ。兄弟戦争と言われる、二人の王の戦いだ。ずっと仲が良く、二人で王になって国をより良くするために全てを捧げていたのに、ある時酷く分裂してしまった。分裂した理由は諸説あるが、有名なのは国の様々な方針についての意見が異なり、段々と険悪になってやがて戦争にまで発展したという話だな。まぁ、それだけで戦争にまで発展するものかとは思うが、他にも色々あったんだろうよ。兄弟のどちらかが実は劣等感を抱いていたのではないか、とかも言われているな」
「そうですね、実は兄弟のどちらかは全然優秀じゃなく、片方の優秀さに乗っかっていただけとか聞いたことあります」
「あぁ、それも有名な話だな。ただその時代に戻ってこの目で見てくることはできない。残っている史料を元に定説となった学校で習うようなことも、それを提唱した人物が色々と想像で補っているものだ。真実は分からない」
歴史の全容を完璧に把握はできない。そこまで詳細が描かれた文献や史料はそう残っていない。
そのため、歴史の不明点についてはこう考えていたのではないか、こういう事情があったのではないかと残された史料から推測して想像で補うしかないのだ。
「そうして戦争は兄の勝利で終わった。しかし、敗北した弟は殺されはしなかった。兄の側近からは猛反対されたそうだが、やはり実の兄弟でこれまでずっと二人で頑張ってきたこともあってか、慈悲を与えたそうだ。とはいえ、これまで通りまた二人の王としてやっていくことはできない。どこか遠いところに隠居させたり牢屋に入れるなり考えたそうだが、兄は別のことを思いついた。それは、弟に国の裏側を統治してもらおうというものだった」
「……?」
話を聞いている二人からすると、これまで自身の知識通りの歴史の話をされていた。しかし、二人の知らない話が出てきたことで同時に頭に疑問を浮かべた。
「兄は元々考えていた。国が大きくなればなるほど、国の全てを掌握することは困難になる。いかに優秀な王であろうと限界はある。だからこそ、兄弟で手分けして国を動かしてきた。しかし、それでも完璧とは言えなかった。やがて、民衆には見つからないよう裏社会で様々な工作を行う組織を立ち上げた。結局、表社会でできることは限られており、手段を選ばず非道なことに手を染めるのも国のためになると考えたそうだ」
「……」
二人は疑問を感じつつも話を聞き続ける。
「兄弟戦争後、そういった裏社会の統治を弟は任せられた。弟は元々裏社会の組織の存在意義には懐疑的で兄に苦言を呈していたこともあったそうだが、兄は聞き入れなかったし、裏社会の統治については戦争で敗北した側の弟に拒否権などなかった。しかし、弟はむしろチャンスだと思ったそうだ。何故なら自分の手で裏社会を少しでも良くできるかもしれないと思ったからだ。なるべく手を血に染めないよう教育し、できるだけ人道的な措置を行うようにしていった。弟のまた兄とは違ったカリスマ性や親しみやすさが浸透したのか、少しずつ裏社会は変わっていった」
そこでエルドリクは一息つき、また話し始める。
「だが、それをよく思わない人物がいた。分かりきっていると思うが、兄弟戦争以降は一人の王として君臨している兄だ。兄は目的のためなら手段を選ばない。だから裏社会の組織を作ったんだ。けれど、弟によって裏社会は変わっていた。裏社会である以上、表に出せないことをしているのは変わっていない。しかし、目的のためでも手段は選び、多少時間がかかったり面倒が増えてもなるべく人道的な方法を取るようになっていた。これは兄の考えている裏社会の姿とは大きく異なっていた」
「……でも、弟から裏社会の支配を取り戻せなかった、ということでしょうか」
そこでメリアスが話の続きを予測して言う。
エルドリクは頷いた。
「その通りだ。兄はすぐさま弟を裏社会の統治者から降ろし、自分を統治者に戻した。そしてかつてと同じように非道な命令を繰り返す。しかし、明らかに仕事の出来が悪くなっていた。最初は弟の甘ったるい管理のせいで裏社会の者達の腕が鈍っているのかと思っていた。けど、実際は違った。裏社会の者達は作戦による周囲への被害もこちらの安全も何も考えていないかのような命令しかしてこない王に反感を抱いていたんだ。これは弟の優しさなんかに触れたからだろうな」
