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家族メシ+α

 酒と料理を堪能しながら今日の出来事を話すと、虎之介はプライベートサウナに興味を示し、龍さんはラーメン屋に連れて行けと言い出す。思った通りの反応で、思わず笑ってしまう。彼らと出会ってから約1年、それ以上に長く過ごしているような感覚で、好き嫌いや考えていることまで手に取るようにわかる。俺がそう思っているように、2人もそんな感覚でいてくれたら嬉しい。


「そろそろケーキ食べようか」

「待ちくたびれたぞ! 我が果物を盛りだくさんにしてやったからな、不味いわけがないのだ!」

「どうやって分ければいいんだ? このままかぶりつくか?」

「俺が切り分けるから、ちょっと待ってな」


 包丁を取りに行こうと立ち上がった時、ふと窓際に目をやると、カーテンに人影が映る。カーテンの向こうにはベランダがあるが、ここは2階だ。何者かが外からベランダによじ登ったのか? なんのために? ていうか誰!?


 ——— コンコンッ

 そんなことを考えながらカーテンを凝視していると、ベランダにいる何者かが窓をノックする。思わず心臓が跳ね上がり、虎之介と龍さんもようやくそれに気づく。


「なんだ、どこぞの妖怪か?」

「いや、ただの妖怪の気配じゃねぇ。なんというか、この感じは前にも……」

「えっ、ちょ、怖いんだけど! 泥棒じゃないよな!? と、虎之介!」

「任せろ」


 さすが用心棒。

 肝の据わった虎之介は動じることなくカーテンをサッと開けると……


「カ、カラス……!? いや、天狗?」


 山伏装束で錫杖(しゃくじょう)を持ったカラスのような妖怪は、虎之介と目が合った途端、急におどおどし始めた。それもそのはず。用心棒モードの虎之介は、まさしく鬼の形相で角と牙を覗かせ、妖怪を威嚇しながら勢いよく窓を開ける。


 ——— ガラッ!


「ヒッ!」

「なんだ、貴様は。なんの用だ、どこから来た」

「あ、あっしは、冥界より閻魔様の使いで馳せ参じました……! 烏天狗(からすてんぐ)の半蔵と申しますっ!」


 その言葉を聞いた虎之介は額に青筋を立て、妖怪の頭を片手で鷲掴みにし目線の高さまで持ち上げる。まるでクレーンゲームのように。


「ほう、閻魔の名を語るとは度胸があるな。貴様の頭など簡単に砕いてやれるのだが?」

「イデデデッ! お、おやめください~! 誠にございます! そ、その凶悪な眼光、まさしく羅門殿と瓜二つ……恐ろしや」

「羅門だと?」


 兄弟の名を聞いた瞬間、虎之介は鷲掴みにしていた手をパッと離す。「ぎゃふっ」という声を上げながら、妖怪は盛大に尻もちをついてしまった。


「だ、大丈夫? ごめんな、てっきり怪しいヤツかと思ったから」

「まったく、これだから鬼は苦手なのです……あ、もしやあなたは小太郎殿のご子孫で?」

「うん。きみ、本当に閻魔様の使いなんだね」

「左様です! こう見えても閻魔様の第二秘書を務めております! あ、こちらが王より預かってまいりました地獄への招待状でございます」

「まさか本当に招待されるとは……!」


 懐から差し出された書状を受け取ると、そこには俺たち3人の宛名が書かれていた。詳細を読もうと紙を開いところで、龍さんに素早く横取りされてしまう。


「どれどれ……お迎えは1週間後、滞在期間は自由、観光ツアー付きで宿泊費は無料、地獄メシ食べ放題だと!? ふおぉぉぉぉ最高ではないかっ!」

「待って、地獄メシってなに?」

「なんか美味いものに決まってるであろう!」

「また小太郎や羅門に会えるのか。興奮してきたな」


 至れり尽くせりの内容にテンションが上がる龍さんと、ニヤニヤしながら招待状を覗き込む虎之介。俺は地獄へ行けることに実感が湧かなかったが、生きているうちに()()をできることが何よりの学びかもしれない。


