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タツノオトシゴ  作者: アブラゼミ
1/1

洞窟

 神国の最北端に位置する山は常に雪と氷で閉ざされた辺境である。

 無論、そんな山に人がこぞって行くはずもなくホワイトとよばれる竜がその山でもっとも大きい洞窟を住処にしている。

 人はその山を氷竜峰と名付けた。



 轟々と吹き荒れる吹雪をぬけて洞窟の入り口までたどり着いたのは七名だった。この人数は今年、氷竜峰に挑んだ300名という数からすると非常に少ない。しかし、今までこの洞窟にいきついた者が3名のみだった事実をふまえると規格外だ。


 七名のうち唯一の男性が笛を洞窟の虚空にむかって吹き、音が奥の奥へ吸いこまれる。

―――中へ入りなさい。

 底なしと思われた洞窟の暗闇から返事があった。年配の女性らしい声だ。低くて威厳を感じさせる。

 この氷竜峰の洞窟にいる年配の女性といえばかの有名な「風の魔女 セレ・イヤーズ」に違いない。昔この洞窟にたどり着いた3名のうち一人であり、ついてからずっとあの氷竜ホワイトと魔術の探究に励む大魔導士だ。


 興奮、畏怖、好奇心、希望など七名が各々の気持ちで身が震えた。

 望んだものがここにある。

 感動に身を震わすのも束の間、洞窟の奥へ笛を吹いた男が先頭を切って歩みを進める。他の者も男の後に続いていく。

 奥に進むほど暗闇が七名を包んでゆく。この洞窟には結晶ランプもないようだ。


『日の(ランプ)


 先頭を歩く男が自身の目の前に火の玉を出現させると、洞窟が輝いた。

 天井から無数にぶら下がる氷柱が光を乱反射させて幻想的な光景を創る。まるて万華鏡の中に入ったような気さえする。

 現に七名のうち四名は上をむいて見惚れてしまっている。


 ―――なんて美しいのだろう


 先頭から一歩うしろをあるく女がスルッと足を滑らした。洞窟の地面が凍っているのは分かっていたが、この場所に来るまでの疲労と氷柱による光景が彼女の注意を奪った。


「おっと」


 彼女は背中から地面に叩きつけられることはなく、彼女が咄嗟に突き出した右手を先頭の男が間一髪で掴んだのだ。


「大丈夫ですか。イル・ブレイン卿」


 男にそう聞かれた令嬢は不意に男と目があう。少しの間をおいて令嬢はハッとした表情になり、急いで体勢を立て直し


「も、問題ありません。お手数をおかけしましたね。ソルド・サウス・イヤーズ」


 矢継ぎ早にお礼をした。頬や短い黒髪のあいだから見える両耳が妙に赤いのは貴族として見苦しい姿をさらした羞恥心か彼女の外套に仕掛けた魔術が自身の身体を芯から温めているからだろう。


 イル・ブレインはフードをより深く被って先ほどよりソルド・サウス・イヤーズから離れて歩き始めた。心なしかソルドを視線からはずすような素振りもある。


 そして、しばらく奥に進むと広い場所に七名は出て、全員が圧倒された。

 広間の高い天井から地面まで様々な色に光る鉱石がいたるところに埋まっており昼のように明るく、広間は春のごとく温かい。


「よくここまでおいでなさいました。あなた達の忍耐と情熱。そして群を抜く才能に敬意を表します」


 洞窟の奥から返事をした声と同じが響き、上空から車椅子に乗り黒い目隠しをつけた老婆が鈴の音とともに降ってきた。

 老婆は地面に近づくほど落下のスピードが遅くなり、車椅子に座ったまま七名から前方に大きく10歩離れた地点に穏やかな着地を決めた。

 七名はこの唐突な事態にもちろん驚いるのだがそんなことよりも先ほど老婆が魅せた曲芸、魔術に驚嘆した。


 無詠唱かつ音もなく車椅子といっしょに着地する風の魔術の繊細かつ緻密な行使。そして、目の当たりにして分かる巨大な魔力総量など、この老婆が魔導士としていかに優れた人物かを魔導士の金の卵たちは思い知らされる。


「今年は七名もの子らがここに来るとは。毎年誰も来ないからとろくな準備もせず、このような出迎えになってしまい申し訳ない」

「いいえ。素晴らしいものでした。セレ・イヤーズ公の魔術を生涯に一度でも拝見しましたことは魔導士の端くれとしてとても光栄ですっ」


 興奮冷めやらぬ様子でイル・ブレインが声を張り上げたのち、我に返って今度は身をちぢめて萎縮した。

「そこまで評価してもらえるとは嬉しい限りです。あなたのお名前はなんというのですか」

「イル・ブレインと申します」

「イル・ブレインさん。わたくしの魔術を評価してくれてありがとう」


 ―――あ、あのセレ・イヤーズ公としゃべっちゃった! しゃべっちゃった!! 

