ルイン攻防戦-決着
「何故っ……!」
密度の高い長方体の土の攻撃により吹き飛ばされたガルグは煙の外に出た。
そして眼前にはアルファが迫っており、槍で左肩を貫かれた。
「急所は外してやったぞ」
ガルグは距離を取り、左肩を抑える。確かに急所は外れているが、それでも体の一部分を貫かれたのだ。処置が遅れれば命に関わることは言うまでもない。
「おい、どうして俺の位置が正確に分かっ……」
そこまで喋ったタイミングでまたも長方体の土が飛んできた。エルファのいる方向からすると未だ煙で視界が悪いが、ガルグは煙の外に出たおかげで煙の中から出てくる土を目視で確認し、体を逸らしてその攻撃を避けた。
「まただ……。向こうからこっち側は煙で視界は相当悪い。昼間ならまだしもこんな夜にピンポイントで俺の位置を捉えて攻撃してくる。何をした?」
明らかにこれまでの余裕を失って睨みつけてくるガルグに対し、アルファは得意気に話す。
「さぁ? エルファは俺と違って器用だからな。色々分かるんだろう」
「まぁ、馬鹿正直に教えてくれるはずもないか」
ガルグの表情が更に変わる。睨みつけていた顔は少し変わり、しっかりと自分の敵を見据えているような、真剣な顔になる。
「これは俺の油断だな。相手が勇者と分かっていながら、それも二人の勇者と対峙しても余裕があると思っていた。流石にそれは思い上がりだったようだ」
「良い反省だ。そのまま大人しく捕まって更生したらどうだ? まぁ、お前がこれまでに何をしてきたのかは知らないが」
「更生も何も、俺は必要なことのためにやるべきことをしているだけだ。悪いことではない。とはいえ、俺が悪者に見えるという部分は自覚があるがな」
アルファは厄介だと思っていた。ガルグが感情に任せて突撃してきてくれた方が動きが単調になって読みやすく、かつシンプルな火力勝負になるため分かりやすいからだ。
しかし、ガルグは感情のコントロールができずに激昂するタイプでは無かった。
左肩を貫かれたことによって左手は思うように動かせないが、それでも今のガルグの雰囲気は先程までよりも脅威に感じる圧があった。
煙は晴れつつあるが、またも長方体の土が飛んできた。それも連続で二つだ。
ガルグは目の端でそれを捉え、最小限とも言える程度の動きでそれらを避け、その避けた動きに乗って斜めに、そして目で捉えづらい動きでアルファに迫る。
しかし、最大限警戒をしていたアルファはそれにも反応できる。
まずは剣と槍の衝突、次に剣を持つガルグの右手から水が突如溢れ出す。それをすぐさま察知したアルファは火を生成し、火と水が衝突した。
(明らかにさっきまでの水量と水圧じゃねぇ。大分セーブして戦闘神法を使ってたみたいだな)
またも火と水が衝突したことで煙に包まれるが、その中でアルファとガルグは剣と槍でぶつかり合う。
少しの煙の揺らぎや音、直感などを頼りに戦う二人は、ほんの少しミスをするだけで体に相手の武器による傷跡が残ることになるだろう。
そんな中、アルファは小さな火の玉をいくつか生成し、色々な方向からガルグに向かわせる。
対してガルグはアルファが前に行った自身を火で囲んだ時のように、周囲に大量の水を放出する。
(ま、この程度の火じゃこいつには全く届かないな。どれだけ神法のキャパがあるのかは分からないが、これまで温存してた分を考えればまだまだ余裕そうだな)
アルファの強力な火の戦闘神法による攻撃と言えば高火力の火柱だが、どうしても範囲と威力の高い攻撃であるがために他の攻撃より発生させるまでに時間がかかり、実際にガルグには何度も避けられている。
そのため、火力や範囲が劣っていても確実にガルグに当てる神法の方が今は使うメリットがある。
だが、それだとガルグの水によって簡単に消されてしまうため、工夫は必要になる。
(なるほど、私が戻ってきて正解だったわね)
アルファとガルグが神法と近接戦闘を混じえた激しい戦いをしている中、エルファは少し離れたところから見ていた。
(今のところはアルファと同程度の実力。その時点で勇者レベルということ。これ程の実力者がこんなタイミングで現れるのは色々勘繰ってしまうところがあるわね。このことを国に報告したらさぞ騒がれるでしょうね)
実質的にこの場では勇者が三人いるようなものだ。その勇者達が戦う光景など滅多に見られるものではないし、その迫力と衝撃は凄まじいものである。
国からすれば、勇者に匹敵する程の敵対者が現れたことは問題であり、すぐさま調査が行われることだろう。
エルファはアルファのサポートに徹し、ガルグを追い詰める手段を考える。
(私の土の戦闘神法によって、地面に触れていることである程度の範囲の生物の動きを追うことができる。おかげで煙で見えずとも奴の位置を把握することができた。けど、奴は私に位置を把握されることを考慮した上で対応してくるはずだし、それができるくらいの実力があると見ていい)
範囲は決して広くないが、それでも視界の悪い中で対象の位置を捉えられるのは色々なところで役に立つ。ただし先ほどの攻撃でガルグは自身の位置が把握されていることを理解した。
そして、アルファがガルグを相手取っている間に、エルファは自身の立ち回りを考える。
「おらぁ!」
「……!」
二人の攻撃は互いに全く当たらない訳ではない。着実に少しずつではあるが、互いの体に傷が増えていく。
アルファは防具を着ているのに対し、ガルグは特にそういった防具を付けていない。しかし、ガルグの攻撃は的確にアルファの防具の隙間を狙ってダメージを与えてくる。
