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災厄の救世主が紡ぐ異世界黙示変生  作者: ポルゼ
天才の異世界転移と災難
21/36

ルイン攻防戦-強敵と瓦解

「エルファ様!」


 アルファの元を離れ、他の前線の状況や街への被害がないかなど、諸々の確認をするために移動していたエルファ達の元に馬を利用して一人の兵士がやってきた。

 その表情は焦りと困惑の感情が滲み出ており、エルファは悪い知らせだとすぐに察した。


「どうしたの?」

「先ほど最前線の戦場で突如謎の男が現れました。その男が何者で何を企んでいるのかは不明ですが、とにかく我々の敵であり、現在アルファ様が対処されています」

「なるほど、私の助けが必要?」

「いえ、伝えるだけで来てもらう必要はないと」

「分かった。私の方もあと少し確認を終えたらまた最前線の方に戻るわ」

「了解しました」


 伝えられた情報にエルファは内心驚いていたが、それを表には一切出さずに冷静に対応した。


(敵……? こんなタイミングを狙ってくるって、そういう組織の人間かしら)

 

 エルファもアルファと同じようにテロリストのような組織が機会を伺っていたのではと考えた。


(いや、今は早く確認を終わらせて戻ろう。アルファが自分で対処すると決めたのなら、それ相応の相手ということ。より急がないと)


 エルファは連れてきた冒険者や兵士と別行動を取ることにした。エルファはあと少し確認を終えたら最前線に戻り、それより先の確認は他の者達に任せることにしたのだ。

 戦闘神法を使える者は使えない者と比較して身体能力が非常に高い。勿論個人差はあり、戦闘神法は強力だが身体能力はそこまで高くなかったり、戦闘神法は微力だが身体能力が高かったりする。

 だが、基本的に戦闘神法が強力な者ほど身体能力も比例して高くなる傾向にある。

 そしてエルファはその強力な戦闘神法に比例して身体能力も非常に高いため、馬のスピードを普通に追い越こすことができる。これはアルファも同様だ。

 そのアルファは謎の男、ガルグと戦闘の真っ只中である。


(チッ、こいつ……)


 アルファはガルグの身のこなしに少々手こずっていた。

 戦闘が始まってから積極的に攻撃しているのはアルファだが、ガルグはそれらの攻撃を避けることに注力している。

 単純に真正面からぶつかっても勝機がないと見て機を伺っているのか、何らかの企みのために時間稼ぎをしているのか、単に余裕を見せているだけなのか。

 理由はいくつか考えられるものの、どれも当てはまりそうではある。


(これだけ俺の攻撃を避けられるのはムカつくが、実力があるのは確かだな)


 アルファは上手く緩急をつけて戦っているが、ガルグも上手く周囲の状況を利用して動き回る。

 冒険者や兵士はアルファの戦闘の邪魔にならないよう距離を取っているが、ガルグはそちらへ近づくことも多い。

 幸いなことに、冒険者や兵士を殺すつもりはないようだが、それも今だけかもしれない。


「ヒュー! 流石のコントールだ! 他の冒険者や兵士にお前の火の影響がないようにしているな」

「あぁ、お前がジッとしていればその必要もないがな!」

「おっと。ほら、奴らが来てるぞ?」

「!」


 アルファはガルグに少し集中しすぎており、迫り来る危険生物に気づくのが少し遅れた。

 だが、アルファがその程度の危険生物に負けることなどあり得ない。

 火を纏った槍を向けて大きな火の玉を放ち、その危険生物は一瞬で火だるまとなって暴れ回っている。

 しかし、視線を戻した時、そこにガルグはいなかった。

 それでもアルファは冷静であり、前方にいないのであれば左右か後ろか上にガルグが移動しているのが自然であり、アルファは自身の前方以外の周囲に強烈な火を放出して牽制した。


「なっ……!」


 しかし、突如として周囲の強烈な火は掻き消され、ガルグの剣がアルファの背中を捉えた。

 決して傷は深くはないものの、ガルグの剣筋はアルファの背中の装甲の隙間を確実に狙って当ててきたのだ。

 アルファは咄嗟に距離を取って一旦状況を落ち着かせる。


(これは水蒸気……! 奴は水の戦闘神法を使えるのか!)


 とても熱い煙が周りを包んでいた。これはガルグが水の戦闘神法を使ってアルファの強烈な火を消化したためである。


(まぁ、こいつの身体能力から考えてもほぼ間違いなく御使師だろうと思っていたが、よりにもよって水か……)


 火は水をかけて消すものである。逆に、水に火を近づけて蒸発させることもできる。しかし、バケツ一杯の水で人の指くらいの小さい火を消すのは簡単だが、小さい火でバケツ一杯の水を蒸発させるのは比較にならないほど時間がかかる。

 とはいえ、火の温度が高ければ高いほど水を蒸発させるのは簡単になる。そして、アルファの火の温度は調節可能で、非常に高い火力を出すことができる。

 しかし、自身が生み出した火だとしても、直接手で触ろうものなら当然火傷をするし、火が近ければ熱く感じる。

 アルファは自身に火の影響が及ばないように戦闘神法を上手く扱う必要があり、周囲を火で囲んで守る場合は近すぎてはならず、かつ火力が高すぎると中にいるアルファが熱に耐えられない。