 そんな俺たちに、烏天狗の半蔵という妖怪は神妙な面持ちを見せた。


「しかしですね、地獄へ招待するにあたって注意事項もございます」

「注意事項? おやつは300円までとか?」

「ふっ、子供ではあるまい。500円であろう。バナナもおやつに入れろ!」

「おいおい、500円なんて“さきいか”しか買えねぇだろ。1000円にしろ!」

「遠足にでも行くつもりですか? そのようなことではなく、生死に関わることです。現世(うつしよ)の人間や妖怪を地獄に招くなど前例のないことですので、()()()には行きますが現世に帰れる保証は無きにしも非ず。生きている者が地獄に滞在すれば魂がすり減り、いずれは消滅するやもしれません。妖怪であれば霊力で多少は抗えるでしょうが、人間の場合は……」

「ならば、我の霊力を分け与えればよい」


 話を遮るように、龍さんは腰に手を当てながら仁王立ちをした。


「こやつらにいくら霊力を与えようとも、我にはなんの影響もないからな。それに、神の加護となれば魂の強化にもなる。まぁ、閻魔もその辺りは考慮しているだろうから心配あるまい」

「おお、龍さんが神様っぽい」

「たまには役に立つことを言う」

「さすが九頭龍大神殿、そのような成りでも立派な神であらせられる! いやはや、こちらの杞憂でした。おやつは好きなだけご持参ください」

「ふんっ、わかればよいのだ」


 俺は人間だが、妖怪や神様と一緒にいれば万が一の事態があっても何とかなるような気がした。ましてや、未知の領域となる地獄ならば、龍さんのご加護は非常に心強い。龍さんに何が出来て何が出来ないのか、詳しくはよく知らないが、神様であれば大抵のことには対応してくれそうだ。


 役目を果たした半蔵さんは「では、これにて」と帰る素振りをしたかと思いきや、テーブルの上で存在感を放つ山盛りフルーツのケーキを凝視した。


「あ、あの、そちらにあるのは洋菓子でしょうか? もしや『ケーキ』というものでは!?」

「うん、そうだよ。今日は俺の誕生日だから、2人が作ってくれたんだ。よかったら一緒に食べてく?」

「よろしいのですか!? あっしは人間が食す『ケーキ』というものに憧れを持っておりました。書物で見たことがありますが、食べたことがないのです……!」


 目を輝かる半蔵さんを中へ招き入れると、漆黒の立派な羽を丁寧に折りたたみ、テーブルを目の前にちょこんと正座した。背丈は龍さんと同じくらいで、子供のようなサイズ感だ。ケーキを6等分に切り分けると、山のようなフルーツは崩れ落ちてしまったが、それも含めてこのケーキの醍醐味なのかもしれない。ケーキが乗った小皿を半蔵さんに渡すと、至近距離で観察したのち、恐る恐る口に運ぶ。


「ハッ……! こ、このような美味なる菓子は初めてございます! ふわふわな生地と甘い乳脂、それと果実の酸味が甘さを一層引き立てておりますな。もしや、元人間の小太郎殿もこのような菓子を作れるのでしょうか?」

「小太郎さんも料理人だけど、洋菓子はどうなんだろう。俺も大まかな知識しかないけど、小太郎さんに作ってもらえるよう頼んでみようか?」

「はい、ぜひ! あちらの世界でもこのような洋菓子を食せる日が来るとは……現世に来た甲斐がありました!」

「そりゃよかった」


 龍さんと虎之介が作ったケーキは、手作り感のある懐かしい味わいだった。顔中に生クリームを付けながら食べる龍さんを見かねて、虎之介は手元のタオルで顔を拭う。この2人はいつも喧嘩ばかりなのに、やはり仲がいいようだ。


「むぐっ、虎! これは台ふきんではないか! 我の高貴な顔をそれで拭くなと何度も言っているだろう」

「つい出来心で」

「阿保! 鬼! でべそ!」

「でべそはお前だろ」

「ムキーーーッ!!」


 前言撤回するべきか。

 半蔵さんを交えた賑やかな誕生日会は、酒瓶が空になるまで続いたのだった。結局、「いいこと」があったのは俺のほうだったらしい。


 そして、地獄へ招待されることになった俺たち。地獄観光に地獄メシ、再開と宴の日々——のはずが、次に待っていたのは想像を超える珍事の連続だった。果たして俺たちは、無事に現世へ帰って来れるのか……!?



<第一部・完>

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