第二章『不速之客(三)』
二人がかりで凰華を攻め立てる玄狼と玄豹だったが、凰華は龍珠をかばいながらも破綻の色を見せない。
二人がどれだけ工夫を凝らした攻撃を繰り出しても、凰華の円を描くような手の動きと足運びに翻弄され、何もかもがスルリと受け流されてしまうのである。
梅の花を彷彿とさせる円の動きを取り入れたこの掌法は『梅花婉転掌』と言い、師父の岳成虎から授かったものだ。この十年余りの研鑽により、技の練度は至高の境地へと高まっていた。
二人の内、玄豹の腕が数段劣ると見て取った凰華は、まず玄豹の動きを止めることに決めた。
「ハアッ!」
玄豹は裂帛の気合と共に手刀を凰華へ振り下ろしたが、刃の軌道は梅花によってズラされ、あろうことか自らの手刀を首筋に受けてしまった。
これは相手の力に逆らわず、自らは僅かばかりの力を以て拳打の方向を誘導させる高等技術で、打ち出される力が強ければ強いほど己へ返ってくる力も甚大になる。
「ごめんなさいね、お嬢さん。少し眠っていて」
崩れ落ちる妹弟子に凰華が声を掛けている隙に、玄狼は背後から襲い掛かった。
(————もらった!)
だが、それすらも凰華の誘いの手であった。
凰華の背骨を粉々に砕くと思われた玄狼の拳は空を切り、次の瞬間、その脇腹を真氣が込められた掌底が深々と突き刺さった。
(————⁉︎)
しかし、攻撃を当てた側の凰華の眼が驚きで見開かれ、打撃を受けたはずの玄狼はさほど表情を変えずに構え直した。
間合いを取った凰華は思わず声を漏らした。
「まさか、その技は……!」
「————噂に聞く、硬氣功を超える『霜甲練氣功』か。てめえ、玄武派だな?」
拓飛の言葉に玄豺は一瞬顔色を変えたが、すぐに持ち直した。
「いや、待てよ? 玄武派ってのは道士の集まりだって聞いたな。だが、てめえは道服を着てねえなあ」
「…………」
「まあ、んなこたあどうでもいいか。てめえが玄武派だろうが、そうじゃなかろうが、重要なのは強えかどうかだ」
ここまで無言で聞いていた玄豺がようやく口を開いた。
「フン、その通りだ。確かなことは、貴様の攻撃が俺には通じんということだ!」
状況を整理した玄豺は落ち着きを取り戻した様子で、再び拓飛に襲い掛かった。
しかし、拓飛は玄豺の拳が目前に迫っても微動だにしない。拳が服に触れた瞬間、ようやく拓飛の左腕がゆるりと突き出された。
————その掌打は、後から突き出されたにも関わらず、先に対手の肉体に到達した。
玄豺はこの動きに驚きはしたものの、構わず拳を振り抜いた。
(ハッ! どんな攻撃だろうと、俺の『霜甲練氣功』は破れん!)
その時、ブゥゥゥンという耳障りな音が聞こえ、押し当てられた拓飛の手が歪んだようにボヤけて見えた。
(————熱ッ⁉︎)
玄豺の体内で防波堤のように外力をせき止めていた『霜甲練氣功』だったが、次の瞬間、多量の熱を持った真氣が怒濤の如く押し寄せ、防波堤は耐えきれずに遂には決壊した。
「ガフッ‼︎」
呻き声と共に多量の鮮血が吐き出され、玄豺は膝を突いた。信じられないといった表情で玄豺が見上げると、些か興奮の色が見える拓飛と眼が合った。
————十数年前、玄武派独自の硬氣功を破る技が白虎派にあると聞いた拓飛だったが、白虎派以外の者には秘中の秘とのことで、蘇熊将も師父の成虎も頑として伝授はしてくれなかった。
特に玄武派の者と揉めるつもりの無い拓飛ではあったが、青龍派の攻撃すらも通さぬという硬氣功は武術家として破ってみたくもある。元々、他人に頭を下げて教えを請うのは気が進まぬ性分でもあり、導き出した答えはこうである。
(だったら自分で編みだしゃあ良いじゃねえか)
とは言え、高級な技は一朝一夕に編み出せるものではない。一念発起してから数年間はさしたる成果を出せずにいた。
ある日、大地震で巨大な岩が真っ二つに割れる光景を眼にした時、はたと閃くものがあった。
————鍵は『振動』である。
拓飛は物体に振動の波を加えることで破壊力が増すという理念の元、得意の『浸透勁』に更に磨きを掛け、三年の後ついに新たな掌打を編み出した。
掌が歪んで見えるほどの超高速の振動により、熱が発生する威力から『烈震熱濤掌』と名付けられたその技は、折しも玄武派所縁の者相手にお披露目となった。
しばらくの間、血走った眼で拓飛を睨め上げていた玄豺だったが、再び吐血した後、叩頭するかのように倒れ込んだ。
兄弟子が打ち倒される様子を眼の端で捉えていた玄狼は一瞬、動揺した素振りを見せたが、すぐに気を持ち直し凰華への攻撃を再開した。
しかし、繰り出す攻撃の全てが躱され、受け流され、果ては己の身体へと返されてしまう。
玄狼の攻撃を捌きながら、諭すように凰華が語りかける。
「あなたも武術家なら相手との実力差を推し量りなさい。確かに『霜甲練氣功』は強力だけれど、その分、真氣の消耗も凄まじいはずよ」
凰華の指摘は当たっていた。
玄狼が全力で打ち掛かるのに対して、凰華は相手の力を循環させ自らの力は方向を変える際に僅かに発するだけである。加えて玄狼は攻撃を受ける際に消耗の激しい『霜甲練氣功』を常に使用しており、持久戦になればどちらが有利かは火を見るより明らかであった。
その証左に、玄狼の身体を守る霜の装甲には徐々にヒビ割れが生じ、攻撃を受けるたび苦痛に顔を歪ませるようになった。
「もう止しなさい。あなたたちの出自と、ここへ来た目的を素直に話してくれれば悪いようにはしないわ」
再び凰華が声を掛けるが、玄狼は歯を食いしばりながらも攻撃を止めようとはしない。
凰華は一瞬眼を閉じた後、右腕に真氣を込めた。これ以上いたずらに相手を傷つけぬよう、次の一手で意識を断つ構えである。
凰華が掌打を放ったその時、綿菓子のように舞っていた粉雪が突如、勢いを増して吹雪となった。
———— 第三章に続く ————




