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第十九章『結託(一)』

 龍珠リュウジュ正剛セイゴウは、凛明リンメイ凰蘭オウランが向かったと見られる『氷鏡廊ひょうきょうろう』へと無言で馬を走らせていた。

 

(————姉さんは何で俺を置いて、凰蘭を連れて行ったんだ……?)

 

 龍珠は懐に手を伸ばし、綿の小袋に触れた。

 

(……それに『陽丹丸ようたんがん』を残して行くなんて、いったいどういうつもりなんだ……。姉さん……!)

 

「————珠、龍珠!」

「え……?」

 

 左方からの声に顔を向けると、正剛がしきりに口を動かしている。

 

「何をぼーっとしてるんだ、この先はどっちに行けば良いんだ?」

 

 正剛が指差した先には三叉路が見えた。

 

「……ああ、あそこは————」

 

 『右』と答えようとした龍珠だったが、何かに気付いた様子で突然馬を止めてしまった。

 

「おい、どうした? 馬がどうかしたのか⁉︎」

 

 正剛も慌てて馬を止めて振り返ると、龍珠は馬を降りて道端に眼を向けている。

 

「龍珠? 何を見てるんだ?」

「…………」

 

 しかし、龍珠は無言のまま何も答えない。不思議に思った正剛が近づいてみると、足元に複数の石が規則的に置いてあった。これは明らかに人為的に並べられた物である。

 

「————まさか、それは何かの『符牒ふちょう』か……?」

「……リュウ兄、少し時間を貰えますか」

 

 龍珠は正剛の質問には答えず、それだけ言い残すと馬を樹に繋いで三叉路を左へと歩き出した。

 

 この状況で寄り道をするとはいぶかしく感じた正剛だったが、それだけ大事な用件なのだろうと考え直し、すぐに後を追いかけた。

 

 

 

 三叉路を左に曲がってしばらく進むと、辺りの風景が青々とした樹々から、ゴツゴツとした巨岩に囲まれた地形に変わった。地面も舗装されたものから、砂利じゃりや木片などが散らばる砂地となっており、普段は人も通らない道なのだろうと推察できる。

 

 龍珠はこんな所で何をするつもりなのかと、正剛は首を捻った。

 

「……居るんでしょう。時間が惜しいので早く済ませて貰えますか……?」

 

 おもむろに龍珠が口を開いた。その声に正剛が周囲に眼を向けると、後方の岩陰から男がゆっくりと姿を現した。

 

「————貴様ッ!」

 

 正剛が血走った眼を男に向け、声を荒げた。しかし、男は正剛を黙殺して龍珠へと顔を向けた。

 

「……お前ならあの道を通るだろうと思っていたが、良く気付いてくれたな」

 

 

 ————男は玄冥派の二番弟子・玄狼ゲンロウであった。

 

 

 その姿は以前見た時よりも更に痩せ細っており、声にもいささかの疲労感が窺えた。だが、龍珠は兄弟子あにでしを気遣う様子を見せずに冷たく言い放つ。

 

「早く用件を言って下さい」

「記憶は完全に取り戻したのか、玄龍ゲンリュウ————いや、コウ龍珠だったな」

「……お陰さまで全て思い出しましたよ。五年前のことも……!」

 

 静かな口調の中にも怒りの感情が込められていたが、玄狼は気付かない風で視線を左右に振った。

 

「お前が柳と一緒だとは意外だったが、玄豹ゲンヒョウはどうした? 合流は出来なかったのか?」

「あれから凛明姉さんとは再会しましたが……、置いて行かれました」

「————やはり、アイツも記憶を取り戻していたのか……。だが、それよりもアイツがお前を置いて行くとはな。行き先は氷鏡廊という訳か」

「……流石ですね。俺も一刻も早く追いつかなくてはいけないので、用件を言って下さい」

「そうだな。俺も時間を無駄にするつもりは無い」

 

 龍珠が先ほどの言葉を繰り返すと、玄狼は腕を組んで肩をすくめた。

 

「……お前の母御に追い返されてから地道に『牌』を集めてみたものの、やはり百枚を手中に収めるとなると、それだけ労力も時間も掛かる上に被害も大きくなる」

「そうですね」

「だが、百人首の黄龍悟コウリュウゴはお前が氷漬けにしてしまった」

「…………」

「おい! お前ら、何の話をしている⁉︎」

 

 師父の名が出てきたことで堪らず正剛が口を挟んだが、龍珠と玄狼は答えない。

 

「————そこで俺は考えた。居場所を案内することでは釣れなかったが、息子を連れて再び伺えば先方も首を縦に振るのではないか、とな」

「……つまり、俺を捕らえて母さまを脅迫するつもりですね……⁉︎」

「————なッ!」

 

 正剛が驚きの声を上げると同時に、玄狼は僅かに口の端を持ち上げた。

 

「……理解が早くて助かるよ。ついでに大人しくついて来てくれると凄く助かるんだがな」

現在いまの俺が黙って協力するとでも……?」

「だろうな……」

 

 龍珠の返事を予期していたように玄狼はゆっくりと構えを取る。

 

「待て待て! お前ら仮にも兄弟弟子きょうだいでしなんだろう⁉︎ 玄狼! 貴様は五年前、龍珠を助けるよう師父に進言したんじゃなかったのか⁉︎」

「…………」

 

 正剛に指摘された玄狼は無表情で押し黙った。代わりに龍珠が引き取って答える。

 

「柳兄、俺はこの人のことを良く知っています。この人は何にも囚われず、その場に応じた最善手を冷静に実行できる人なんです。そこに感情が入り込む余地は無い」

「……なんて奴だ……!」

 

 信じられないといった様子で首を振る正剛に玄狼が冷笑を浴びせる。

 

「褒め言葉と受け取っておこう。さて、そろそろ始めようか」

「…………」

 

 玄狼が構えを取るが、龍珠は何か思案しているようで動こうとしない。その間に正剛が割って入った。

 

「龍珠! この男は俺にやらせろ!」

「……お前の相手は俺じゃない」

「何ッ⁉︎」

 

 その時、反対側の岩陰から別の男が姿を現した。

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