戦闘実力試験
メリアスと相手の騎士団員は模擬戦の始まりの合図があってもすぐには動かない。
騎士団員は手加減のつもりか、メリアスに先手を打たせてやるとでも言いたげな表情だ。
(私から先に動けと。まぁ、その手加減に乗ってあげないと印象も良くないでしょう)
相手の戦闘神法もどの程度の手加減をするつもりなのかも不明な状態で飛び込みたくはないメリアスだが、ここは騎士団員のメンツを立ててやることにした。
メリアスの武器はレイピアである。今回は木刀を持たされているため、普段使っているレイピアのように扱うのは難しい。
だが、御使師の身体能力があればしっかり武器になる。
メリアスは右斜め前に少し進んだところで急に反対方向に姿勢を低くしたまま移動する。神法による身体能力向上の恩恵を受けているため、そのスピードは常人とは全く異なる。
そして騎士団員の右側にメリアスが移動したタイミングで騎士団員は木刀を横に薙ぎ払う。
「……!」
メリアスは薙ぎ払いに合わせて下側から滑らせるように木刀を当てて弾いた。
強い力を込めた訳ではない。しかし、当て方と力を入れる方向が正しければ案外簡単に受け流すことができる。
まだ騎士団員の体勢が崩れた訳ではないが隙はできたため、騎士団員の木刀を持つ右手首を続けて木刀で当て、木刀を落とさせようとする。
しかし、騎士団員は空いている左手から土の戦闘神法で土塊を放ってきた。
(戦闘神法は土。相手に物理的なダメージを与えるだけでなく、拘束や足止めなどにも使えて汎用性が高い。基本的には付き合わない方がいい)
メリアスは目視で確認してから飛んでくる土塊を避ける。
そして避けた勢いを使って騎士団員の背後に瞬時に移動する。
(まぁ、流石にこの程度の動きにはついてこれるわよね。もう少し速く動いてもいいけど、すぐに慣れるでしょう)
騎士団員は振り向きながら土塊を木刀の周辺に生成し、それを広範囲にばら撒いてくる。
先ほどのような少しの動きで避けられる範囲ではない。神法か木刀で処理するか、もっと大きく動いて避けるしかない。
「チッ……!」
しかし、メリアスは飛んでくる土塊の隙間を前に進みながら的確に避けていく。
大半の者は横に移動して避ける判断をするだろうが、メリアスは動体視力と身体能力を駆使し、飛んでくる土塊のスピードや場所の予測と把握を正確に行なっているから実行できることだ。
それに虚をつかれた騎士団員は焦って少し大ぶりに木刀を振るおうとする。
そこでメリアスは近くを飛んでいく土塊の一つに木刀を当て、上手く騎士団員の顔付近に弾き返す。
「くっ……!」
的確な反撃に驚く騎士団員は、その隙に自分の懐に入り込まれることを予想し、成人男性三人程度は隠せるくらいの土塊を自分の前に生成する。
あくまで一時的な防御のつもりだが、互いに視界を塞がれることになった。
だが、その土塊は空中に生成しており、当然自由落下することになる。しかし、その土塊が落ちきる前にメリアスは姿勢を低くし、木刀を薙ぎ払って騎士団員の足に当てた。
いくら御使師の屈強な男性でも、思わぬところから御使師であるメリアスによる強力な木刀の打撃を足に喰らってしまっては、転ばすに耐えるのは難しい。
しかし、騎士団員は片手を地面について体を支え、追撃されないように更に土を広範囲に展開する。
完全に騎士団員が防戦一方だが、メリアスからすると攻められる箇所を狭められたことで反撃を喰らいやすい状況になっている。
(私の神法を使えばこれくらいの土の壁なら突破できる……けど、それをここでやってしまったら明確に御使師として私の方が上だと証明してしまうことになる。もし神法を使う場合はなるべく目立たないように小さく使う。もっと上手く、いい具合に勝たないと)
メリアスは実質的に自らに神法を使わない、あるいは少しのサポートとして使うという縛りを設けている状態だ。そこでメリアスは軽く土の壁を蹴って少し高さを稼ぎ、木刀を高く掲げる。