これまでの二人の戦いから更に一、二段階激しさの増した戦いは危険生物を全く寄せ付けなくなっていた。それに伴い、他の最前線の冒険者や兵士は移動をしたり念の為待機したり、各々で適宜判断して行動している。
アルファの火は燃え盛り、周囲に広がっていくが、ガルグの水はそれらを消火する。火と水がぶつかり合う様子は状況さえ違えば美しく幻想的に見えたことだろう。
また、街の方へ火が広がっていってしまった部分はエルファがすぐさま土を被せて消している。
「静かになったと思ったら、また参戦したいのか?」
二人の戦いの中、エルファが動いた。エルファは激しく動き回る二人のうち、ガルグを囲むように勢いよく土を生成していく。
ただ、エルファは依然として土の後ろから動いておらず、そこから多少離れているため土の生成速度が少し遅くなっている。
そのため当然、ガルグは軽く跳躍して避けることができる。
「ええ、参戦してあげる」
空中に避けたガルグだが、そのガルグに向かっていくつもの土の塊が勢いよく、それも大量に飛んでいく。
ガルグはそれらの土の勢いを相殺するために大量の水を放つ。それは大量の土の塊の勢いを容易く打ち消し、そのままエルファに向かって水が迫る。
エルファはそれを避けるため、土の後ろから移動する。
「ようやく出てきたか。勇者の癖にずっと隠れやがって」
「あら、私が出てきたことは貴方にとってむしろ不利になるかもよ?」
「ははっ、だったら最初から隠れずに戦えよ」
そんな会話の中、アルファもガルグの前から移動していた。
「残念だが俺はお前ら二人の動きをしっかり警戒してんだよ!」
ガルグはアルファとの戦いの中でも常にエルファの動向を注視していた。そして動くとしたらガルグを拘束したり動きの幅を制限するような神法の使い方をするだろうというところまで予測できていた。
アルファに対しても、エルファに水を放ちながらもきちんと警戒していたのだ。
ガルグの足元から高火力の火柱が勢いよく立つが、やはりそれは避けられてしまう。
「そんなこたぁ知ってるよ」
だが、アルファはガルグが避けた方向に更に二つの火柱を作り出した。
この状況を打破するためには、火柱同士の間を通るか水で消火するしかない。
火柱は三本しかないため、わざわざ神法を使って消火する必要はないと、ガルグは隙間を抜ける。
そして当然、抜けられる隙間の場所は決まっているため、追撃の準備をしていたアルファとエルファが攻撃を仕掛ける。
エルファは少し離れたところから人間一人を軽く超える程の大量の土を放出する。それはガルグにダメージを与えるというより、拘束することを目的としている。
そしてその土を避けられないようにアルファがガルグの周囲を炎で囲む。
「いいコンビネーションだな!」
ガルグは大量の水を放出して周囲の炎を消していく。しかし、自身を飲み込まんとする土を押し返せる程の水を生成できる時間はなく、ガルグは右足でその土を上手く踏み台にしようとした。
「チッ!」
しかし、その土はガルグを吹き飛ばした密度が高くて硬い土ではなく、ガルグの脚力でその場所が沈む程度の硬さだった。
そのためガルグは右足を土に埋もれさせてしまい、そのまま土の勢いを抑えらずに衝突する。
アルファはエルファが即座に生成した土の足場を使って跳躍し、ガルグの横から大きな火柱を思い切りぶつける。
「クソが……!」
ガルグは全力で水を放出し、火柱に対抗しようとするが、水の大量生成が間に合わず自身の四肢の一部分が焼かれてしまう。
そしてようやく右足を土から抜くことができ、そのまま地面に着地する。
普通の人間にとって火傷は生命に関わる。火傷の面積や熱傷の深度などによって生存率などが変わるが、ガルグはアルファの高火力の炎に一部分ではあるが触れてしまった。
これが仮に普通の人間だったら燃えた部分は一瞬で焼け焦げ機能を失い、そのまま死亡しただろう。
ガルグは神法を使えることによる身体能力や頑丈さの向上という恩恵があるために耐えているのだ。
そして、そんなガルグに休ませる暇など許されない。
「……っ!」
本格的に追い込まれ始めたガルグの周囲に迫ってくるのは、土の壁である。その壁は薄く、ガルグを押し潰したりダメージを与えることを目的としたものではない。
瞬時に壁を破壊しようとしたガルグだが、今度は足元が急激に盛り上がり、土の壁の高さを超えた。
「ガハッ……!」
するとガルグの右の脇腹あたりをアルファの槍が貫いた。土の壁は単にガルグの視界を塞ぎ、アルファの動きを追えないようにするためのものであった。
そして突如視界が開けたガルグの目にはアルファの姿が確認できず、少し離れた位置にいるエルファしか確認できなかったのだ。
背後から刺された槍はまたも致命傷にならない。しかしそれは敢えてであり、捕らえて情報を引き出すためである。
だが、ガルグはアルファと一対一で戦り合える実力の持ち主。これでは終わらない。
槍の感触を脇腹に感じつつも咄嗟に右手で持っていた剣を背後側に剣先が向くよう持ち替え、アルファの右腕を貫いた。
お互いに痛みに耐えながら槍と剣を引き抜き、ガルグはアルファの方に振り向きながら扇状の水を放出する。
アルファの火はそれに間に合わない。そのため左腕を体の前に持ってきて上半身全体に直撃することだけは阻止する。
(防具なんて軽く壊してきやがる……! なんとか左腕でカバーしたが、衝撃が激しい。追撃を避けなければ……!)
