トラリス教・大教会
世莉架達は冒険者協会でこれから受注する依頼をいくつか見繕い、どれを受けるべきか考えていた。
ハーリアの持ってきた依頼は世莉架とメリアスの見ていた依頼とも似通っており、結局三人が受注できる依頼は簡単なものしかない。
「まずは無難にアークツルス内で完結する依頼から始めて、いずれアークツルスの外で行う必要のある依頼も受けていきましょうか」
メリアスの言うように依頼をいくつか正式に受注し、翌日から三人では初めての仕事をすることになった。
そのため、本日に関しては特に仕事はなく、これからの予定について話し合う。
「トラリス教の教会に行ってみてもいいかしら」
そこで世莉架は事前に伝えていた通り、トラリス教の大教会へ向かうことになった。
大教会までの間も世莉架は街の構造や人々の会話など、把握できることは全て把握し、街についての理解を深めていった。
そうして大教会の前に辿り着く。そこには冒険者協会と同じくらいの非常に大きく荘厳な建物があった。
建物の前には広場があり、大きな像が立っている。
「これはルインにもあった……」
「うん、アウストラリス様の像だね。フェンシェント王国の中で最も大きい像だったはず」
「まぁ、この規模のものをポンポン作れる訳ないわね」
世莉架がまだ声しか聞いておらず、短い会話しかしたことのないアウストラリス。本当に女神アウストラリスだったのかという疑問も世莉架にはあるが、それを確かめることも含めてまた会話できないかということを考えている。
「セリカは別にトラリス教に入りたい訳じゃないんでしょう?」
メリアスが問いかける。トラリス教に入るだけでアウストラリスと会話できるのであれば、世莉架は普通にトラリス教に入信していたことだろう。
だが当然そんな簡単に話せる訳もない。だが、トラリス教に入ることでアウストラリスと会話するためのヒントを得られる可能性はある。
そのため、今のところ世莉架にトラリス教へ入信する意思は状況によってはあるともないとも言えるという、どっちつかずなスタンスである。
「興味はあるけれどね。まぁ、入る入らないに関わらず、トラリス教のことは理解しておくべきでしょう」
「世界最大の宗教だし、大抵の人が信者だからね。トラリス教のことは常識になっているから、色々知っておいて損はないと思うよ」
「ええ。そういえば、あのアウストラリスの像って、本物を模しているのかしら」
世莉架はもし本当にアウストラリスと会話でき、更には対面で話せるようなことがあった時に見た目で判断できるよう容姿について尋ねた。
「あー、確かトラリス教の教祖が紆余曲折ありながらも本物と対面で会話したことがあるみたいな逸話があるね。まぁ、真偽はともかく、トラリス教のシンボルとして美しい女神像の方が人が入ってきやすいみたいな考えもあったのかもね」
「貴方もトラリス教の信者でしょう? そんなこと言っていいのかしら。しかも大教会の前で」
「アウストラリス様は器の広い寛容な女神様だからきっと許してくれるよ」
「敬虔で信心深い信者が近くにいたら問い詰められそうだけれどね」
ハーリアは両親がトラリス教信者であったし、そもそもほとんどの人が入信しているためトラリス教信者になっている。
熱烈な意思があったからという訳ではなくとも入信している人も多いということである。
「アウストラリス様と会話できるものなら、私も会話してみたいわ」
「そうね」
小さめな声でメリアスが言う。どこか思うところがあるような表情だが、世莉架は追求はしないでおいた。
それから三人は建物内へ進む。平日であるにも関わらず、多くの信者達とすれ違う。
入って最初の空間は待合室のような空間である。多くの信者が談笑したり真剣な顔で話し込んでいたりと、特に何かをしなければいけない場所ではないようだった。
「奥に大きな扉があるでしょ。あの先が大聖堂になっていて、信者しか入れない」
「まぁ、そうよね」
大聖堂に入ったからといって必ずしも何かヒントが得られるとは限らない。それでもフェンシェント王国という大国の一番大きい教会となれば期待はできる。
(アウストラリスのこともあるけれど、明らかに怪しい双層都市の地下エリアと大教会に繋がりがある可能性も考慮したい。諸々考えると、大教会ならびにトラリス教の調査は必須ね。トラリス教に入信でもいいけれど、潜入できそうならそれでもいい……)
大教会に潜入する場合には事前に色々と確認しなければならないことがあり、すぐには実行できない。それこそ国一番の大教会であるため、警備が厳重なのは当然のこと、神法を使った特殊な警備が敷かれている可能性も考えられる。
カメラやセンサーといった技術力がなくとも、神法の存在がそれらの技術を凌駕する可能性があるため、世莉架は慎重にならざるを得ない。
(今のところ特に怪しい人も怪しい箇所もない。けど、これだけ大きい宗教で大きい教会。近くには地下へと繋がる入り口。色々なものを一気に調査し、解明できそうなのはここね。あとは王城も気になるけれど、まだ王城に入るような段階ではない)
世莉架は周囲を観察しながらこれからの作戦を練る。ただし、作戦を実行するにあたって必ずぶつかる壁が存在する。
