騎士団団長・疑念と思惑
「あ、貴方は……」
「コスモプレトル騎士団団長の、エルドリク・ヴァンスだ。よろしくな」
メリアスとハーリアの前に立つ男性。それは少なくともフェンシェント王国内で知らない者はいないと言ってもいいほど有名な騎士団のトップの人物であった。
白銀の胸当てと革製のジャケット風アーマー、袖に騎士団のシンボルの刺繍が入っており、肩当ては片側にのみ装備されている。腕や手は黒の防刃布で包まれていて肘や手首に軽装ガードが装着され、右手には銀の籠手、革ベルトと布マントを腰に巻いている。黒革のパンツに軽装の膝当て付け、片方の肩にかけている紺のハーフマントが風に靡いていて凄みのようなものを感じさせる。
黒髪短髪で前髪が少し落ちており、そこから見える目は琥珀色である。年齢は団長としては若い三十代後半であるが、生来の顔立ちが整っているため大人の魅力を醸し出している。また、見る人が見れば戦場を知る者特有の鋭さがあることを見抜くことができるだろう。
他の騎士とは違い、自分用にカスタマイズしたような格好をしている。頑丈さより動きやすさを重視しているようである。
(コスモプレトル騎士団の団長……。騎士団を知っている人なら必然的に団長のことも知っている。あの有名なエルドリク団長だ。まさかこんなところで出会うとはね……)
エルドリク・ヴァンス。少なくとも、アークツルスの住民であればその名を知らない者はいない。他国でも有名なコスモプレトル騎士団のエルドリク団長には多くの輝かしい実績、逸話が存在する。
若かりし頃から既に頭角を表しており、エルドリクは自分の前に立ちはだかる敵を全て叩き潰してきた。
例え目上の人間や権力者であっても物怖じしない性格なため、一部の貴族達には嫌われていたが、そんなもの関係ないと言わんばかりに実績を積み重ねることで黙らせ、ついには団長の座についた。
庶民の出でありながらそこまでの地位についたことで、一般市民からの支持は非常に厚く、信頼されている。
エルドリクのこれまでの努力を想像する意味はないが、途轍もない茨の道を歩んできたことは確かだろう。
「嬢ちゃん達、冒険者か?」
「はい」
「そうか。俺はさっきようやく到着したもんだから、こんな状況になった具体的な詳細を知らないんだ。王子を護衛していた団員達にも話は聞くが、君たちにも話を聞いていいか? 嬢ちゃん達は団員でもないのに不甲斐ない団員達に変わって危機を救ってくれた訳だし、そのお礼も兼ねてな」
「話、ですか。それは今すぐにですか?」
二人はエルドリクと話ができる機会はとても貴重であると理解しているが、今この場には世莉架がいないため、そこを考慮しないといけない。
「現場の処理は団員達に任せているから、俺は一旦騎士団の本部に戻る必要がある。できればこのまま本部に一緒に来てほしい」
「そうですか。実は私達は三人パーティでして、その中の一人が市民の避難の手助けをしに行っているんです。どこで待ち合わせるかの話もしていないので、その一人が帰ってくるまで待ってもらうことはできますか?」
メリアスはとりあえず少し待ってほしいとの旨を伝えた。既に多くの団員が集まってきているため、世莉架が手助けする必要性が下がり、そろそろ戻ってくるのではないかという予想をしていた。
しかし、実際は世莉架は避難の手助けをしている訳ではなく、とてもすぐに戻って来れるような状態ではない。
当然そんなことを知らない二人はそろそろ戻ってくるだろうと考えるしかないのだ。
「ふむ、そうか。じゃあ大教会で一つ部屋を貸してもらおう。そこで話をしないか?」
エルドリクは大教会の方を指差して言った。大教会内に逃げ込んだ人々も沢山いるため、人で溢れていそうだが、団長としての権力で部屋の一つくらいは借りられるのだろう。
「……分かりました」
メリアスは少し思案した後、エルドリクの提案に頷いた。
そうして三人は大教会に向かい、エルドリクは大教会内にいた司祭らしき人物に話しかけ、無事一つの部屋を借りることができていた。