アルファは少しブレる視界の中、壊れた左腕の防具やカバーしきれなかった部分の壊れた防具を自分から引き剥がす。
防具があっても体に響いた衝撃は凄まじく、内臓に気持ちの悪い痛いが走った。
ガルグは反撃されて対応が遅れるであろうアルファを沈めるため、そのままアルファの方へ向かう。
だが、ガルグの正確な位置を把握しているエルファは的確にガルグの足元に土を生成し、ガルグはそれに躓いてしまう。
「あのクソ勇者……!」
「ブレてても、火は火のまま。脅威だぜ?」
そしてアルファはガルグが迫ってきている前方に向けてとにかく広範囲の火を思い切り放出した。
特に戦略も何もない攻撃だが、広範囲の炎というだけで危険である。対処できなければ火だるまになって終わりだ。
ガルグは水を大量に放出して対抗する。だが、ガルグには大きな焦りとなる一つの事実が迫っていた。
(まずい。これ以上戦闘神法を使うといよいよ空になっちまう……!)
実はガルグの神法のキャパシティは決して多くない。身体能力の恩恵は大きいが、神法のキャパの低さをカバーするために戦闘神法の使用は出来るだけ省エネに抑える。それがガルグの戦闘スタイルである。
しかし、相手は勇者アルファ。アルファの火は小さな水でどうにかなるようなレベルではない。そのため苦手な水の大量放出などを頻繁に行うことになってしまったのだ。
(馬鹿みたいな火力しやがって……! 戦闘神法を抜きにしたら俺の方が上だ。けど、戦闘神法がその優劣を軽く覆してきやがる……!)
心の中で悪態を吐きながらガルグは思考を巡らせる。戦況は明らかに不利である。
しかし、思考を巡らせる時間をそう沢山取らせてくれるはずもない。
「近接戦闘はできないとでも思った?」
「てめ……!」
広範囲の火が消えた後、ガルグの斜め後ろからエルファが迫っていた。
エルファはこれまでずっと少し離れた位置からアルファのサポートに徹していたため、自分のすぐ側まで接近することは基本的に無いと、ガルグはそう考えてしまっていたのだ。
そして何度か槍と剣が交わったのち、突如ガルグの視界と体が揺らぐ。
(また、この硬ぇ土か!)
密度の高く硬い長方体の土がガルグの左腕に当たってそのまま体に当たる。そしてエルファは攻撃の手を緩めない。
(やべぇ……!)
続けていくつもの長方体の土がガルグに直撃していく。更には態勢を立て直したアルファが火と槍を携えてガルグに迫る。
いよいよこの戦いに決着を付けるため、アルファは容赦無く土の打撃を受けているガルグの足元に火柱を発生させようとする。
朦朧とする意識の中、ガルグは足元の火柱の存在に気づき、最後の戦闘神法と思いながら全力で大量の水をぶつける。
「どこ行った……!?」
大量の煙が発生したことで視界がまたも悪くなる。
地面に触れることでガルグの位置を把握できるエルファはすぐに探るが、一瞬困惑する。
「っ……アルファ! 奴は街に逃げた!」
「何!?」
ガルグは迷うことなく街の方向へ力を振り絞って全力で移動していた。そのためエルファの生物の位置を把握できる範囲を一瞬で超えてしまい、すぐに正確な位置が掴めなくなってしまった。
「私達二人で探しに行くと危険生物への対応ができなくなる。奴は私に任せてアルファは他の前線の救援に向かって!」
「了解!」
二人はすぐに役割分担し、索敵に長けたエルファがガルグを追うことになった。
ガルグの向かう先はルインの中。そこで身を隠しながら次の手を考える。それが今できる最善手だと判断した。
しかし、ガルグは知らない。街の中の暗闇に潜む、正真正銘の悪魔の存在を。




