第十九章『結託(四)』
無敵の防御技『霜甲練氣功』に秘策が通じず、狂ったように槍を振るっていた正剛だったが、次第にその槍が細く短くなっていった。
「……ケへへ、自慢のイチモツが小っちゃくなってきてるぜえ? そろそろ撃ち止めかあ?」
「————黙れッ!」
玄貂の挑発を振り払うように正剛が氣を込め直すと、槍は再び輝きを取り戻し太く長くなった。しかし、その代償と言うべきか正剛自身は肩で息をし、表情からは疲労が見受けられた。
「無理すんなって。カラ元気なのが丸分かりだぜ。真氣が尽きかけてきてんだろ?」
「……さあ? なんのことだッ!」
己を鼓舞するように頬を張って再び槍を突き出す正剛だったが、槍は長さを取り戻したものの閃光のようだった突きは影を潜め、それはまるで病人が振るっているかのように弱々しいものであった。
————ガキィンンン…………。
耳障りな金属音が辺りに木霊する。
正剛の槍はやはり玄貂の体表で止まっており、次の瞬間にはフッと煙のように消失した。絶望的な表情の正剛とは対照的に玄貂は黄色い歯を見せた。
「ケケッ。どうやらイッちまったようだなあ、オイ」
「……くっ」
正剛はもはや立っていられないのか、その場に片膝を突いた。
「さあてと、そろそろコッチの番とイかせてもらうぜえ……!」
「……く、来るな……!」
凶悪な笑みを浮かべて歩み寄る玄貂に対して、正剛は地に伏せたまま後ずさる。
「オイオイ、なんだそりゃ? 『神槍』と呼ばれた叔父サンが草葉の陰で泣いてんぞ?」
「う、うるさい! 寄るな!」
狼狽した様子の正剛は地面から小石を掴んで出鱈目に投げつけ始めた。玄貂は躱すのも面倒とばかりに身体で受け止めると、盛大に舌打ちをした。
「……つまんねえな。もういいや、おめえ。死にな……!」
眼を据わらせた玄貂が息を長く吐くと、たちどころにその右腕に冷気が宿り始めた。
「————それじゃあな、マヌケ野郎!」
玄貂が『玄冥氷掌』を放った瞬間、正剛の手に光り輝く槍が握られた。
「————この瞬間を待っていたぞ‼︎」
「————ッ!」
裂帛の気合と共に突き出された槍が胸を貫くと思われた刹那、玄貂の身体が浮き上がり後方へと飛び退った。
「なっ…………」
眼を丸くして声を失う正剛に対し、華麗に着地した玄貂はいつもの下卑た笑みを浮かべていた。
「……ケッケッケ、攻撃の最中なら霜甲練氣功が使えねえと踏んだんだろ?」
「…………」
正剛は歯噛みして黙り込んだ。この場合の沈黙は肯定に他ならない。
「バレバレなんだよ。おめえ、演技が大根すぎんぜ」
「…………ッ」
正剛は観念したように立ち上がり槍を突き出した。
「————ッうオォォォォッ‼︎」
「ゲハハハハァッ! てめえが完璧に精魂尽き果てた時が楽しみだぜえッ‼︎」
玄貂は再び全身に冷氣を巡らし、愉快そうに高笑いを上げた。
————一方、玄狼は飢えた狼のように牙を剥き出し、龍珠に襲い掛かっていた。
「どうしたあっ! 防戦一方ではいずれ力尽きるだけだぞ‼︎」
「…………ッ!」
ここまで感情を露わにする兄弟子を見たことがない龍珠は面喰らってしまい、玄狼の攻撃を外しきれず何発もその身に受けてしまっていた。しかもその攻撃は苛烈ながらも恐ろしく正確であり、まるで狼の群れに襲われる羊の感覚を龍珠は覚えていた。
(これは、マズい……! 霜甲練氣功は消耗が激しい。このまま亀のように固まっていたところで徒らに倒されるのを待つだけだ。それなら————)
意を決した龍珠は霜甲練氣功を解いて反撃に打って出た。玄狼の連撃のほんの一瞬の隙に返し技を合わせたのである。
————しかし、それは玄狼の誘い手であった。
「待っていたぞ……、甲羅から首を出すのをな……!」
「————‼︎」
起死回生の龍珠の一撃を冷静に捌き、玄狼は真氣を孕んだ掌打を放った。
体勢を崩された龍珠は受けることも躱すことも出来ず、玄狼の掌打が己の胸に迫るのを他人事のように眺めていた。
(これをもらえば俺は負ける……。でも仕方ないじゃないか。玄狼師兄が強すぎるんだ……)
それは時間にして一瞬の出来事であるはずだが、龍珠にはまるで刻がゆっくりと流れているかのように感じられ、様々な情景が脳裏に浮かび上がって来た。
————拓飛と凰華が眼の前で氷漬けにされたこと————。
————父・龍悟を自らの手で氷漬けにしてしまったこと————。
(————諦めるな! 諦めたらそこで全てが終わってしまうんだ‼︎)
眼を覚ました龍珠は必死に腕を動かす指令を出したが、刻すでに遅し、玄狼の掌打はその身にあと一寸というところまで迫っていた。
(俺はまだやられる訳にはいかないんだッ‼︎)
その時、ある女の声が雀のさえずりのように脳内に響いてきた。
————『心を軽やかに保つ事で、その身をひとひらの羽の如く為し風に舞う』————。
玄狼は勝利を確信して掌打を弟弟子に打ち当てた。しかし、その掌に返ってきた感触は未だかつて感じたことの無い奇妙なものであった。
(————なんだ、この手応えは……⁉︎ まるで『羽』————)
胸を打たれた龍珠は重力から解放されたかのようにフワリと浮き上がった。それはまるで風に飛ばされた羽の如き挙動であった。
「……龍珠、お前……!」
腕を伸ばした姿勢のまま玄狼が驚愕の表情を浮かべる。
「…………ありがとう、子雀さん……」
ゆっくりと着地した龍珠は穏やかな笑みをたたえつぶやいた。




