ルイン攻防戦-天才と攻勢
「ハーリア……?」
混沌と混乱でひしめき合っていた前線でメリアスはハーリアの登場に困惑を隠せないでいた。他の救援を求めていた冒険者や兵士も同様である。
ハーリアは地下避難所に避難していたはずであるし、そもそも戦えるような精神状態ではないというのがメリアスの認識だ。
(なんで……。避難所から抜け出してきたの? というか、両親の件からはもう立ち直ったの? 最後に見た時は自分の足で歩くこともままらないような状態だったのに、もう?)
あまりにも予想外すぎるハーリアの登場に対して最初は困惑していたが、徐々に先ほどハーリアの行った強力で正確な四属性による戦闘神法について思考がシフトしていく。
「ハーリア、貴方……」
「メリアス、とりあえずこちらまで迫ってきた危険生物は処理するのでいいんだよね?」
「え、ええ……」
世莉架、メリアス、ハーリアは年齢が近いということで堅い言葉遣いはやめようと話していたが、ハーリアは世莉架は呼び捨てで呼び、メリアスに対してはさん付けで呼んでいた。
しかし、今は自然と呼び捨てで呼んでいる。距離が縮まったように感じることに少しの嬉しさを感じつつも、やはりそれまで見ていたハーリアとは異なる雰囲気と顔つきの方が気になってしまう。
「分かった。それじゃあ……」
ハーリアは右手を開いた状態で真っ直ぐ前に出す。
するとまたも火、水、土、風の四属性の戦闘神法が同時に飛び出ていき、それぞれが細長い形状になって的確に危険生物を貫いていく。
危険生物達は即死を免れても戦闘不能状態に陥り、次々と勢いを失っていった。
(四属性……。さっきまではまだ疑っている自分がいたけど、ハーリアは確実に四属性の戦闘神法を扱える……! 戦闘神法は基本一人一属性。私の三属性でも相当珍しい方なのに。戦闘神法について話をしていた時に、どこか話しにくそうな感じだったけど、むしろ凄い方だったのね)
メリアスはハーリアの戦闘神法について驚いているが、この後、それを超える驚きを覚えることになる。
「嘘でしょ……」
ハーリアは水と土を光属性によって結合し、拘束に特化した液体上にした上で倒し切れない範囲の危険生物の動きを止めていく。
更に、ハーリアは左手を左側に向けて伸ばす。するとそこから、人一人分くらいの大きさの青黒い何かが現れた。
そこから後方支援の拠点からか拾ってきたのであろう剣や槍の先端が現れ始め、それらの武器に光属性を使って火を纏わせ、放出された。
その青黒い何かは、紛れもなく戦闘神法の一つで吸収と放出の特性を持つ闇属性の空間であった。
「女神の寵愛を受けし使徒……」
戦闘神法の六属性全てを扱える者はそう呼ばれている。完全にして神聖なもので、神法を扱うものとして最高峰であり、神の恩寵や加護を溢れんばかりに受けた人物という意味である。
世界の中でも「女神の寵愛を受けし使徒」の名を冠する人物は非常に稀有で極少数。メリアスの三属性でもかなり珍しく人に教えたら確実に驚かれて色々と話を聞かれることになるだろう。
しかし、全属性となると話が違う。かなり珍しいなどという次元の話ではないのだ。
(現状、「女神の寵愛を受けし使徒」であることが分かっているのは世界にたった十五人程度しかいない。まだ見つかっていないだけの人が少しいたとしても、世界で二十人いるかどうか程度と言われている。その中の一人が、ハーリア? そんなの、紛うことなき天才じゃない……)
メリアスはあまりに大きい衝撃と驚愕の中で、ハーリアが自身の扱える属性について聞かれた時の微妙な反応について少し理解することもできた。
(あの時なんだか口籠るような誤魔化すような言い方をしたのは、「女神の寵愛を受けし使徒」であることがバレた時にどういう反応をされてそれがどんな騒ぎに繋がるのか分からなかったから。恐らく、ハーリアは自慢なんてすることなく、なるべく自分が「女神の寵愛を受けし使徒」であることがバレないように普段生活しているのでしょう)
どうしてそのように生活しているのかはメリアスには分からない。すぐに考えられる可能性としてはハーリアの両親の方針というのがあり得そうだが、とにかくハーリアは基本的に自身の能力を隠して生きてきたのだろう。
メリアスとしてはハーリアの能力についてやこれまでどうして隠すように生きてきたのかなど、色々と知りたい気持ちがあるが、現状では考える意味のないことである。
周囲の冒険者や兵士はハーリアの存在とその能力について唖然としているが、メリアスは冷静だった。
「ハーリア! 危険生物の侵攻ルートがズレてきてここも最前線と同レベルの苛烈な戦場と化してきていると思われるわ。危険生物を倒すよりかは牽制してこちらへ寄って来れないようにすることに注力して欲しい!」
「分かった」
ハーリアは単純で簡単な返事をする。