騎士団員は体勢を立て直そうとしている最中に土の壁の上から見える木刀を目にする。
騎士団員からすれば、その木刀から神法を使ってくるのではないかと思えるだろう。故に、木刀を叩き落とすために再び土の神法を使う。
土塊を放ち、それが木刀に当たるとあっけなく弾き飛ばされていった。
「……?」
あまりに手応えがない。そのことに疑問を持った時、三百六十度展開されていた訳ではない土の壁の隙間からメリアスが飛び出してきた。
そのことに体勢を立て直したばかりの騎士団員は一瞬気づくのが遅れた。
鈍い音が響く。それはメリアスの蹴りが騎士団員の鎧の薄い部分に的確に当たったことによる音だった。
「っ……!」
その衝撃と痛みでまたも体勢を崩され、膝をついたところでメリアスの右手が背後から首にかかる。
「動かないでください」
「……ふぅ、分かった」
すると二人の周囲を囲んでいた土の壁が崩れていく。
そこには膝をついて両手を上げる騎士団員と、その背後に立っているメリアスがいた。
どちらが勝ったのか、答えは明白だ。
「ふっ、勝負は決まったようだな。メリアス、お前の勝ちだ」
エルドリクは笑みを浮かべ言った。
「すみません、少し強めに蹴ってしまいました」
「いいや、いい。こちらも悪かったな。油断などするつもりは無かったんだが、驕りがあったようだ」
騎士団員は素直に自身に驕りがあったことを認めた。
自らの驕りを認めるのは恥ずかしく嫌なことだが、それを正直に認められるのはやはりコスモプレトル騎士団の矜持があるからだろう。
「それにしても、最後のあの木刀はどういうことなんだ? 全く手応えなく吹き飛ばされていったが……」
「あれは私の風の神法で浮かせていただけですよ。そちらからすれば、土の壁によって攻撃してくる可能性のある方向が限定的になっていたので、武器として用意された木刀が見えたらそこに意識が集中してしまうのも仕方ありません」
「なるほど。シンプルな策だとしても、それによって一瞬でも隙ができれば命取りになることもあるだろう。今回の戦いが実戦であれば俺は死んでいたな」
模擬戦だからこその油断や命までは奪われることはないという意識が勘を若干鈍くしたところもあるだろう。実戦による経験値や学びはいくら模擬戦を繰り返しても得られるものではない。
「はっはっはっ! やっぱり、メリアスも只者ではなかったか」
すると審判をやっていたエルドリクが二人の元へ行く。
「いえ、私は所詮若輩者。まだまだ修行と学びが足りません」
「そんな謙虚にするな。お前はコスモプレトル騎士団の団員に勝ったんだぞ? 堂々と誇ってくれなきゃ惨めになるぜ」
「今回は彼自身の油断や驕りという部分が多いでしょう。最初から本気であれば勝負は分かりませんでしたよ」
「ははっ、よく言うぜ。ほとんど神法を使わずに勝っちまった癖に」
今回のメリアスの目的である、できるだけ実力を見せずに勝利するというものは達成できたと言っていいだろう。
最後に風の神法こそ使ったものの、ほんの少しの間木刀を浮かせただけだ。どれほど神法が優れているのかは分からなかっただろう。
「神法は非常に強力ですが、使わなくともやりようはあります」
「まぁ、お前の神法の実力は分からずとも、あの身のこなしを可能にする身体能力の高さ、反応速度、臨機応変な立ち回り。お前が御使師として優秀なことは間違いない。だからこそ本気を見てみたいものだが……」
「お忘れですか? 私達は実質的に強制で模擬戦を行わされ、勝手に何かを判断されているのです。つまり、現状ではとても貴方達を信用できないのです。互いに信用できるような関係になれましたらお見せすることもあるかもしれません」
「そうだったな。悪い」
エルドリクは素直に謝る。
普通に会話しているが、そもそもメリアスとハーリアは監視され、騎士団本部の外にも出ることが許されない状況だ。