「自分が作り上げた裏社会の統治が上手くいかなかった兄のすることと言えば……」
メリアスが顎に手を当てながら言う。それから起きたことは想像に難くない。
「あぁ、戦争さ。国の騎士団……今のコスモプレトル騎士団の原型だな。兄はその騎士団を率い、弟は裏社会勢力を束ねて両者はぶつかった。だが国の裏社会勢力と戦うなどと民衆に説明はできない。そんなこと言ったら裏社会があることを公言することになっちまうからな。だから兄は国家転覆を狙う反逆者達との戦争と民衆には説明していた。戦いはそう長くは続かなかったが、結果としては兄の辛勝だった。裏社会の者達の動きは騎士団とは違い、狡猾で捉えにくい。それになかなか対応できなかった騎士団は大きな打撃を受け、負けた裏社会勢力はそれ以上のダメージを負った。そして兄はついに弟から全てを奪い、自分のものにする、そう思われていた」
「弟の統治する裏社会勢力の実力を認めてそのままにしたんですか?」
「正確には違うが、大体そうだな。兄は驚愕したのさ。もっと簡単に勝利できると思っていたんだろうな。だが実際は辛勝も辛勝。互いにダメージが大きく、元通りに戻るまでどれくらいかかるか分からないほどにな。そんな状態で裏社会の面倒まで見ることはできない。とりあえずはそのまま弟に統治を任せたんだ。しかし、兄は悔しかったし、自分が作り上げたはずの裏社会勢力が自分に刃を向けるより危険な存在であると認識した」
エルドリクは一度話を区切って喉を潤わせるためか紅茶を飲み、また話し始めた。
「けど、実はその時には二人とも結構な歳になっていてな。もうそろそろ自分達の命が終わることも分かっていたんだろう。兄は最後に、弟家族とその側近達、そして裏社会勢力を地下に幽閉することにした。元々アークツルスの地下に広大な空間が広がっていることは周知の事実だったし、そこを利用して色々なものがその頃から作れられていたらしい。裏社会勢力の拠点は地下にもあったが地上にも色々なところに点在していた。それらの拠点を全て地下に集約し、それらしい理由をつけて一般人は原則立ち入り禁止の区域に制定したんだ。当時はまぁ、民衆も怪しんだだろうよ。けど、時間が経って何世代も進んだ頃にはそれが当たり前になった。そうして今のアークツルスがある」
「そんな……」
特にショックを受けているのはハーリアだった。
「ハーリア、お前はどういう風にこの国の歴史を学んできた?」
「私が学校で習ったのは、兄弟戦争後、確かに弟は殺されなかったけど遠くの領地に飛ばされて死ぬまでそこで静かに過ごしたというものです。そして兄はまたこういった国内での内紛が起こらないよう、主に軍事的用途のためにアークツルスを地上と地下に分け、現在の双層都市が出来上がったって……」
幼い頃からルインで教育を受け、母国であるフェンシェント王国についての歴史も色々なところで教わってきたのだ。
そんな知識を覆された。ハーリアからすればまだ半信半疑だが、相手は国随一の有名人であるコスモプレトル騎士団の団長だ。
こんな長々とした嘘をつくような状況でもない。つまり、信じるしかない。
「まぁ、そんな感じだろうな。けど、これが真実だ。俺がいつだか地上の王族って言ったの、覚えているか?」
「はい」
「あれはつまり、そういうことだ。地上の王族は初代国王である兄の血族のことで、地下の王族は同じく初代国王である弟の血族のことだ。今の今までずっとそうだ」
「でも現在の地上と地下は昔ほど交流のない関係ではないですよね?」
メリアスは指摘する。今のアークツルスでは、一般人は相変わらず地下に行くことはできないが、たまに権力者やトラリス教の地位の高い者、騎士団の面々は通ることがあり、それは普通に知られていることだ。
つまり、誰もが全く出入りできない場所ではない。
「そうだな。まぁ、何百年も前の話だし、現在に至るまで色々なことがあったんだろう。結局裏社会の組織も地上に拠点が点在しているしな」
そう言ってエルドリクは何かを思うような表情になり、二人の方を見た。
「そして、もう予想はついているだろうが……俺は、元地下都市の住人だ」
二人は真剣な表情で、その言葉を受け止めた。




