地下都市への道筋①
「地上の……王族?」
突然のエルドリクの質問にメリアスは少しして疑問を抱いた。
背後には騎士団員が数名立っており、そこから感じる圧からしても、逃さないぞと言わんばかりであるが、質問の意図をしっかり理解しようと努める。
「あぁ、関係あるのか?」
エルドリクは鋭い雰囲気を醸しながら再び聞いてくる。
「地上の」と、わざわざ王族の前につけているあたり、対義語的に「地下の王族」がいるということかと考えるのが普通だ。
しかし、フェンシェント王国に地上と地下にそれぞれ王族がいるなど公表されていないどころか、あったとしても噂程度の話である。
(地上の王族? 初耳だけど、彼は何かしらこの国の裏事情を知っている。そして恐らく国内の権力者達の間の派閥か何かで対立している……というのが無難な想像。ただ私達は本当に無関係。けれど嫌なのは、こんな一般人では知らない、いや知ってはいけないような情報を出されてしまったら、私達が無関係だと分かっても素直に帰してくれるとは思えないということね)
エルドリクはメリアス達を敵対勢力であるかを疑うような質問と圧をかけてきている。
仮に二人が国の裏事情と全く関係ないということが証明できたとしても、裏事情を知ってしまっている状態で野放しにするというのはエルドリク側からすればリスクが高いだろう。
つまり、今後の二人の選択肢はかなり限られている。
「どうなんだ?」
「まず、地上の王族というのは現国王のドカリエガ・アコメイル・フェンシェント様のことで合っていますか?」
「……なるほどな」
メリアスが回答すると、エルドリクは何かを理解したように頷いた。
「そんな質問をするってことは何も知らないみたいだな。腹の探り合いやこういう場に慣れてそうな嬢ちゃんが嘘をついている可能性もあるが……まぁ、とりあえずいい」
「それでは、何も知らない私達はそろそろ行っていいですか? 合流できていない仲間が一人いると言いましたが、もしかしたらもう広場に戻ってきているかもしれません」
「そうか、仲間がいると言っていたな。俺も自由にさせてやりたいが……」
エルドリクがこのまま帰してくれる訳がない。
当然、こうなることはメリアスの予想通りである。「地上の王族」という言葉を外にいる一般人に話したところで何を言っているんだという顔をされることがほとんどだろう。
ただし、その言葉の意味を知っている者の耳に入ってしまった時、どうなるか分からない。それこそ危険なことに巻き込まれるかもしれない。
その言葉を知っているか知っていないか、誰かに話してもいいのか悪いのか。それらのいい悪いによって今後の展開は大きく変わるだろう。
(外で話したり余計なことをしないように始末する。または、話した以上は共犯者や使い捨ての駒になってもらう、拒否や抵抗をするなら始末すると脅す。あとは監視をつけた上であえて野放しにし、自由にさせることで疑念を世間に流してもらう、それが撹乱になる……だとか、色々考えられるけど、まともなことにはならなそうね)
メリアスはどうすればできるだけ自由に行動することを許されるのかを考える。
「とりあえず嬢ちゃん達、騎士団の本部に来てくれないか?」
「……それは今すぐにですか?」
「悪いが今すぐにだ。色々処理しなくちゃいけないのは本当だしな」
エルドリクが今回の事件に裏で関わっているとしても騎士団団長である以上、表向きにしなければならない仕事は山積みだろう。
「騎士団本部に行ってから私達はどうなりますか?」
「安心してくれ。少なくとも君達が殺されるようなことはない。だが、君達に自由を与えてやる訳にもいかない」
「あなた方がどんな事情を抱えているのかは分かりかねます。しかし、かの有名なコスモプレトル騎士団の団長がこのような自分勝手な都合でただの普通の冒険者を強制連行するのは恥ずべき行為であるということくらいは自覚していただきたいです」
このような状況で挑発的なことを言ったり反抗的な態度を見せるのは賢い選択とは言えないだろう。しかし、こういった発言をしても大丈夫だろうとメリアスは考えていた。