とても心を許したり手の内を見せてもいいとは思えないだろう。
「とにかく、メリアスの模擬戦はこれで終わりだ。実力を隠していてもうちの団員に勝てる時点で文句はない」
「合格ですか?」
「勿論、合格だ」
「そうですか」
「嬉しくなさそうだな」
「当然、何をさせられるのか、何に協力させられるのか分かりませんから」
エルドリクは肩を竦める。
メリアスの発言には度々団長であるエルドリクに対しての嫌味が混ぜられているが、エルドリクが気にしている様子は全く無い。
そういったことを気にするタイプではないのだ。
「お前ら、しっかり見たな? 相手が少女だからといって、自分より実力がないなどと決めつけるな。その油断は騎士としては勿論、俺たちの目的からしてもリスクにしかならん」
エルドリクの話を聞いている他の団員達には動揺が見えるものが数人はいた。
まさかメリアスがほとんど神法を使わずに勝ってしまうなど思ってもいなかったのだろう。
「各々、気を引き締めろ。それじゃあ……」
そしてエルドリクはハーリアの方を見た。
「一応、ハーリアにも模擬戦をしてもらう」
「や、やっぱり……?」
ハーリアの実力に関しては、巨大な炎を打ち消した一部始終を見たエルドリクは特に疑っていない。
しかし、その場面をこの場にいる騎士全員が見た訳ではない。後に不満が出ても面倒ということで、皆の前で実力を見せつけてやれば納得せざるを得ないだろう。
「あぁ。一応な」
そうしてハーリアは渋々前に進んだ。
「使う神法は水だけにして。それこそ、女神の寵愛を受けし使徒であることは絶対に気づかれないように」
「う、うん。頑張る」
「大丈夫よ。普通に戦えばいいの。それだけで大抵の相手は制圧できるわ」
「普通にね……」
メリアスはハーリアと交代する際に励ましつつ、小声で自身の神法についての情報をできる限り開示しないように言う。
巨大な炎を消すために最も有効なのは当然の如く水の神法だが、それ以外にも色々と神法を重ね合わせるようなことをハーリアがしなかったのは幸いだったと言える。
戦闘神法を二種類使えるだけでも比較的珍しいことだが、ハーリアは全て使用できる。もしこれが知られてしまったら、より危険なことに協力させられる可能性がある。
更に、その情報が騎士団内だけに留まればまだよいが、外部に漏れるようなことがあればハーリアの類稀なる才能を利用したい者が出てくるだろう。
ただ、ハーリアだけでなくメリアスに関しても戦闘神法を三種類使えるため、それが知られるような事態は避けたいのだ。
「よろしく頼む」
ハーリアの相手にはハーリアの水の神法を見ていない者が選ばれた。
「はい、よろしくお願いします……」
先にメリアスが戦っていたからかそこまで緊張はしていないように見える。
だが、フェンシェント王国民であるハーリアからすれば多くの国民が憧れ信頼を寄せるコスモプレトル騎士団の団員を相手にするのは少々戦いづらいかもしれない。
「よし、両者準備はいいな?」
「はい」
「それでは、始め!」
二人の了承を聞き、エルドリクの掛け声と共に試験が始まる。
ハーリアの相手は先ほどのメリアスを見ていることもあり、油断は一才せず、手加減もするつもりがなかった。
「最初からガンガン行くぞ!」
騎士は風の神法を使い、斬撃と化した殺傷性の高い攻撃を繰り出してくる。
直撃したらタダでは済まないだろう。
しかし、ハーリアにとっては脅威にならない。
「は?」
斬撃と化して飛ばされた風の神法は、人くらいの薄さの水の膜程度ならば容易に切り裂いて目標へ届かせることができる。
どれほどの水量で斬撃を止めることができるのかは風の神法を使う御使師の実力によるため一概に言えないが、今回ハーリアが相手にしている団員の実力であれば、小さめの馬車程度の分厚さの水を用意できれば斬撃を止めることができるだろう。
