地下都市への道筋②
「お前……一体どこまで、何を知っている?」
レイドの鋭い視線が世莉架に突き刺さる。
重く緊張感のある空気感からある程度柔らかな空気感になっていたところで、急激にまた空気が張り詰めた。
世莉架はレイド達の視線を物ともせず、何事もないように四人の椅子の周りを歩き始めた。
「私、ここに来る前はルインにいたの」
「ルインだと? まさか、あの大量の危険生物が押し寄せたっていう……」
「ええ、そうよ。その時はルインにも初めて訪れたばかりだったから本当に慌ただしかったし、まともに観光の一つもできなかった」
ルイン攻防戦のことは既にアークツルスに伝わっている。また、アークツルスからルインに状況確認のための使者が向かっていることだろう。
具体的にアークツルスにルインのことについてどのように伝わっているのかは不明だが、これまでにない未曾有の事態であったため、アークツルスでも普段より警戒を高めているのかもしれない。
そして、地下住民であるレイド達にもその話は届いている。
「それは分かったが、何故灰影主のことを知っている? それは普通に生きている分には知り得ないはずだ」
「……」
世莉架はルインで裏社会の人間に命を狙われたり、ルイン攻防戦の最中に裏社会についての情報収集をしたりと、言うなればフェンシェント王国の裏側に触れることが多かった。
その中で見つけた情報はどれも普通に生活をしているだけでは絶対に得ることのできないものばかりである。
「灰影主。アークツルスの地下都市に存在するとある組織のリーダーの呼び名。地下都市の組織ということは知らなかったけど、この国の裏側に多く密接に関わっていることは確かね。そんな組織からしたら地下都市にいる方が秘密裏に動きやすいのでしょうけど、果たして望んで組織ごと地下都市にいるのかしら?」
「何が言いたい」
「いえね、貴方達の話や地上に対する想いを聞いていると、とても地下都市にいたくているようには思えないから。まぁ、色々事情があるのでしょう」
世莉架は部屋の中に置いてある棚に寄りかかる。
「ルインにいる時、不運にも私は良いカモだと思われたのか攫われそうになってね。幸運にも逃げ切れたけれど、その際に色々情報を知ることができたの。その一つが灰影主よ」
灰影主。その単語は世莉架が調べた裏社会に関する資料の中にたまに出てきていた。
最初は勿論、何の誰のことを指しているのか全く不明だったが、他の資料の中身と合わせることでアークツルス、もっと言えばフェンシェント王国の中でトップクラスに大きい裏社会の組織に属する人物であることが推測できたのだ。
それが具体的にアークツルスの地下都市の組織であることを指し示す情報は無かったが、レイド達と出会い、先程の反応を見る限り、彼らがその組織に所属していること可能性は高い。
「ただ、肝心の組織名は書かれてなかった。灰影主が個人的に色々とやり取りしているようにも、組織絡みのようにも見える内容で、どちらかの判断はつかなかった。そこで教えて欲しいのだけど、貴方達の所属する組織の名前は?」
「……」
誰も答えない。しかし、わざわざこんな質問をしてきている世莉架が灰影主をトップとした組織にレイド達が属していることを察していることは何となく分かってしまう。
「今の貴方達にはあまり選択肢がない。私への有益な情報提供は結果的に貴方達を助けることになるかもしれないわよ」
「かも、だろうが。お前なんぞ信じちゃいねぇ。リーダーのこともどっかの資料にちょっと載っていたのを見ただけで分かった気になるな」
「あぁ、やっぱり灰影主は貴方達のリーダーなのね」
「はぁ……」
レイドがため息をつく。またも血の気の多いニルが情報をこぼしてしまったが、世莉架と話していればいずれは話すことになっていただろう。
「でも、今の言い方からして信頼されているリーダーのようね」
「……俺たちは灰鴉団。地下住民で結成された組織だ」
「ちょ、レイドさん!」
ついにレイドが諦めたように組織名を話した。
ニルが焦っているが、いずれは話すことになることをレイドは察したようだ。
「ありがとう。灰鴉団ね。灰影主と似たところがある良い名前だわ」
「世辞はいい。とにかく、それが俺たちの組織だ。なぁ、俺からも質問いいか?」
「どうぞ」
「ルインで見た資料にはリーダーについて何て書かれてあった? そして何をしているのか、何をしようとしているのかまで書いてあったのか?」
レイドは灰影主について聞いてきた。信頼しているリーダーなのであればどこで何をしていようがきっと組織のために動いてくれているのだろうと思って気にしない人もいるだろう。
しかしレイドはそこを気にしているようだ。
「今後のルインとのやり取りについて、物資の運搬や受け取り場所、どこかのお偉いさんらしき人物との面会……そういったものよ。いかにもよね」
「レイドさん、リーダーが何か変なことしてるって思っているんですか?」