室内には三人しかいない。比較的大教会の奥の方の部屋であるからか、避難してきている人々の声はあまり届いておらず、静かだ。
「さて……まずは本当にありがとう。君達がいなければ歴史に残る大惨事になっていただろう」
エルドリクは改めて礼をした。二人はコスモプレトル騎士団団長に礼をされるという大変名誉なことに嬉しく思いつつも、メリアスだけは別のある気になることが頭に浮かんでいた。
「いえ、私達が対処していなければ私達自身の身も危険でしたので……」
ハーリアは謙虚な姿勢を見せる。それでもフェンシェント王国民であるハーリアには声が弾んでいる部分がある。
「すまないな、本当は団員達が対処しなければいけなかった。もしあれで火を消火できても、君達に被害があれば言い訳のしようもないほどの大失態になるところだった」
「私達はただの冒険者ですし、そんな大事にはならなかったですよ」
「いやいや、それでは我々騎士団の面目が立たないよ。何にしても、とにかく助かった」
「いえいえ、本当にもう十分ですよ。自分達の身を守るためでもあった訳ですし」
エルドリクとハーリアの話は明るい雰囲気であり、ここだけ見ると本当にただ礼がしたかっただけで、話はこれで終わりになるはずだ。
「エルドリクさん」
しかし、そこでメリアスはたった一言、エルドリクを呼んだだけで話の雰囲気を厳粛なものに変えた。
「エルドリクさんは今回の件について、どこまで知っているんですか?」
「え?」
「……」
その質問は、ハーリアにだけは意味の分からないものだった。一体どういう意図でそのようにメリアスが発言したのか、ハーリアは必死に探る。
「どこまで、というのは、今回の事件について俺が既に何かを知っていたということか?」
「はい、ですがこれはただの直感です。あまりお気になさらなずとも……」
「ははっ、にしてはまるで確信しているかのような言い方だったがな」
先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、ピリッとした空気が部屋内を支配する。
「直感と言ったが、本当にそれだけか?」
「……エルドリクさん、貴方が大教会広場に来たのはいつ頃ですか?」
「それは嬢ちゃん達が一つ見逃しそうになっていた炎が迫っていた時だな」
「確かに、あの時エルドリクさんは突然現れました。しかし、その後の会話で貴方は、不甲斐ない団員達に変わって危機を救ってくれた、と仰いました。団員達が炎を消すのを諦めて撤退しているところを見ていたからですよね? しかし、その時のハーリアはまだ水の神法を展開していません。つまり、その時点ではハーリアの実力は不明のはずで、かつ団員達は撤退中。もしハーリアが全く炎を消火できなかったら本当に大惨事になっていました」
出会った時の会話から、エルドリクは不甲斐ない姿を曝け出した団員達を把握していることが分かる。そしてハーリアの実力は知らなかったはずである。
「団員達が撤退したのであれば、どこの誰だが分からない私達だけにあの巨大な炎の対処を任せることなどせず、ご自身で解決するために動くべきだったでしょう。しかし、貴方はその場面を既に視界に捉えていた、捉えられる場所にいたのに関わらず手を出さなかった。これは何故でしょうか」
メリアスのエルドリクへの最初の印象は決して悪くなかった。しかし、メリアスは何とも言えない疑念のようなものをエルドリクに抱いていた部分もあったのだ。
確かにエルドリクは紛うことなき有名人であり、実績や地位を考えても実力者であることが分かる。会えて嬉しいという気持ちもメリアスにはあった。
「ほう。だが嬢ちゃんも言っている通り、そのあたりを視界に捉えながら急いで向かっていたところだったんだが?」
「そうでしたか、申し訳ありません。これは私の根拠に薄い推測でしかありませんので、お気になさらないで下さい。しかし、どうして私達の話をあんなにも聞きたがっていたのですか?」
「というと?」
