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第十三章『破面(三)』

 正気を失ったと見られる龍珠リュウジュが構えを取ると、掌門のにはまるで霜が降りたように冷気が立ち込めた。

 

「龍珠、やめなさい! その方はあなたのお父さまなのよ⁉︎」

「————全部……」

「え?」

「……全部、全部、全部、お前のせいだ————!」

 

 龍珠は凰蘭オウランの制止を聞かず、再び父・龍悟リュウゴへ打ち掛かった。

 

 龍悟は無防備に立ち尽くして息子の攻撃を只々その身に受けていたが、正確な玄冥派の型では無いためか、服の端が僅かに氷結するにとどまっていた。

 

「龍珠————」

「邪魔をするなッ!」

 

 龍珠は駆け寄って来た凰蘭を突き飛ばした。その掌には『寒氷真氣かんひょうしんき』は込められていなかったが、突き飛ばされた凰蘭は壁面に向かって激突すると思われた。

 

「————ッ、…………?」

 

 硬い壁面の衝撃を覚悟していた凰蘭だったが、予想に反してその身体は柔らかな感触に包まれた。

 

「大丈夫か、凰蘭」

「おじさま!」

「お前は退がっていなさい」

 

 すんでのところで凰蘭を受け止めた龍悟は立ち上がって、再び龍珠へ顔を向けた。

 

「おじさま、駄目です! このまま受け続けていれば全身が凍らされてしまいます!」

「……これは報いなんだ。十六年前の…………」

「え……⁉︎」

 

 観念したかの表情で龍悟は息子の前へ歩み出す。

 

「おじさま! 龍珠‼︎」

 

 龍の親子を止めようと再び凰蘭が声を掛けたが、龍珠は聞く耳を持たずなおも狂ったように攻撃を繰り返す。二人を止めるすべが無いと悟った凰蘭は、掌門の間の奥へとひた走った。

 

(おばさまなら……、ケイおばさまなら、きっと龍珠を止められる————!)

 

 奥の扉を開けた通路の先には、異変を察知して駆けつけたと見られる掌門夫人・李慶リケイの姿があった。

 

「————凰蘭! 戻ったのね、何があったの⁉︎」

「おばさま! 来て下さい! 龍珠が、龍珠が大変なんです!」

「なんですって⁉︎」

 

 

 

 ————凰蘭が慶を伴って掌門の間に戻ると、龍の親子は相も変わらずもつれ合っていた。

 

 龍珠が振るう技は先ほどまでの児戯ではなく、訓練された玄冥派の型であった。龍悟は顔をしかめながらも攻撃を受け続けており、上半身は何ヶ所も凍りついていた。

 

「————龍珠‼︎」

 

 七年ぶりに最愛の息子の姿を確認した慶の瞳から滂沱ぼうだの涙がこぼれ落ちる。しかし、母の声をもってすら息子を止めることは叶わなかった。

 

「僕がこんな身体になったのは、お前のせいだ!」

「…………⁉︎」

 

 龍珠は腕を振るいながら叫ぶように言った。

 

「僕がこんな顔をしてるのも、お前のせいだ!」

「————‼︎」

 

 龍悟の眼が見開かれ、龍珠の『玄冥氷掌げんめいひょうしょう』をおのれの左掌で受け止めた。

 

「おじさま、駄目! 手を離して!」

「…………」

 

 しかし、龍悟は凰蘭の忠告を聞かず手を離そうとしない。みるみる間にその左掌が凍りついていくが、龍悟は意に介さず残る右腕で龍珠を抱きしめた。

 

「……すまない、龍珠。私はお前と向き合うことを恐れ、お前を自分から遠ざけてしまった……!」

「は、離せ……!」

 

 龍珠は体中に氣を巡らせてもがくが、龍悟は力一杯抱きしめ離さない。

 

「お前が私を許せないと言うなら、このまま全身を凍りつかせるがいい……」

「————駄目よ‼︎」

 

 慶が声の限りに叫び、皆の視線が一斉に集まった。

 

「あなたは……、あなたはまた逃げ出してしまうの……⁉︎」

「……慶、これは報いなんだ。父を斬ろうとした…………」

「————報いが何だって言うの⁉︎ そんなもの、只のあなたの自己満足でしょう‼︎」

 

 慶は白磁のような肌を涙で濡らしながら続ける。

 

「あなたは、この子の……龍珠のたった一人の父親なのよ⁉︎ あなたが居なくなってしまったら、いったい誰がこの子を守るって言うの‼︎」

「————‼︎」

 

 慶の言葉に龍悟は胸を突かれ、腕の力が緩んだ。その隙に乗じて龍珠は距離を取ったが、その顔には怯えの色が浮かんでいる。

 

「諦めないで、あなた……! 龍珠を救い導けるのは、父親のあなただけなの……‼︎」

「慶……!」

 

 妻に励まされた龍悟は全身に力が湧いてくるのを感じた。

 

「……君の言う通りだ……! 私はまた過ちを犯すところだった」

 

 龍悟は、間合いを空けて様子を窺っている龍珠の方へ顔を向けた。

 

「……龍珠。お前の怒り、悲しみ、苛立ち、寂しさ、全てを私にぶつけて来い。全部わたしが受け止めてやる……!」

 

 その顔には、もはや諦観や迷いなどは見えない。それはまさしく、息子の前に巨大な壁として立ちはだかる父親の顔であった。

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