冷静なリマがレイドに尋ねる。
(どうやらレイド以外は灰影主をかなり信頼しているようね。過去に灰影主に救われたことがあって組織に入ったとかだったらそうなりそうだけど)
少しレイドと他三人で温度差を感じつつ、世莉架は彼らの話から情報を得ようとする。
「リーダーがどこで何をしていようが、俺たち程度ではどうにもできないし、そんな詳細を共有してくれることもないだろう。それに、リーダーが地下住民のことを想っていることは確かだ」
「なら……」
「ただ、そのための手段や方法については懐疑的に思う部分はある。今回の作戦なんてまさにそうだろう? 組織の上層部が勝手に決めたことだが、ミスして騎士団に捕まっていたら俺たちは拷問されて情報だけ吐かされて殺されていただろう。まぁ、吐けるほどの情報なんて大してないがな」
レイドは組織のやり方に盲目的に従っている訳ではないことが分かる。とはいえ反対意見を出したところで聞いてももらえないといったところだろう。
「まぁ、確かにもう少し俺たちみたいな下っ端にも意見聞いたりして欲しいとは思いますけどね……」
リマも同調する。灰鴉団はかなり一方的に上からの命令を聞くだけになっていそうだ。
裏社会の組織である以上、ホワイトな活動などできないのは当然だが、組織のメンバーの不満が爆発した時に大事に発展する可能性は十分ある。
「まぁ、なんだ。本当にちょっと気になっただけだ」
「そう、分かったわ。とにかく私は灰鴉団に接触して、できれば灰影主にも話を聞いてみたいの」
「それは難しすぎる。仮にリーダーに話を聞けるところまでいったとしても、お前みたいな得体の知れない女の意見を聞き入れたり情報を話す訳がないだろう」
「ええ、だからできればでいいのよ」
拒否されたとしても、世莉架であれば灰鴉団に接触できるところまでいけばいい。
そうすることで組織の本拠地や内部構造、内部の人間関係や上層部メンバー、灰影主などについての情報を盗めるだろう。とにかく地下に行くことができ、そこの灰鴉団と接触することが重要なのだ。
仮に追われても世莉架なら身を隠しながら行動することは十八番であり、容易だ。
「ふん、そうかい。というか、もう一つ気になっていることがある」
レイドは続けて世莉架に質問する。
「レグルディスとリーダーの関係ってのは……どういうことだ?」
レグルディスは今でも実在するか分からない謎の組織、というのが世間一般の認識である。
レイドの様子から、どうやら地下都市の灰鴉団のメンバーでもレグルディスとの関係は知らないようだ。
ただ、灰影主ら組織の上層部はどうか。
「いえ、ルインで情報収集したり、襲ってきた裏社会の人間に話を聞いたところ、レグルディスの話が出てきたのよ」
実際はレグルディスに関する情報は勇者アルファとエルファと戦い、敗れて逃走を図ろうとしていたガルグに拷問、尋問して聞いた話である。
「レグルディスがうちの組織と関わっている証拠でもあったか?」
世莉架は思い浮かべる。
あの日あの夜、ガルグからレグルディスに関する情報を搾り取ろうとした時のことを。
(ガルグは精神力の強い男だった。アルファ達にやられてボロボロな状態だったのに、非常に頑なで得られた情報は思っていたよりずっと少なかった。きっと自分が助からないことは分かっていただろうに。いや、だからこそか)
ガルグは早い段階で自らの死期を悟っていたのだろう。だからこそ話しても話さなくても同じ結果になると思い、組織に殉じたと考えられる。また、実在するかも知られていないような組織である。故に情報漏洩を防ぐために万が一捕まっても絶対に情報を吐かないよう訓練されていた可能性はある。
(ガルグはレグルディスの幹部の一人。どうやらそれ以外にも階級があるらしいけど、それがいくつあって何人いて、どういう基準で選ばれているのかは分からなかった。そして彼らが着々と水面下で裏社会に手を伸ばしているのは確からしい。ただ、彼との会話の節々から推測するに、裏社会の中でも大きい組織の有力な人物にだけのようだから、レイド達が知らないのは当然でしょう。となると灰影主は何か知っている可能性が高い。それどころか、レグルディスのメンバーと共に行動していることすらあるかもしれない)
具体的に裏社会でどれほど灰影主の影響力が大きく重要な人物なのかはまだ掴めきれていないが、大国であるフェンシェント王国の裏社会の中でトップクラスとなれば可能性はある。
「貴方達はレグルディスが実在すると思う?」
世莉架は逆に質問してみる。裏社会に身を沈めている人達はどう思うのか気になったからである。
「……分からない。だが、裏社会にはとんでもないものが関わっていることなんてよくあることだからな」
レイドは実在していてかつ組織と関わっていてもおかしくないと思っているようである。
「知らん。いてもいなくても俺たちの目的は変わらない」