まだまだ会ってから日が浅く、お互いのことを知らない。それでもやはり、今のハーリアはメリアスにとって別人でように見える。
(ハーリアが来てくれたおかげで回復に専念できる。気を落ち着けて……)
少なくともメリアスのいる前線についてはハーリアの救援によって態勢を立て直すことができたと言えるだろう。
ここでもアルファのいる最前線と同様に、多くの危険生物が危険だと判断して全体的に進行ルートを変えていけば、いよいよルインを通るルートから外れ始めるだろう。
そうなればルイン攻防戦はルイン側の勝利と見ていい。
「メリアス」
「どうしたの?」
すると戦闘神法を使いながらハーリアはメリアスに近づいて話しかけてきた。
「ごめん、私……」
その時のハーリアは会ったばかりの頃の自信なさげなハーリアのように見えた。
「近接戦闘は大の苦手で……。身体能力を上手く扱うのも難しくて。だから、もしも私の戦闘神法をすり抜けてくる危険生物がいたら貴方に任せたいんだけど……」
ハーリアは確かに「女神の寵愛を受けし使徒」の名を冠する天才だが、近接戦闘に関しては苦手なようだ。
優れた戦闘神法を持つ者は基本的に身体能力が比例して高い傾向にある。それが「女神の寵愛を受けし使徒」の者であれば尚更である。
その基本的な傾向に倣えばハーリアの身体能力は非常に高いだろうことが窺える。しかし、その身体能力を上手く使いこなせないようだ。
使いこなせない力は過ぎた力であり、それは思わぬ損害を味方側にも与えてしまう可能性がある。たかが身体能力なのだから大袈裟だと言えないのが神法による身体能力向上の恩恵である。
逆に、メリアスはバランスが良いと言える。そもそも三属性扱えるというハーリアほどではなくとも珍しく強力な戦闘神法を持ち、高い身体能力を活かしたレイピアによる近接戦闘に長けている。
遠距離、中距離、近距離、全ての範囲で高いパフォーマンスを発揮できるのがメリアスの神法剣士スタイルである。
現状の前線ではハーリアが要となっているため、そのハーリアが落ちてしまったらいよいよ危険な状態になる。そのハーリアを守る騎士のような役割をメリアスが担うということである。
「勿論、任せて」
それを拒否する意味はない。メリアスはすぐに了承し、回復しつつも注意深く周囲を観察してハーリアのすぐ近くで待機する。
この体制でどこまで捌けるのかは分からないが、かなり希望は見えてきたと言えるだろう。
二人の若い少女に前線の命運を任せるというのは他の冒険者や兵士にとって心苦しく悔しいものであるが、それでも、少しでも勝利の可能性を上げるため、気合を入れ直したのだった。
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「クソ……なんだよ面倒くせぇ」
そう呟くのはガルグである。その左腕からは血が流れている。
「ごめんなさい、遅くなったわ」
「来いとは言ってないが?」
「なら絶対に来るなと伝言しなさいよ」
アルファの隣にはエルファが立っていた。他の前線や危険箇所の見回りを早々に終わらせ、エルファは元の最前線に戻ってきたのだ。
こうして二人の勇者が揃った。
「勇者様が二人がかりでかかってくるのはズルじゃないか? いや、それほど俺の実力を評価してくれていると誇った方がいいか?」
ガルグは冷静に煽るように話す。
「はっ、俺一人でもお前を潰せる。だが、今はお前だけに構っていられる状況じゃないし、大事なのはプライドよりも街を守ることだ」
「流石、勇者様。冷静な判断ができる上にご立派な考えだ」
アルファとしては不本意だが、なかなかガルグ攻略の道筋が見えないでいた状況を打破するのにエルファの存在は大きい。
そして、アルファの言う通り一番の目的は街を守ることである。プライドを優先して一人で勝つことにこだわるのは独りよがりなだけで合理的な行動とは言えない。
「あいつがイレギュラーね」
「あぁ、ムカつくがあいつの実力は相当なもんだ。でも、お前がいれば問題ない」
「素直で嬉しいわ」
「うるせぇ」
そんな会話をしながらも二人は武器を構える。
「武器は見ての通り剣。御使師で戦闘神法は水。真正面からの攻撃は少なく、基本はこちらの裏をかくスタイルだ。身体能力も俺と同等レベル」
「OK」
アルファは至って簡潔にガルグの特徴について話す。長々と具体的に説明している時間はないからだ。
「行くぞ!」
そしてアルファとエルファはガルグに向かっていく。
ガルグは勇者二人を同時に相手しなくてはならないため、表情が先ほどまでの冷静で余裕を見せていた時とは違う。
「!」
向かってくるアルファとエルファの動きが分からないため、下手に動くより相手の動きの後に動こうと考えていたガルグだが、突如エルファが横に移動し始め、エルファ自身を隠すほどの大きさの土を生成した。
(なんだ? 何をしようとしている?)
