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第十七章『北嚮(二)』

 翌朝、龍珠リュウジュは玄冥派の黒い衣を脱ぎ捨て、真新しい衣装に着替えた。鏡に映るその姿はやはり父・龍悟リュウゴに瓜二つであり、龍珠は複雑そうな表情になった。

 

「……お待たせ」

 

 声に振り向くと、玄豹ゲンヒョウ————凛明リンメイが恥ずかし気な表情を浮かべたたずんでいるのが見えた。

 

 凛明もやはり新品の衣装に着替えており、その頬の痘痕あばたは化粧によって薄っすらと見える程度まで隠されていた。これなら余程至近距離で凝視しない限り見破られないだろう。

 

「うん、良いね。似合ってるよ、姉さん」

「やっぱり、あなたも痘痕が見えない方が良い……?」

 

 伏し眼がちに凛明が言うと、龍珠はかぶりを振った。

 

「そんなことないよ、そばかすだって姉さんの一部さ。俺が言ってるのは服のことだよ。俺、以前まえから姉さんは黒じゃなくて、もっと明るい色の服が似合いそうだなって思ってたんだ」

「あ、ありがとう……」

 

 龍珠の言葉に凛明は化粧を施しているにも関わらず、頬を赤く染めた。

 

「俺の方は付けヒゲでも付けてみようかなあ」

「え、どうして? あなたは龍面が特徴だったはずでしょう?」

 

 龍珠は苦笑を浮かべて、口元をさすった。

 

「だって俺、ヒゲが全然生えてこないんだ。ヒゲがあればもう少し男らしい顔つきになるかなって思ってさ」

「ダメよ、あなたにヒゲは似合わないわ」

 

 二人はひとしきり笑うと、宿を後にした。

 

「————それで、これからどうするの?」

「うん、まずは馬を手に入れよう。時間と真氣の消耗を抑えられる」

 

 龍珠の意見に凛明がうなずいた時、通りの向こう側から馬に乗った集団がこちらに向かって来るのが見えた。男たちは皆、揃いの黒い道服に身を包んでいる。

 

「龍珠……!」

「大丈夫。自然にしていよう」

 

 玄武派の門人たちは馬上からジロリと龍珠と凛明に眼を向けたが、気付く風も無くそのまま通り過ぎて行った。

 

「……ふう、肝を冷やしたわね」

「ああ、でも上手くいったね。今の内に馬屋に行こう」

「おや、あなたは…………」

 

 どこかで聞いたことのあるしゃがれ声が背後から響いてきた。振り向くと路地裏に小さな卓と椅子で商売をしている易者の姿が見える。

 

「お爺さんは確か————」

「お久しぶりですな、公子こうし

 

 易者は場末の食堂で出会った老人であった。

 

「お爺さん、本当に占い師だったんですね」

「ええ、その節は誠にお世話になりました」

 

 易者の老人は龍珠の顔をしげしげと見回し、

 

「……お顔を拝見する限り、失われていた記憶が戻られたようですな。なにより、なにより……」

「…………」

「ちょっと待ちなさい! どうしてそれを知っているの⁉︎」

 

 血相を変えて凛明が話に割り込む。

 

「おや? 姑娘クーニャンは以前と印象が変わられたようですな。別人かと思いましたぞ」

「そんなことはどうでもいいでしょ! 答えなさい!」

「先ほど申し上げたでしょう? お顔の相を見たと。私はコレで飯を食っておるのですから」

「……フン、その割には食いっぱぐれて物乞いの真似をしてたじゃない」

 

 負けず嫌いの凛明が言い返すと、老人はやれやれといった様子で首を振った。

 

「……お爺さん、それじゃ一つ占ってもらえませんか?」

「代金さえ払っていただければ何なりと……」

 

 龍珠が代金を払おうとすると、凛明が待ったを掛けた。

 

「龍珠、よしなさい。この爺さんは何か気味が悪いわ」

「大丈夫さ、姉さん。占ってもらうのは俺たちのことじゃない」

「え……?」

 

 龍珠は椅子に腰掛け、切り出した。

 

「占って欲しいのは、玄貂ゲンチョウという男の行方ゆくえです。本名は分からないけど、これで占うことは出来ますか?」

「龍珠……」

 

 うなずいた老人は筮竹ぜいちくをジャラジャラと卓の上に並べ始めた。

 

「問題ありませんな。なになに…………」

「どうなの……?」

「……うーむ、これは…………」

「分かったの? 分からないの? どっちよ⁉︎」

 

 せっかちな凛明が茶々を入れるが、老人はたっぷりを取った後ようやく口を開いた。

 

「————正確な居場所までは分かりかねますが、玄貂という男はここ玄州の何処どこかに居ます。焦らずとも必ずまた貴方あなたの前に現れるでしょうな」

「何よ、それ! そんな曖昧な言い方なら私にだって出来るわよ!」

 

 即座に凛明が声を荒げるが、老人はどこ吹く風といった様子である。

 

「…………」

 

 無言で何やら考え込む龍珠に凛明が耳打ちをする。

 

「龍珠、お金なんて払うことないわよ。やっぱり、この爺さんはかたりだわ」

「……いや、占ってもらったのは確かだから代金は払うよ」

 

 龍珠が卓に代金を置くと、老人は素早く懐に押し込み立ち上がった。

 

「お爺さん、どちらへ?」

「酒代が入ったので、今日はもう店仕舞いです」

「こんな朝からお酒ですって? 似非えせ占いでいいご身分ね」

「明るい内から酔える……、今日は良い一日になりそうですなあ」

 

 凛明の皮肉にも動じず、老人はすでに酔っ払っているような足取りで歩き出した。

 

「……それでは公子、またご縁があればお会いしましょう」

「ええ、お爺さん。呑み過ぎには気を付けて」

 

 老人は後ろ手で手を振って路地裏から大通りへと消えていった。


   ———— 第十八章に続く ————

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