「そうだな。考えても意味がないことだ」
ニルとリマはレグルディスについてはあまり関心がないようだ。
「俺は……実在していると思う」
しかし、臆病なザドルはレグルディスが実在していると思っているようだ。
「何故?」
「レグルディスは、恐らく灰鴉団にも手を伸ばしている……」
「根拠は?」
「レグルディスのメンバーかもしれない相手に会ったことがあるから」
「!」
世莉架は驚いた。本当かどうかはともかく、そう思えるようなことはあったということだ。
「具体的に状況を話してもらえる?」
「前に上層部に呼び出されたことがあって、それは作戦の話をしただけなんだけど、部屋を出て廊下を歩いていたらリーダーとその横に知らない人が一緒に前から歩いてきたんだ」
「知らない人?」
「あぁ。リーダーと一緒にいるってことは裏社会の偉い人なのかなって思ってた。それで、横を通り過ぎる時にその人と目が合って軽く会釈したんだ。その時、何というか……異質な感覚を覚えた」
ただ横を通り過ぎただけで何かを感じ取ったというザドル。普通は人から異質さを感じることなどない。
「異質というと、御使師だから感じ取れるものかしら? ノイラドのこと?」
「正直言葉にするのが難しい。リーダーは色んな偉い人とか実力者と会っているけど、そういう人達とは違う、格好も見た目も軽そうな人だったから浮いて見えただけかも。とにかく変に感じたんだ。あの人が都市伝説的な存在であるレグルディスのメンバーだったならその感覚も納得できそうだなって……。まぁ、これじゃあ根拠にはならないけど」
この話だけではその人物がレグルディスであることの証拠には全くならない。しかし、これまでとは違う異質な存在であるというだけでも調査する価値がある。
仮にレグルディスでなくとも、重要な人物である可能性は高い。
「なるほど、いい情報を得たわ」
「お前、色々話しちまったな」
「あ、すみません‥‥…」
「まぁ、もういいさ」
ここまでの話から、やはり世莉架としてはどうしても地下都市に行きたい気持ちは変わらない。
後はいかに四人を説得するかだ。
「改めて言っておくわ。私は貴方達と敵対したいんじゃない。というかそんなことをしても私の目的は達成できない。だから、できることなら灰鴉団と協力関係を築きたいのよ。それが無理でも私は私で勝手に動いて勝手にいなくなるから憂慮する必要もない」
とにかく地下都市にさえ行ければやれることは沢山ある。ここで世莉架は四人に地下都市へ案内してもらう必要がある。
「何なら私を捕虜として連れて行ってもらってもいいわよ。それでも地下都市に行ける訳だからね」
「……」
「私を作戦に巻き込むなり使い捨ての駒にするなり好きにすればいいわ」
いざ危険な目に遭わされそうになったり殺されそうになっても逃げるだけなら世莉架は神がかった技術を持っている。
勿論、神法という常識外れの能力がある以上は絶対ではないが、ここはリスクを冒してでも地下都市に行くべきだという世莉架の判断である。
「はぁ、本当にどうなってもいいんだな?」
「どうなってもよくはないわよ。ただ、リスクを加味しても私は地下都市に行きたいの。まぁ、どこの誰とも知れない相手を信じるのは難しいと思うけれど、逆に私を利用すれば地上への干渉に役に立つかも」
「……分かった」
ついにレイドが首を縦に振った。
世莉架のことを信じた訳では決してないだろう。しかし、このまま問答を続けて地下都市への案内を拒否していても状況は何も改善せず、地下都市に帰れない時間が伸びるだけであり、世莉架が四人を用無しと判断して命を奪わないとも限らない。
現状は世莉架が上の立場で四人を拘束し、支配している。この状態から抜け出すためにも、共に地下都市へ行くのが良いと判断したのだろう。
「レイドさん、本当にいいんですか?」
「仮にこいつと敵対することになっても、地下都市は俺達のテリトリーだ。灰鴉団だけでどれだけの実力者がいると思っている。灰鴉団以外にだって恐ろしい奴らがうじゃうじゃいんだ。決して逃さねぇさ。それに、本当に組織にとって役に立ってくれるんならそれでいいしな」
「ありがとう、本当に助かるわ」
世莉架は信頼への感謝の気持ちを表すため、四人の拘束を解いた。
「チッ、まだ指折られたことは許してねぇからな」
「それは貴方自身の実力不足を責めて欲しいわ」
「あぁ? てめぇ、拘束中でも神法は使えたんだぞ? 隙を見て丸焼きにしてやればよかったな」
「この狭さじゃ味方も巻き添えになったわね。それに、私ならそれを避けて貴方の首が三百六十度回転して終わりよ」
「……フン」
ニルは折られた指を押さえながら早速世莉架に絡んでいるが、流石に今決まった地下都市への案内前に戦闘に発展するようなことはなかった。
「よし、それじゃあ早速行くぞ」
先頭をレイドとし、ついに世莉架はアークツルス最大の謎にして最大の裏社会、地下都市へ向かうことになった。




