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第十二章『帰還(二)』

 玄龍ゲンリュウを伴って『敖光洞ごうこうどう』に帰還した凰蘭オウランだったが、奇妙な事実を感じ取り、慌てて繋いだ手を離した。

 

「————玄龍! あなた、手が氷のように冷たいわ! 体調でも悪いの⁉︎」

「ああ、心配ないよ。玄冥派の門人は技を修めると皆こうなるんだ」

 

 慌てふためいた様子の凰蘭とは対照的に、玄龍は冷静に答える。

 

「……それが相手を一瞬で凍りつかせる技の代償ってこと……⁉︎」

 

 張迅雄チョウジンユウ林秀芳リンシュウホウの無惨な最期を思い出し、青ざめた顔で凰蘭は言った。

 

「……そうだ。だけど————」

「そう言えば…………」

 

 玄龍の返事を待たず、凰蘭は何かを思い出したかのようにつぶやいた。

 

玄貂ゲンチョウはあの時、もう一手で私を捕らえられるところだったのに、突然苦しみ出して姿を消したわ」

「…………」

「もしかして……、あの技を使うと、身体に支障が出たりするんじゃないの? ————答えて、玄龍!」

 

 凰蘭の曇りなきまなこが真っ直ぐに玄龍を捉える。玄龍はその眼力めぢからに屈するように龍面の奥で眼を逸らした。

 

「……身体の体温ねつが無くなるだけで、他は何ともない。玄貂は胸に古傷があるんだ。それが痛み出しただけだろう」

「……本当……⁉︎」

 

 凰蘭の瞳が疑いの色を帯びる。

 

「本当だよ。そんなことより早く進もう。昨日倒した二人組が息を吹き返してる頃だ。グズグズしていたら俺たちの情報が青龍派に伝わるかも知れない」

「あ……、分かったわ。行きましょう、こっちよ」

 

 凰蘭はきびすを返して掌門のへと歩き出した。何とか誤魔化せた玄龍はホッと一息ついて後を追う。

 

 

 

 二人が敖光洞の奥へと進んで行くと幾人もの門人たちとすれ違った。その反応はまちまちで、嬉しそうな顔の者、安堵したような表情を浮かべる者、反対に苦々しい顔つきの者、果ては明らかに敵意を向けてくる者もいたが、おかしなことに誰も声を掛けてくる者はいない。

 おそらく裏門を守っていた門番から二人のことは伝わっているのだろうが、掌門の姪が無事に戻って来たというのに何とも奇妙な反応である。玄龍は首を捻った。

 

(……そう言えば、さっきの門番も若いほうは嬉しそうだったけど、長上の方はよそよそしい対応だった)

 

「どうやら、きみも色々と気苦労がありそうだね」

「そう? そんなことないわ」

 

 玄龍の声に凰蘭はあっけらかんとした口調で答えると、何かに気付いた様子で手を振った。

 

「あら、お姉さま方、ご機嫌よう。只今戻りましたわ」

 

 凰蘭が手を振った方に玄龍が顔を向けると、二人の女弟子が眼から火を噴かんばかりの形相を浮かべて拳を握り締めているのが見えた。しかし凰蘭は満面の笑みで応えると、それきり興味を無くしたように無言で女たちのそばを通り過ぎた。

 

「こちらですわ、龍公子リュウこうし

 

 敖光洞の内部は迷路のように入り組んでおり、曲がり道に差し掛かる度に凰蘭は行き先を指し示してくれる。

 

(流石に四大門派の一つ、青龍派の本拠地だ。凰蘭の案内がなければ掌門のまで辿り着くのも容易じゃないな)

 

 玄龍は後に続きながら頭の中で道順を記憶していたが、不思議なことにいつしか凰蘭を追い越し、迷うことなく進み出した。その歩みはまるで勝手知ったる庭を散歩するかのようである。

 

「玄————」

 

 凰蘭は驚いて口を開きかけたが、すぐに思い直したように微笑んで玄龍の後に付き従った。

 

 

 

 ————龍の腹のようにうねる曲がり角をいくつ通り抜けただろうか。玄龍と凰蘭はついに掌門の間へと辿り着いた。

 

 今まで通り過ぎたどの扉よりも大きなそれの前には屈強な男が二人、壁のように立ち塞がっていたが、凰蘭の姿を認めると同時に口を開いた。

 

凌姑娘リョウクーニャン……それと、龍公子ですね……? 師父がお待ちです。お通り下さい』

 

 門番の男たちはそれだけ言うと、やはり同時に扉を離れ、去って行った。

 

「玄龍、準備はいい……?」

「…………」

 

 玄龍は胸に手を当てて思い巡らせた。

 

(この扉の奥に青龍派の掌門が————俺に瓜二つの顔を持つ男がいる……!  陽丹丸ようたんがんを飲んでから一週間か……、なんとか間に合ったな)

 

 手を離した玄龍は隣に並び立つ凰蘭へ顔を向けた。

 

「————ありがとう、ラン……」

 

 突然、愛称で呼ばれた凰蘭は眼を丸くしたものの、苦笑しながら首を振った。

 

「……ううん。さあ、行きましょう」

 

 二人は同時に扉に手を掛け、押し開いた————。


   ———— 第十三章に続く ————

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