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第十九章『結託(二)』

 岩陰から姿を現した男は、お得意の下卑た笑みを浮かべていた。

 

「よお、久しぶりだな。玄龍ゲンリュウ————いいや、黄龍珠コウリュウジュだったか?」

「————玄貂ゲンチョウ! 貴様ぁッ‼︎」

「おっと」

 

 怒号と共に正剛が躍り上がったが、玄貂は鮮やかに跳躍して玄狼ゲンロウのそばへと着地した。その様子を冷ややかに見ながら、龍珠が口を開く。

 

「……玄狼師兄、あの食堂で裏切り者に礼をすると言っていませんでしたか……?」

「さっきお前が言っていた通りだ。俺は一時の感情に囚われず、その場面に応じた最善手を打つ」

「…………」

 

 黙り込む龍珠をよそに玄狼は隣へ顔を向けた。

 

「玄貂、俺が龍珠の相手をする。お前はリュウを殺せ」

「聞いてねえぜ、玄狼兄貴。二人掛かりであのガキを捕らえるって言うから、アンタの話に乗ったのによ」

「ボヤくな。いくら俺でも柳の奴がこれほど早く龍珠と合流しているとは読めん。俺が相手しても良いが、龍珠はお前に任せるぞ」

「————分っかりましたよ! その代わり、あのガキを捕えたら死なねえ程度に痛めつけさせてもらいますぜ!」

「……早く行け」

 

 玄狼が冷たく言うと玄貂は正剛に向き直り、舌を出して見せた。

 

「おい、柳! いっちょ、鬼ごっこと行こうじゃねえか!」

「————待てッ!」

 

 脱兎の如く遠ざかる玄貂を正剛が追い掛けて行った。

 

「さて……、これで心置きなくやり合えるな」

「……師兄。弱っている相手を手に掛けるのは真っ当な男のすることではありませんが、俺は崔玄舟サイゲンシュウを倒すつもりです。こんなことをしなくても、発作を抑える呼吸法は訊き出せるのでは……」

「お前はあの男を見誤っている。奴は例え拷問に掛けられようが口を割ったりはしない」

「…………」

 

 再び黙り込む龍珠に玄狼が構えて見せる。

 

「————さあ、話はここまでだ。『氷鏡廊ひょうきょうろう』に辿り着きたいのなら、本気で来ることだな……!」

 

 

 

 玄貂は龍珠たちからある程度距離を取った所で足を止め、ゆっくりと振り返った。

 

「————柳、てめえにゃホントにガッカリさせられたぜ。てめえが指図通り黄龍悟コウリュウゴの首を獲ってきてりゃ、ここまで面倒なことにゃならなかったんだ」

「きっさま……ッ!」

 

 怒りで震える正剛を尻目に玄貂は続ける。

 

「んで、どうだった? ソンケーするお師匠さまから、これまた大ソンケーする叔父さまの真相は聞けたのかい?」

「————まれ……」

「あ? なんだって?」

「————黙れぇッ‼︎」

 

 正剛は怒号を上げて突きを繰り出した。だが、玄貂の身体はまるで霜が降りた大地のように槍の穂先を弾き飛ばす。

 

「くっ!」

「フヘヘ、効かねえなあ」

 

 玄貂は楽しくて堪らないといった様子で胸を張った。

 

「これならどうだッ‼︎」

「————!」

 

 正剛は歯を食いしばり、渾身の突きを繰り出した。

 

 それは常人の眼からは何の変哲も無い、ただの突きにしか視えないものであったが、胸に受けた玄貂の動きがピタリと止まり、その顔に張り付いていた歪んだ笑みも消え去った。

 

「……針の穴に糸を通すたあ、正にこのことだな。今のは『躱さなかった』んじゃなくて、『躱せなかった』……!」

(どうだ……?)

「まるで一突きに視えるほどの五連突き————そのはやさも見事なモンだが、特筆すべきはその正確性だな。五連突き全てが寸分違わず同じ箇所を正確に突いてきやがった……!」

(俺の突きは届いたのか……⁉︎)

 

 対手の負傷具合を確かめるように正剛は玄貂の様子を窺っていたが、玄貂はゆっくりと胸に刺さった槍を払いけた。

 

「————まともにやりあやぁ、おめえの方が強えんだろうがよ。ところがどっこい、俺さまにゃあ最強の『霜甲練氣功そうこうれんきこう』があるんだよなあ、コレが!」

 

 再び下卑た笑みを浮かべる玄貂の胸には僅かに血が滲んでいるのみであった。

 

「————クッソおおッ‼︎」

「良いぜえッ! いくらでも無駄な攻撃をしてきやがれ! 動きが止まった時がてめえの最期だ‼︎」

 

 対玄冥派用にずっと温めていた五連突きも通じず、正剛は万策尽きたように我武者羅に突きを繰り返した————。

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