「セリカ、他に何か見たいものとかある?」
ハーリアとメリアス、二人の存在である。
冒険者パーティを結成し、共に行動しているが、二人に怪しまれないように調査や潜入を行う必要があるのだ。
お金の節約のためにも三人は三人部屋の宿を取っている。つまり、夜に一人抜け出すことが難しいのだ。
世莉架であれば一切音を出さずに部屋を抜け出すことはできる。しかし、たまたま夜に目が覚めたりしたらいないことが分かってしまうし、人がいるようにベッドに膨らみを作っても何か訳があって起こされたりしたらアウトである。
最初はトイレに行ったのかと思ってくれるかもしれないが、トイレに行って帰ってくる程度の短い時間で大教会への潜入と調査を終えて宿まで帰ってくることは、いくら世莉架でも不可能である。
「私の入れないところ以外はざっと見てみたいわ」
そう言って世莉架は自分が入れないところだけでも構造や潜入できそうなポイント、危険そうなポイントを探って把握していく。また、ハーリアとメリアスからも自然とヒントを聞き出すことにした。
「これだけ大きい教会だと管理するのも大変でしょう。良からぬ考えを持つ輩が入ってきても気付けないんじゃないかしら」
「ここは地下への入り口が近いこともあって、大教会の警備も騎士団が主に行なってるの。その時点で警備は厳重だし、おまけにトラリス教の神法で守られているから大丈夫だと思う」
「トラリス教の神法?」
世莉架は聞きたかったことを聞けそうだと思い、ハーリアに尋ねる。
「どんなのだったかな……。トラリス教にはトラリス教だけが持つ特殊神法があるの。まぁ、悪用されたりしたら困るからそもそも詳細は明かされてないんだけど」
「……なるほど」
世莉架は心の中でため息をつく。これで急激に潜入する難易度が跳ね上がった。
世莉架は神法を使えず、それ故に神法を使うために必要なノイラドも感知できない。まだ神法が使えればその特殊神法の存在を感じたりできたかもしれないが、今の世莉架にはどう足掻いても不可能なことである。
それだけではない。詳細が明かされていなくとも、そんな有用な神法があるのなら厳重に管理されている地下への入り口にもその特殊神法が適用されている可能性がある。
「トラリス教の特殊神法は確かに凄いものなんだろうと思うけれど、穴もあると言われているわ」
するとメリアスが特殊神法について話し出した。
「穴?」
「ええ。これまでのトラリス教の歴史を辿っていくと、教会内での事件がいくつか起きている。それらは信者によるものもあれば、信者では無い何者かが中に侵入したという話すらある」
「あ、それは私も聞いたことある。いくら特殊神法って言っても、完璧に全てを防ぐことはできないってことだよね」
「そう。これだけ多くの人が出入りする場所だからね。真夜中に怪しい人物がいたら確かに分かりそうだけど、人の多い昼間に一体どうやって侵入者や危険人物を特殊神法で捕らえているのか……。そもそも捕らえているのか把握するだけなのか、何をしているのかも不明。もし本当に完璧に危険を防げるのであれば起こるはずのない事件も実際に起きてしまっている。こんな風に、トラリス教は自身ありげに特殊神法の存在を押し出してくるんだけど、その実態が不明だからどこまで高度な神法なのか、一体どこまでできて信頼できる神法なのか何も分からないのよ」
詳細は語られないが、どうやら凄いらしい神法を使っているとのことである。
勿論、その詳細はトラリス教からすれば秘密にすべきことなのだろう。しかし、その神法には何かしら穴があるという話は信憑性があると言えるかもしれない。
(これが突破口になるかは分からないけれど、神法を使うことも感じることもできない私でも何とかなる可能性は一応ありそうね。そのためにも、念入りに調査を進めたいところだけど……)
それから世莉架は自分の行ける範囲のエリアを観察、調査し、周囲の人々の会話や時々他の信者にも話を聞きながら一旦調査を終了した。
世莉架は元々夜間の潜入等を考えていたが、むしろ昼間の方が良い可能性も考慮し、翌日の冒険者としての仕事のことも考えて今後のスケジュールを練る。
そうして三人は大教会前の広場に出た。
「さて、これからどうする?」
ハーリアが伸びをしながら尋ねる。世莉架としてはもっとアークツルスについて理解を深めたいところだ。
そんな時、少し離れたところからざわめきが聞こえてきた。
「何だろう?」
「見に行ってみましょうか」
そのざわめきに近づき、何が起こっているのかを確認する。
「え……!」
するとハーリアが驚きの声を上げる。そして少し遅れてメリアスも状況を把握する。
ざわめきの中心にはとある一人の男性がいた。周囲には騎士が沢山おり、近くには執事のような人もいる。明らかに厳重な警備が敷かれていて一般人などではないことは一目瞭然だ。
「こんな偶然あるのね」
「彼は?」
その人物を知らない世莉架の問いに、ハーリアが答える。
「あの人はフェンシェント王国の第二王子だよ」
大国、フェンシェントの第二王子が偶然にも、三人の前に現れた。