エルドリクは至って冷静に、全く動揺も何も見せずに淡々と言葉を返す。
だがメリアスも同じく、有名人であり実力者でもあるエルドリク相手に一切の動揺や尻込みをせずに淡々と話をしている。
唯一ハーリアはこの空気感に緊張を覚え、言葉を挟めないでいた。
「エルドリクさんはかの有名なコスモプレトル騎士団の団長。そしてついさっきまで国の歴史に残るほどの大惨事が起こるところだったのです。現場の処理を団員達に任せるにしろ、貴方はまだあそこに残るべきでした」
「何故?」
「巨大な炎と、その後の追い討ちの炎は対処できました。しかし、攻撃があれで終わりだと、どうして思えるのでしょうか」
今回の事件は突然の槍の投擲から始まった。その後の巨大な炎も、誰がどこからどんな風に攻撃を仕掛けているのか全く分からない。
そんな謎だらけの一連の攻撃がいつ終わるかなど、誰にも分からないはずである。もしかすると、今も次の攻撃を準備しているのかもしれない。
しかしエルドリクはまるでこれで攻撃は全て終わったから大丈夫だと言わんばかりに、礼を兼ねて騎士団本部に来てくれと言ったり、実際に今は大教会内の奥の方の部屋にまで来ているのだ。
「今は沢山の団員が集まってきている。俺がいなくても大丈夫だろう」
「大丈夫だろう、なんて判断は本当に適切なのでしょうか。今大教会広場にいる団員達であれば、先ほどの炎と同じ規模のものが再び降りかかってきても被害を出さずに対処できるということですか?」
「そうだな、流石にあれだけ団員が集まれば可能だろう」
「では、先ほどよりも更に大きい炎が降りかかってきたらどうですか?」
「それは難しいかもしれんな。だが、そんなことできるなら最初からやっているんじゃないか?」
「一度目で疲弊させ、二度目で本気を出すつもりなのかもしれませんよ」
「まぁ、その可能性も否定できないがな」
二人の応酬はどちらにも納得できる部分がある。エルドリクの言うことも決して間違いではないように話を聞いていたハーリアは思った。
「とにかく、コスモプレトル騎士団の団長があの規模の事件現場をすぐに去るのは合理性に欠けます。そんな浅慮な方ではないはずです」
「……うーん、どうやら君にはかなり疑われてしまっているようだ」
「つい先ほどまであんな巨大な炎が迫っていたというのに、こんな静かな部屋ですぐに話を聞きたがる様子には疑念を抱かずにはいられません。勿論、私としてはあのエルドリクさんが何か後ろめたいことをしているとは思いたくはないです」
「なるほど」
「それに、何故私達なのでしょうか。たまたまあの場にいただけですが……」
「そうだな。しかし、あれだけの規模の炎を消し潰せるほどの神法を持つ人がいたら、興味を持って当然だろう?」
興味、などというもの一つで時間を割いていいほどの状況ではないはずだが、エルドリクは少し楽しそうにそんなことを言う。
単純に神法マニアで、強力な神法や特殊な神法に目がないのかもしれないが、だとしても状況を考えるとそんな私的な趣味嗜好は後に回すべきである。
「それにしても、嬢ちゃん、随分しっかりしているな。座り方や佇まい一つ取っても洗練されている所作だ。冒険者と言っていたが、もしかして……」
「お話しする必要はないと思いますが」
メリアスは毅然とした態度で言葉を返す。そこは踏み込んでほしくないということである。
実はハーリアもメリアスの日常の所作や言動からお嬢様のような雰囲気を感じていたが、そこは触れて欲しくない部分であるのを察し、聞いていない。
「そうかそうか。まぁ、いい。ではすまないが、こちらから一つ質問をしてもいいかな?」
「はい」
メリアスが返答すると、部屋の外から複数人の足音が聞こえてきた。
そして部屋の扉が開き、騎士団の屈強な団員達が入ってきた。
「君たちは……地上の王族の手先か?」
コスモプレトル騎士団団長と複数の団員に囲まれる。
メリアスは明らかに怯えているハーリアを安心させるために抱き寄せ、エルドリクをキッと睨みつけた。