「はは、そんなことは言われなくても分かっているよ。だが、こちらも目的のために嫌われ憎まれても進むしかないんだ」
メリアスは今のエルドリクから殺意や圧力を感じていなかった。
確かに最初は圧があった。しかし、こちらに害意を持っている訳ではないというのはなんとなく察していたのだ。
「そうですか。エルドリク様は私達に協力してほしいのですね」
「え……?」
ハーリアが驚いた顔でメリアスを見る。
対して言われたエルドリクは特に表情を変えない。
「その話は本部に着いてからだ。よし、行くぞ」
エルドリクはメリアスの質問には回答しなかったが、肯定も否定もしなかった。
本音で二人をどうしようとしているのかは不明のままだが、少しエルドリクへの印象がまた変わる二人だった。
「ねぇ、セリカは……」
「残念だけど、合流するのはしばらく無理そうね。とりあえず今は自分達のことを考えましょう」
二人はエルドリクと数名の騎士団員と共に、騎士団本部に向かうことになったのだった。
**
とある建物の一室。そこには世莉架と椅子に座らされて足と手を縛られた男が四人いた。
その四人は互いの表情が見えるように対面になる形で座らさせている。
「クソが、テメェ何者なんだよ」
その内の一人が世莉架に口悪く言う。
世莉架は最初に出会った犯人の二人が気絶していた部屋の隣の部屋にいた。そこは人が住んでいる様子が無かった上、元いた部屋の扉が壊れそうだったためそちらへ移動したのだ。
世莉架が目星を付けた二つ目の建物で二人の犯人を制圧したのち、敵わないと悟った一人に気絶した一人を担がせて移動したのだ。なるべく人のいないところを通ったがそこを目撃した人も当然いる。しかし、状況が状況だけに、急病人でも運んでいるように見えたことだろう。
そして四人を集め、拘束した。全員既に意識は回復している。
「一応改めて聞くけれど、貴方達は地下都市の住民で合っているわよね?」
「おい待て、こっちが先に……」
「今は私が質問しているのだけど、もう何本か指を折られて日常生活に大きな不便をきたす方がいいかしら」
「チッ……」
現状一番反抗的なのは世莉架が最初に目星をつけて向かった建物にいた炎の神法を扱う御使師の男である。
黒寄りのグレーの髪色のボブで、かなり好戦的な目をしている。
世莉架との交戦前に指を折られているが血の気の多い若者であり、まだ意思は強く保っているようだ。
「それで、答えは?」
「……」
しかし、四人からすれば隣に仲間がいる状態であるため、裏切るような真似はしづらいのだろう。
本当は一人一人を分けて話を聞くべきである。そうすれば心を揺さぶる術はいくらでもある。
だが、現状あまり時間をかけられない。広場が今どうなっているのか、メリアス達はどうしているのかが世莉架には分からないからだ。
今後どう動くかは四人に話を聞いてから決めることになるが、アークツルスの現状を確認することも大事である。
「まぁ、地下都市の住民であることはほぼ確定しているからいいわ。貴方達は一体どうやって地上に上がってきたの? 騎士団に厳重に守られている正規のルートから来たのかしら。もしくは秘密のルート?」
「……」
またも誰も答えない。
「貴方達はきっと勘違いしているのでしょう。私は別に敵ではないわ」
「ハッ。じゃあなんでこんなことになってんだ」
反抗的な男が嘲笑うように言う。
「私としても突然のことで、貴方達をどう扱うべきか困っていたの。事情と場合によって敵にも味方にもなり得る、そう思ったから」
「燦々と輝く太陽の下でのうのうと生きている奴が、偉そうにしやがって」
「私はつい最近初めてアークツルスに来たばかりの冒険者よ。そしたらいきなりあんな事件に巻き込まれたの」
「アークツルスの住人じゃ無いってか?」
「ええ、だからこの街のことはほとんど知らない。ただ、個人的に色々知りたいことがあって、その知りたいことの中に地下都市が含まれている」