 ガルグはそれを理解しており、自身の水である程度簡単に火を消すことのできるような状況を待っていたのだ。


「あんなに俺の都合の良いように火で周囲を囲むなんて、ありがとうよ。もしかして、忖度か?」


 ガルグは剣を右手、左手と持ち替えて飄々としている。アルファはそんなガルグを睨んでいる。


「俺の思い違いだったな。最初の印象では、自分にとって有利になるタイミングまでじっくり攻撃の機会を伺うような奴だとは思わなかった」

「あー、そう? まぁ、軽い奴に見られることは多いからね。そう思われても仕方ないか」

「それにしても、水の戦闘神法か」

「あぁ、そうだ」


 ガルグは剣を持っていない手の上に拳くらいの水を生成してそのまま地面に落とした。


「水の戦闘神法は本当に便利なんだよ。だっていつでもどこでも水を飲めるからな!」

「そうかよ」


 水の戦闘神法を使える相手だと分かった以上、アルファがまず確かめないといけないことは、ガルグがどれだけの規模で水を扱えるのかということである。

 わざわざ水で消しやすい状況まで待っていたということは大規模な水を生成したり扱うことはできないと考えられる。しかし、それもわざとかもしれないし、アルファの火力を確かめていただけかもしれない。


(思っていたよりも時間がかかりそうだな。クソ、本当はこんな奴に構っている状況じゃないってのに……)


 他の冒険者や兵士はアルファの抜けた穴を必死に埋めている。

 ガルグはアルファが相手をしないといけないレベルの敵であるため、さっと戦いを終わらせるのは難しい。


「最初お前を見た時は、勇者がいるなんて面倒くせー! と思ってたが、勇者の中でもお前で良かったよ、アルファ」

 

 ガルグは不敵に笑う。その笑みの後ろに何を隠しているのかは不明だが、アルファはガルグが所属していると思われる何らかの組織は想像以上に危険なものなのではないかと考えていた。


「さて、そろそろ再開しようぜ」


 今度は先ほどまでと違い、まずはガルグが動いた。

 相変わらずの身のこなしであり、アルファの火は当たらない。

 ガルグは身体能力を生かして思い切り地面を蹴ると、多くの土が空中を舞い、アルファの視界を一瞬悪くする。

 視界の悪い中、無闇に火を撒き散らしても効果はないと判断し、アルファは勢いよく背後に向かって跳んだ。


「身体能力は意外と互角くらいか?」

「……っ!」


 背後に跳んだアルファの元に、気づけばガルグが迫っていた。

 咄嗟に斬りかかってくる剣を槍で受け流したが、二人の近接戦闘が開始される。

 勇者であるアルファと身体能力が同程度の時点で相当の実力者であり、更にガルグの水の戦闘神法はほんの少し使われただけで、まだまだ底が見えない。

 剣捌きも同様、普通にアルファの槍の動きについていき、時には受け流したり見えづらい角度からの攻撃など、非常に戦闘に慣れているのが窺える。

 勿論、アルファがそれに翻弄されることはない。しかし、決定打を打つ隙がまだ見つからないのも事実であった。

 

(こいつの動き……。近接戦闘にも長けているのは分かるが、力で押してくるのではなく、技術で翻弄するタイプだな。俺なら対応こそできるが、正直得意じゃねぇ……)


 アルファはどんな相手にも上手く対応できるタイプではない。そういった対応はエルファが優れている。

 ガルグは少し距離を取り、空いている左手を横に薙ぐ。すると大量の水が横向きに扇状でアルファの方へ向かっていく。

 それは水であっても戦闘神法である。凄まじい速度で迫ってきたそれをアルファは跳んで避ける。その扇状の水は少し盛り上がっている地面に当たり、強引に切断するように地形を変えた。

 対して、アルファは空中から火の槍をいくつも打ち出し攻撃に出る。

 そうして二人の戦いは少しずつ戦闘神法による中距離戦闘に移行していった。

 

「幸いにも、あの戦闘のおかげで危険生物は大分避けていくようになったな」

「というか本格的に進行ルートが変わってるんだよ。これ以上ここにいてもあまり意味はないが……どうする?」


 アルファとガルグの高次元な戦闘に参加できない冒険者と兵士は状況を鑑みてこれからの行動を考えている。

 連絡を受けたエルファがどれくらいでアルファの加勢に来るのかは分からないため、ひとまずはエルファが帰ってくるまで待つべきというのが多くの意見であった。

 攻防戦は混沌としているが、それでもルイン側に嬉しい情報はあった。


「前に俺が危険生物の大群を確認してきた時、大体だけどどれくらい長くその大群が続いているか把握したんだ」

「それで、どうだった?」

「その時は今のような進行スピードでは全然なくて、もっとゆっくり歩いている感じだった。それが段々早くなって今じゃどの危険生物も明確に走っていると言える。このペースなら、既に大群の半分は過ぎているはずだ」