その意味不明な動きにガルグは思考を奪われる。しかもアルファとエルファは一度もアイコンタクトすらしていない。
(双子だから互いのことは何でも分かるってか?)
エルファが何やら怪しい行動をしているが、それでも真正面から迫り来るアルファを無視することができない。どちらも最大限警戒しながら優先すべき相手を状況に応じて変えなくてはならない。
「ふっ!」
アルファがガルグの間合いに入った時、大きい火柱をガルグの足元から発生させる。当然それを避けるガルグだが、目の前は大きな炎で埋め尽くされている。
するとその火柱を抜けて槍状の炎がいくつも飛んでくる。それらを避けながらガルグはエルファの存在もしっかり気にかけている。
(確実に俺の隙を狙って何か攻撃してくるはずだ。それも俺の思いつかない予想外な形の攻撃を)
ガルグの実力を支えているのは軽そうな口調でありながら常に冷静でしっかり思考を巡らせるところである。
エルファという新たな強敵を前にしても、それは揺るがない。
「明るくて目が痛ぇぜ!」
左手を空にかざし、大量の水を生成して燃え盛る火柱にぶつける。
これによって炎は消化されていって大量の煙が発生し、視界が悪化する。
(俺の視界も悪いが、あいつらの視界も悪い。そしてこういう視界の悪い中での動きでは俺の方が上だろう)
ガルグは姿勢を低くし、移動を開始する。アルファと一対一で戦っていた時から視界の悪い中ではガルグの方が動きが早く、優勢だったのだ。
エルファが土の後ろに隠れて何をしているのか不明だが、少なくともそこから自分の居場所は分からない。そう判断したのだ。
(この状況でアルファを倒せずとも致命傷を与え、瞬時にエルファの元へ向かう! 罠の可能性は十分考えられるが、俺の身体能力であれば避けることに専念すれば大丈夫なはずだ。後は……)
アルファとエルファがどういう動きをしてくるのか不明な状態では、自身の得意な状況に引き込んで戦うのは至って普通の合理的な考えだろう。
そしてそれが可能な能力をガルグは持っている。
「……?」
ガルグは一瞬、足元に違和感を抱いた。足元の土を見ても特におかしいことはない。当然である。
しかし、それは言語化することが不可能な直感であった。
(アルファは今この煙の中、もしくは煙の外に出て俺の出方を窺っているはず。エルファは土の後ろに隠れて何かをしている)
土の後ろに隠れてエルファは何をしているのか。というより、隠れながらできることなど大してない。
(エルファは大技を用意していてアルファがそれの時間稼ぎをしている? だが大技が準備できたところで……)
ガルグがそう思考していた時だった。
「ぐがっ……!」
ガルグの脇腹に、厚さは手の平ほどだが長さは数メートルある長方体の固まった土が激突した。
いくら身体能力が高くとも、それは骨へのダメージに達し、飛ばされたガルグは煙の中から出た。
「……!」
「よぉ」
するとガルグの目の前に、アルファがいた。
そしてアルファの炎を纏った槍はガルグの左肩に突き刺さった。