世莉架がまだまだアークツルスのことを把握していないのは本当のことである。
四人はそれを信じた訳では無さそうだが、いくらか雰囲気が和らいだ。
「その個人的に知りたいことってのを教えてもらわないと、こちらとしても情報を話してもいいのかどうかの判断ができない」
そう話に入ったのは最初に気絶させられた風の神法を扱っていた御使師である。
黒髪を後ろに束ねて顎には無精髭を生やした中年くらいの男で、他三人が若者だからか、この中のリーダー格に見える。
「そちらからすればそうかもしれない。ただ、話すことはできないわ。でも、貴方達に不利益をもたらすようなことではないし、本当に私が知れればそれで済むことよ」
「悪いが、それを信じることはできない」
「当然そうよね」
世莉架は対面で座っている四人の背後をゆっくり回る。
「貴方は私が不利益を与えようとしていたり敵対しているように見えるかしら? というか、貴方は既にいくつか私の質問に答えてくれたわよね?」
世莉架が指名するように尋ねたのは、唯一気絶させられずに仲間を背負って世莉架と共に移動してきた炎の神法を扱う御使師の黒髪短髪の男だった。
四人の中だと一番臆病そうに見えるが、地下都市と地上との間における何かに強い意志を燃やしていた。
「お、俺は……」
「おい」
「い、いや……」
何かを答えようとしたが、リーダー格らしい男に責められるような呼びかけをされて動揺している。
四人の上下関係の全容はまだ不明だが、やはり無精髭の中年の男がリーダーであると世莉架は仮定する。
「今私は彼に聞いているの。貴方にはまた質問するからそれまで黙っていてくれる?」
「……」
世莉架は丁寧に、それでも少し圧を加えながらリーダー格の男を牽制する。
「俺たちを襲ったのは事実だから、敵か味方かと言われたら敵だと思う……。ただ、少し話をした感じ、この街のことを知りたがっているのは多分本当……かな。それで俺たちに、というかアークツルスに何をしようとしているのかはまでは知りようもない」
「そう。あんな一般人も多くいるようなところに巨大な炎を落として王子諸共大虐殺しようとしていたんだから、襲われても当然じゃないかしら」
あの巨大な炎が本当に落ちていたら一般人も多く死ぬことになっていただろう。それはどんな理由や大義名分があろうとも許されることではない。
「それで、貴方達はどうやって地上に来たの?」
「……」
世莉架は続けて臆病な男に聞いたが、答えない。
すると世莉架は臆病な男の表情がよく見える位置に移動し、もう一度聞いた。
「秘密のルート? 正規のルート?」
「……」
またも答えない。表情も変えなかった。
「そう、では貴方」
世莉架はその質問については一旦諦め、二個目の建物の部屋に侵入した際に世莉架を土の神法で攻撃した茶色の短髪の男を指名する。四人の中ではリーダー格の男と同じく冷静な人物に見える。
「貴方達がアークツルスにおける地下都市の住民で地上に対して何か目的を持って行動する組織なのは分かっている。その組織はトラリス教と関係がある?」
「トラリス教か……」
「ええ」
「無いかもしれない。だがあるかもしれんな」
「どういうこと?」
「俺たちみたいな下っ端には分からないということだ」
世莉架は嘘を見抜くのが非常に得意である。そんな世莉架は、その男の表情や体の動きから嘘をついていないことをすぐに理解した。
とはいえそれ以外にも嘘をついていない理由は分かる。
「なるほど」
「信じるのか?」
「ええ、貴方は嘘をついていない。貴方達が完璧超人で一つのミスもなく目的を達成できるような人物なら違かったでしょうけど、仮に地上に出てもし捕まってしまった場合、重要な情報を持っていたらそれらを吐かされてしまうかもしれない。だから下っ端に情報は最低限しか与えない。よくあることよ」
「ふん……」
ただ四人は神法が使える。神法が使える時点で利用価値は高いだろうし、四人を失うことは組織にとっても替えのききづらい損失になると想像できる。そのため、本当に酷い扱いをされたり使い捨てされることにはならないだろう。