 実際に危険生物の大群を確認に行った一人の兵士が他の兵士とそう話しているように、今の危険生物の進行スピードから考えると、既に大群の半分はルインを過ぎ去っていると考えられる。

 つまり、ルイン攻防戦は後半戦に突入しており、ゴールは見えてきているのだ。しかし、ガルグというイレギュラーの存在がそのゴールを見えづらくしてしまっている。

 一方、ガルグの存在とアルファとの戦闘についてまだ知らされていない他の前線では、進行ルートが変わっていくことで徐々に増していく危険生物に苦戦を強いられていた。


「はぁ、はぁ……」


 呼吸を荒らしながら対処にあたっているのはメリアスである。

 メリアスは何度も戦闘神法を使い、その前線の中心になっていた。 

 だがそれは逆に言うと、メリアスが息切れを起こした時に対処が急激に難しくなることを意味している。


「嬢ちゃん、もう無理はするな! 何とか時間を稼ぐから少しでも回復してくれ!」

「……すみません」


 近くの冒険者がメリアスの身を案じて声をかける。

 ここで無理をしてメリアスが完全に潰れてしまうことが最も恐るべき未来であるからだ。


(戦闘神法は決して無限に使えるものじゃない。一人一人キャパシティがあるから、それを使い切ったら基本的には休んで回復しなくちゃならない。私のキャパは人より多いと思うし、そのための修行もしてきたけど、流石にこれだけ立て続けに大規模な神法を繰り出すのはしんどいわね……)


 的確に危険生物を一体ずつ倒すだけならばもっと効率的で小規模な戦闘神法で対処することができるが、今は大規模な戦闘神法で威嚇と牽制を行い、危険生物に避けさせることが重要となっている。

 そのため、無駄遣いとも言えるような神法の使い方を多用することから消耗が非常に激しい。


(他の所はどうなっているのかしら。上手くいっているの? 一番最新の伝令では順調とのことだったけど、ずっとそのままとはいかないでしょう。事実、私は息切れだし……。後方のセリカはしっかりやれているのかしら)


 世莉架が実は全く後方支援をしていないことを知らないメリアスは、世莉架の働きぶりを想像してみる。

 後方支援による武器や道具の提供など様々な助けもあって何とか前線を保てている箇所もあるが、そういった支援を忙しそうに行う世莉架の姿を想像すると何だか似合わず、メリアスの心は少し和んだ。

 しかし、そんな想像はすぐに現実に掻き消される。


「クソ、明らかに増えてきているぞ!」


 皆の顔には焦燥の感情が浮かんでいた。

 最初の頃と比較して向かってくる危険生物の数は相当数増えている。

 だがメリアスは現在息切れ中だ。その強力な牽制がないために冒険者と兵士は急に多くの危険生物の対処に迫られる。


「お、おい、誰がこっちを……!」

「何人かやられた! 急いで救援を……!」

「待て、火が消えかけている部分があるぞ!」

「た、助けてくれ! 腕が……!」


 先ほどまで対処していた時とは異なり、地獄絵図へと着実に悪化していっている。


(まずい、このままだと一気に瓦解する! 一度瓦解したらもうこの前線を立て直すのはほぼ不可能。どうにかして抑えないと……!)


 メリアスは回復し切っていない状態で再び戦闘神法を使うために立ち上がる。しかし、明らかにこれまでのような大規模な神法を放つことができない。


「まずい、街に入れらたぞ!」


 そこで聞こえた一つの声。ついに前線の一部が破られてしまったようで、街に入ってしまう危険生物が現れた。

 誰もが焦燥し、助けを求め、状況の混沌さに混乱している。

 その混乱は人々に伝播していき、結果的に大パニックを引き起こすトリガーになる。


(街に入っていった危険生物を追う? いや、ここを止めていないと更に街に入られて悲惨な結果を生み出してしまう。街に入った危険生物は後方支援の戦闘には慣れていない人達に対処してもらうしか……)


 状況は悪化の一途を辿る。こうなってしまうとメリアスの考えていた通り、前線の瓦解は一瞬だろう。

 だが、メリアスが何とか冷静さを保ちながら思考を巡らせている時だった。 


「何……?」

 

 街に入っていった危険生物の声が聞こえてきた。

 それは、まるで死ぬ前の最後の雄叫びのような声だった。

 実際にその危険生物は一瞬で屠られ、地面に倒れていた。

 ゆったり歩きながら前線と赴いてくるその人物は、人々に猛威を振るう危険生物に対し、火、水、土、風の四属性の戦闘神法で鮮やかに数体を同時に攻撃し、その命を終わらせた。

 皆、ポカンとしている。そのような攻撃ができるとなると、途轍もない実力者で歴戦の猛者だろうと皆は想像する。 

 しかし実際にそれを行ったのは、誰もが想像していなかったような、一人の可憐な少女であった。


「ハーリア……?」

「来たよ、メリアス(・・・・)。ここからは私も参戦する」


 そこには、両親を失って絶望していた時とは違い、何か熱い感情を携えているハーリアが立っていた。


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