 わずかに言葉を交わしただけでイル・ブレインはワナワナと全身を震わせるほど感激して石膏のように固まってしまった。


「では改めまして、わたくしはセレ・イヤーズと申します。この氷竜ホワイト公が住まう洞窟の案内役を任されております。魔術と叡智を求めにいらっしゃった皆様は長い旅路でお疲れのことと思います。まずは応接間まで案内いたしますのでそこで存分にお休みになって下さい」



 風の魔女 セレ・イヤーズは七名を応接間に案内したあと、合格者たちのことを氷竜ホワイトに伝えた。


「今年は七名の合格者が出ました。人数分の氷竜褒章の材料をお願い致します」

 セレ・イヤーズがそういうと、六枚三対の白い翼を小さく折り畳み、長い首をひねって、セレ・イヤーズの方に顔を向け、蛇の目でホワイトは睨んだ。

「七名? 今年に限って人が多くないか? 誰もここにたどりつけぬよう氷と雪で封鎖したはずだ。お前がここにたどりついて以来な」


 ホワイトは不機嫌を隠しもせず、吐き捨てるように右の言葉を発する。


「神国の人も日々研鑽を積んでいるのでしょう」

「にしても七名か。一人でも魔術を教えるのは面倒だというのに」

「神たちの約定がある以上仕方ないですよ」

「約定か。不戦の約束だけかと思えば色々と。あれは一生の不覚だった」


 ホワイトは深くまっしろな溜息をつく。


「まあ、氷竜様がつきっきりで教える必要はございません。約定には、【魔術の教えを乞う者を退けてはいけない】とあるだけ。わたくしに大半を任せればよいでしょう」

「それもそうだな。ではこれをもっていけ」


 ホワイトは二枚の翼を器用にこすり、一枚のウロコを弾き飛ばし、セレ・イヤーズの足ともに落とした。


「加工はお前がやれ」

「承知しました。では失礼します」


 風で自身の身の丈ほどあるウロコを浮かせて、セレ・イヤーズは工房に行こうとしたところ、ホワイトに呼び止められる。


「まて。七名について少し興味がわいた。どんな連中だった? 」

 セレはホワイトの意外な反応にあっけにとれて「なぜ興味がわいたのですか」と質問してまった。

「黙れ。私の質問にこたえろ」

「え、ええ。七名のうち六名が女性、一名が男性。六名の女性のなかにはブレインの者がいました」


 ホワイトを苛立たせてしまったせいで焦ったセレは情報量のない返事をした。通常、これだけの内容ではホワイトは満足しないのだがさきの返事に欲する情報があったのだろうか。


 ホワイトはそれ以上深く聞くことなくセレをさっさと仕事に行かせた。

「どうやら面倒な事ばかりではないらしい」

 ―――研究に使えるかもしれない。



 イル・ブレインは体の芯から溢れる歓喜に感涙が止まらなかった。

 魔術の道を極めんと六つのころから六年間、魔術の知識を蓄えてその実践つみ、そこからまた六年をかけでこの氷竜峰の洞窟にたどり着いた。

 12年にも及ぶ研鑽の集大成が今、自分の両手におさまっている。


「氷竜褒章」


 ホワイトのウロコから作り出された首輪だ。魔導の頂点である証、魔導の深淵をしるホワイトとの研究が許される永久の切符でもある。また、魔力をためる魔道具としても一級品である。

「なんてっ、美しいの。これが神秘の結晶! 」

「あのー。イル・ブレイン嬢。感激に浸っているところ申し訳ないのですが、セレ・イヤーズ公から


全員にお話があるので続きは後ほどにしてくれませんか」

 左隣から注意されて、ようやく周囲の状況に気が付いた。

 全員、褒章の授与が終わり、背筋を伸ばしてセレ・イヤーズの方を向いている。

 自分とその自分を注意するためこちらに体を傾けているソルド・サウス・イヤーズだけがこの場から浮いている。


「し、失礼致しました」

 セレに謝罪の一礼をいれ

「ソルド・サウス・イヤーズ。注意して下さってありがとう」

 ソルドに感謝の言葉を述べた。


 ―――いけない。いけない。褒章を授与されたからいって舞い上がりすぎですよ、わたし。母上も洞窟についてからが本番だと散々言われたではありませんか! 

