第十八章『錯綜(三)』
焚き火を囲んで龍珠はこれまでの経緯を正剛と凰蘭へ語った。
しかし、やはり『玄冥氷掌』の代償については黙っており、凛明もその意図を察してか補足はしなかった。
「————五年前、母さまの実家でそんなことが……‼︎」
「……ああ。拓飛おじさんと凰華おばさんは俺を守るために崔玄舟と闘い、玄冥氷掌の餌食になってしまったんだ……!」
当時の悔しさを思い出したのか、龍珠は血が滲むほど唇を噛んだ。
「玄豹————いや、凛明だったな。お前たちが石夫人の実家へ押し入ったのは何故なんだ?」
正剛の質問に凛明はうなずいて口を開く。
「あの時、玄舟は玄冥氷掌を会得したばかりで、体内の『寒氷真氣』が暴れていたの。それを落ち着けるために静かな場所を探していたのよ」
「なるほど……、それで運悪く帰って来た凌大侠たちと鉢合わせてしまったのか……」
「ええ……」
うつむいた凛明に今度は龍珠が問い掛ける。
「姉さん。俺も聞きたかったんだけど、あの時俺は玄舟にとどめを刺す前に気絶したよね? どうして俺を殺さずにおいたのかな?」
「あの時玄舟は息も絶え絶えで玄貂も昏倒していたから、私が玄狼師兄に命は助けるよう頼んだの。師兄なら私の時と同じように助けてくれるかと思って……」
「そうだったのか……。ありがとう、姉さん……!」
龍珠が礼を言うと、凛明は申し訳なさそうに頭を振った。
「そんなことないわ……。私たちがあの家に押し入らなければ、こんなことにならなかったんだもの……」
「……それで眼を覚ました時、俺は記憶を失っていたのか……。俺を玄龍として仕込んだのも玄狼師兄が?」
「ええ、師兄が玄舟に頼んで認めさせたのよ」
「あの玄狼がか? 何か企みがあったに違いない」
玄狼に一杯食わされたことのある正剛が堪らず口を挟んだ。
「師兄は感情を表に出さないから誤解されやすいけど、本当は優しい人なのよ。それだけは分かって欲しい……」
「……フン、どうだかな」
腕を組んでそっぽを向く正剛を凰蘭がなだめる。
「まあまあ、柳兄さま。それで凛明さん、あなたたちが玄武派にまで追われているのはどうしてなの?」
「…………」
凰蘭の質問に凛明が龍珠に視線を向けると、代わりに龍珠が引き取った。
「玄舟は玄武派から禁功を奪って抜けたみたいなんだ。それで俺たちから居場所を聞き出そうとしているんだ」
「なるほど……。あ、でも玄舟って奴は『氷鏡廊』って所で療養してるのよね? 玄武派に教えてあげれば、玄武派の人たちが倒してくれるんじゃない?」
「そうだ! そうすれば玄武派の方たちも喜ぶだろう」
『…………』
凰蘭の提案に正剛が膝を叩いて同意するが、龍珠と凛明は無言で顔を見合わせた。
(玄武派に密告すれば確かに苦労なく片が付くけど、そうなれば玄冥氷掌の発作を抑える呼吸法も葬られてしまう。だから玄貂も玄舟の居場所だけは漏らさなかったんだ)
「……申し訳ないけど、玄武派には教えられない。案内できるのはあなたたちだけだ」
「どうして?」
「それは……決着を着けるのは、仮とはいえ弟子だった俺たちの役目なんだ……!」
龍珠の言葉に正剛が再び膝を打つ。
「————さすが師父の御子息! 素晴らしい心意気だ!」
「…………」
正剛はウンウンとうなずき納得したようであるが、凰蘭は何か釈然としていない様子である。
(柳兄さんは素直で真っ直ぐな人だ。騙すようで気が引けるけど、凰蘭は妙な所で鋭い。気を付けないといけないな……)
そう思った龍珠は夜空を見上げて話題を変えた。
「————夜も更けて来たね。今日はもう休んで、明日は早く出発しよう」
「ええ、そうしましょう」
凰蘭はまだ何か訊きたいことがありそうだったが凛明が同意して、今夜はこれで休むことになった。
パチパチと爆ぜる焚き火のそばで四人は横になった。
「————凛明さん、起きてる……?」
男たちの規則正しい寝息が聞こえる中、凰蘭のささやくような声が響いた。
「…………ええ、起きてるわ」
ややあって凛明が返事をすると、凰蘭が続ける。
「少し、歩かない……?」
凰蘭は眠っている龍珠たちから凛明を連れ出すと、突然切り出した。
「————凛明さんは龍珠のことが好きなの……?」
「……だったら、何……⁉︎」
凛明の声が鋭さを帯びたが、振り返った凰蘭は穏やかな顔つきである。
「安心して……。龍珠とは従弟で、それ以上の特別な感情は無いわ」
「————そうなの……⁉︎」
先ほどまであった敵愾心が消え失せた代わりに、安心したような表情で凛明は凰蘭に詰め寄った。その様子に凰蘭はニコリと笑みを浮かべたが、徐々にその頬が赤みを帯びてくる。
「本当よ。……だって……その、私は別の人が…………」
終わりの方は消え入るような声で聞き取りづらく凛明は首を捻ったが、はたと気付いた様子で口を開いた。
「……その人って、もしかして柳……?」
凛明の言葉に、凰蘭は赤い顔のままコクリとうなずいた。
「そうなんだ……。良いわね、きっと向こうもあなたを同じように想っているわ。だって、あなたが玄貂の奴に連れ去られたと聞いて柳、私と師兄を青龍派の本拠地まで案内したんだもの」
「……そんなことないわ。兄さまは私を妹のようにしか思ってないと思う……」
凰蘭がか細い声で言うと、凛明の表情も沈んだ。
「……私だってそうよ。龍珠にとって、私はいつまでも『姉さん』のまま……」
「凛明さん……」
二人はどちらからともなく見つめ合った。同病相憐れむの言葉通り、わだかまりはすぐに解け、一瞬にして心が通い合った————。
————翌朝、龍珠は疲れていたのか陽がかなり昇ってから眼を覚ました。
身体を起こし、辺りを見回すと何かがおかしい。龍珠はまだ重たい瞼をこすり再度、周囲を確認した。すると、樹に繋いでいる馬が二頭しかいないことに気が付いた。
「————星河がいない……?」
龍珠は残っていた眠気が一瞬で吹っ飛び立ち上がった。その時、背後から正剛の大きな声が響いてきた。
「龍珠さま! 蘭と凛明の姿が見えません‼︎」
その言葉に龍珠の心臓がドクンと一際大きく鼓動した。