「でも、貴方は何か知っているようね」
「……!」
突然そう言われたリーダー格の男は少し驚いた様子を見せた。
世莉架はわざわざ質問の回答者を指名したことにより、指名された男にだけ聞かれていることだと他の三人をほんの少しではあるが油断させたのだ。
世莉架自身も指名した男の方を向いていたが、一瞬目を動かし全員の反応を見ていた。
その中で、リーダー格の男だけが本当に少しだが怪しい反応を見せたのだ。
「いや、俺たちはそんなこと……」
「いいえ、貴方は知っている。もうバレているから諦めてくれる?」
この状況でどこまで本当に見透かされているのかリーダー格の男は分からない。しかし、世莉架は明らかに確信している様子であり、逃げても追及され続けることは目に見えていた。
「少しでも信用してもらえるように話すけれど、私は地上と地下の確執や隔たりに興味はない。ただ、私の目的を達成するために私が話を聞いたり、場合によっては協力することになるのは高確率で地下都市の組織の方よ。だって、地上だと煌びやかな光の部分しか目にできないからね」
これに関しては本当のことである。世莉架は地上よりも地下と関わった方が自分の知りたい情報が得られるという予想の元で動いている。
「煌びやかな光の部分か……」
「ええ。話を聞いたり情報収集をするほど、アークツルスの地上は見た目だけ綺麗に整えた都市に見える。暗い部分は奥底に隠してしまっているみたいにね」
四人の地上に対する憎悪のような強い気持ちがあるのは理解しているため、実際に自分が少し感じたことも交えつつ同調するようなことを言う。
これだけでも、少しだけ四人の警戒心は解かれる。何故なら自分達と同じく地上に疑念を抱いているからだ。
「それで、何か知っているの?」
「……本当にたまたま聞こえただけだ。まぁ、前からなんとなく察してはいたが、組織はトラリス教と何やら取引のようなものをしているようだ。ただ、その内容は断片的で具体的には分からない」
「そう。トラリス教との繋がりがあるというだけでも貴重な情報だわ」
「トラリス教はどうにも好かん。あいつらだって地上の王族の……」
「ちょ、レイドさん!」
「お前……」
「あ……」
世莉架は立て続けに情報を得ることに成功した。
どうやらトラリス教は「地上の王族」とやらと関係があるということ。また、好戦的で血の気の多い男がリーダー格の男の名前をうっかり呼んだことで名前が判明した。
名前に関しては世莉架的にはそこまで重要ではなかったが、それでも組織との接触に成功すれば利用できることはあるだろう。
「なるほど、ありがとうレイドさん」
「……はぁ」
「すみません……」
「いや、いい。俺も口を滑らせたからな」
「もうこの際だから全員の名前も教えてもらえる? 恐らくレイドさんがリーダーでしょう? リーダーの名前がわかってしまったらその部下の名前なんてバレたところで何も変わらないわよ」
そうして四人は観念し、世莉架は名前を聞いた。
好戦的な若者がニル。レイドと同じく冷静な若者がリマ。臆病な若者がザドル。
「それでテメェは?」
「私は教えてあげられないわ」
「ふざけんなよ、俺たちだけなんてフェアじゃねぇ」
「そもそもフェアな状況じゃないんだけどね。でも確かに名前が分からないと不便だろうから、私のことはエスアイと呼んで」
エスアイというのは世莉架をローマ字にした中の二文字をとってくっつけただけの適当な名前である。
「はん、適当な名前使いやがって」
「まぁ、本名については正式に協力関係を結べた時に考えてあげるわ。それで、また別の質問なのだけど……」
世莉架は偽名だが互いに名前を知り、トラリス教についても関係があることを知ることができた。
ここで世莉架は、また別の質問を始める。
「レグルディスと灰影主の関係は?」
「はっ……?」
その質問は四人全員に驚きと困惑の表情をさせるのに十分なものだった。