 こちらが聞く姿勢になったのをみてセレ・イヤーズ公は口を開く。

「あなた達は晴れて魔導士最高の栄誉を得ました。これからはさきに渡した褒章と栄誉をどのように使おうとあなた達の自由です。同様にあなた達が何をするかももちろん自由です。しかし、もしこの洞窟で氷竜様と魔術の最奥を目指すのならまず一歩前へ出なさい」


 この洞窟に来ようと挑む者たちの動機はさまざまだ。

 氷竜褒章をもらい一攫千金を目論む者、魔導士としての名誉をえる者、自身の実力を試す者たちなどがいる。

 しかし、この場所に来た者―――わたしたちを合わせても10人しかいないが―――は皆等しく同じ動機だったらしい。

 皆が同時に前へでた。


「よろしい。では次にあなた達のここで探求したいものに答えなさい。右から順に答えていきなさい」

 わたしが最後ですか。うう、妙に緊張する。


 水の魔術について探求したい。


 火の魔術を全て知りたい


 風の魔術の深淵をみたい


 土の魔術を解明したい


 雷を操る魔術を知りたい


 生き物と魔力の関係を知りたい


 魔道具について知りたい


 セレ・イヤーズは全て聞き終えると風の魔術で一人につき一個ずつ宝石がはめ込まれた指輪を目の前に差し出す。


「これは氷竜様の書庫の門を開ける鍵です。指輪をはめた手を門にあて指輪の輪に刻まれた呪文を唱えれば、あなた達が求めるものに関する知識が記された本が集められた書庫に入れます。それでは説明は以上、各自ご自由にしてください」


 淡白な説明だけをのこして去ろうとするセレにソルドが待ったをかける。


「お待ちください、セレ・イヤーズ公。探究に必要なことはわかりましたが、衣食住をここでどう満たすかがわからない。ご説明いただけますか」


 セレは再び七名の方に向き直って、ばつの悪そうな表情を浮かべた。


「いやはや、老いたくはないものです。大事なこともすっかり忘れてしまう」


 ゴホンと一つ、咳払い。


「ソルドさんの質問にお答えしますと、衣食住につきましても皆様に与えた宝石に尋ねればわかります。ただ宝石にも答えらない事についてはわたくしに聞いて下さい。この洞窟にわたくしがいる限り、宝石と介して話すことが出来ます」

―――他に質問のある方はいらっしゃいますか?

 というセレの問いにこたえる者はいなかった。


「もう質問はな……な! 」


 突如、口をポカンとあけ呆然としたセレを見て七名全員に困惑の色が広がる。


「セレ・イヤーズ様、どうしたのですか? 突然驚かれて。何かあったのですか? 」

 七名の後方からズシンと巨大な衝撃音が響き、地面がそれに鳴動して揺れる。

 七名は不意を突かれて、地面に倒れる。

 ただ唯一、事前にことを察知したセレは風で車椅子を固定し、瘦せた老体をうちつけられる難を逃れた。

 ―――一体なにごとか。


 この場の全員が音と衝撃がしたところへ注目する。

 モクモクと大きな土煙の中から、徐々に白い翼や青い蛇の目が露わになる。

 その全貌が明らかになる前に、七名は土煙のなかの何者か

が誰なのかを理解した。

 理解してからの行動はみな早かった。

 その場で片膝をついて頭を下げる。


「ふうむ。直に観てみれば。人にしては優れた者たちだな」


 あの「氷竜ホワイト」が姿を表したのだ。

 かの大戦において竜の陣営からこちら側、神の陣営い寝返り、人に魔術を広めた魔術の始祖。

 魔術を極める者にとって神にも等しい存在であり、神国でも神に次ぐ地位にいる。

 便宜上、公爵とされるが、かの竜と対等な公爵などいない。

―――なんて日ですの。今日は! 

 イル・ブレインは何度目かわからない感動に身を震わせた。

 セレ・イヤーズ公に会ったその日のうちに魔術の祖、氷竜ホワイト公にも会えるとは。

 しかも「人にしては優れた者たち」とわたくしも含めて、魔術の実力を認めて下さった。

 なんと光栄な事でしょう。

 わたくしは今日をいう日を決して忘れない。今日の感動と名誉と、

「この七名のうち唯一の男は、このあと私の研究室にくるように」

「えええええええええええええええええええええええええ」

恥を忘れない。




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