しかし、ハーリアはまず馬車の半分程度の水を用意し、それで足りないことをすぐに察したことで巨大な水を次々となんの苦もない表情で追加していき、完全に風の神法を押し潰した。
大量の水という圧倒的物量はシンプルだが非常に強力だ。
「今の一瞬で、これだけの水を……」
左右と上方向から次々と大量の水を追加されたことであっという間に巨大な水の壁が団員の前に立ちはだかる。現在戦っている施設は騎士団専用の訓練場なため、かなり広い。それでも水の壁は横は馬車よりも分厚く、上は天井に届くほどだ。
ただ水を生成するだけ、と言えば簡単に聞こえてしまうかもしれないが、生成量が増えれば増えるほど消費するノイラド量も増えていく。
ハーリアの行った水の生成規模は、一般的な御使師ではすぐに自身の扱えるノイラド量を超過し、キャパシティを空にしてしまうことだろう。
だがハーリアは全く負荷など感じさせない涼しい顔をしている。その余裕は暗にハーリアの底知れない才能を示している。
「く……!」
団員は必死に風の神法を水の壁にぶつけて突破を図ろうとするが、規模が大きすぎてほとんど意味がない。
そこで団員はとにかく貫通力を高めることに特化した風の槍を生成し、思い切り溜めて放つ。
(これは、今のままでは防げないかな)
それはこれまでとは異なる空気を切り裂く音を発しながら水の壁に当たる。
これまでの攻撃は水の壁の途中で勢いを失い消滅していたが、今回の風の槍は流石に貫通力が非常に高く、風の槍の周囲の水は簡単に吹き飛ばされていく。
水の壁の凄まじい物量をも吹き飛ばしながら進むことのできる風の槍の対し、普通の御使師ならば受け止めるのを諦め、避ける方に集中するだろう。
しかし、ハーリアは避けるどころか、次から次へと水を生成して風の槍の周りの空間をひたすらに埋めていく。
特に戦略がある訳ではない。ただただ圧倒的すぎる物量で相手の心諸共押し潰す。
やがて風の槍はどうしようもないほどの水に阻まれ段々と勢いを失っていき、消滅した。
そこでハーリアは全ての水を操り、団員の周囲を水の渦で囲む。
その団員の周囲は頭上まで全て膨大な水で囲まれており、仮に呑まれようものならただ流されることしかできないだろう。
そもそも水は非常に重たい。周囲を囲む水を全て落とした場合、地面にひれ伏し、身動き一つ出来なくなるかもしれない。
「降参してください」
「……参った」
「勝負あり!」
そうして団員は負けを認め、試験は終了した。
「な、なんだよこれ。普通じゃないぞ。どっちも化け物じゃないか……」
「ああ。正直、恐ろしいな。こんなにも凄まじい力を持っていれば話題になってもおかしくないが、全く知らないんだよな」
「何にせよ、協力してくれるなら心強いな。ただ、逆に言うと敵に回ったりしたら大変なことになる」
試験を見ていた騎士団員達はヒソヒソと二人の戦いっぷりを評価している。
仮に団員側が負けることになるとしても、ここまで一方的になるなど想像できなかっただろう。
結果として、メリアスはほとんど神法を使わずに普通に神法を使ってくる団員に勝利し、ハーリアは水の神法のみを使い、相手の攻撃を完全に封殺して勝利した。
これで不合格になる方がおかしいだろう。
「文句なしの合格だ。分かってはいたが、やはり凄まじいな」
「あ、ありがとうございます」
「ノイラドはまだ余裕があるのか?」
「はい。ただ今日は大教会広場でも膨大な量使いましたので、流石にちょっと疲れました」
「ちょっとか……ははっ!」
エルドリクはハーリアの肩を叩き、団員達の方へ向く。
「お前達、よく分かっただろう! 彼女達を引き込まない理由などないと思うが、反対する者はいるか?」
当然、反対する者などいない。
「よし。それでは、二人とも来てくれ。状況や目的、これからのことについても話す」
ようやく二人はエルドリク達の目的を知ることのできる段階にまで辿り着いた。




