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第十二章『帰還(一)』

 明け方近く、玄龍ゲンリュウたちは巨大な山脈群に差し掛かった。周囲は神秘的な霧に包まれ、今にも修行中の仙人が姿を現しそうな情景である。

 

「ここが泰山たいざんか……」

 

 感慨深いように玄龍がつぶやくと、凰蘭オウランがうなずいた。

 

「そう、あそこが青龍派の本拠地『敖光洞ごうこうどう』よ」

 

 凰蘭が指差した先には峰があり、その中腹には洞窟のような黒い点が見える。あれが敖光洞の入り口なのだろう。

 

「……頼む、星河セイガ

 

 玄龍の声に反応した星河が大きくいななき速度を上げた————。

 

 

 

 ————敖光洞の裏門では二人の門番が交代の時間を今か今かと待ちわびていた。

 

「……チョウ師兄たち、無事ですかねえ?」

 

 右側に立つ若い男が問いかけると、左側を守る年上と思われる男が意味深な笑みを浮かべる。

 

「お前が心配しているのは、迅雄ジンユウたちが無事に『あの娘』を連れ戻して来るかじゃないのか?」

「————ち、違いますよ! 俺は純粋に張師兄とリン師姉と正剛セイゴウと……凌姑娘リョウクーニャンを心配しているんです!」

 

 兄弟子あにでしにからかわれた若い男は顔を真っ赤にしながら慌てて否定した。

 

「隠すな、隠すな。皆まで言わなくとも分かっている。急な任務が入って連絡が遅れているだけだろう、きっと四人とも無事さ」

「そ、そうですよね⁉︎」

 

 若い男は安心したように言った。年嵩としかさの男はその様子を見て微笑んでいたが、不意に真顔に戻った。

 

「……しかし、あの娘は…………」

「え?」

「————いや、なんでもない。迅雄たちのことも気に掛かるが、俺は『あの方』のことも心配だ。今頃、どうされておられるのか……」

「あの方?」

龍珠リュウジュさまだ。生きておられれば、十五くらいにはなられているはずだが…………」

「龍珠さまと言えば、師父の御子息ですね? 確か七年ほど前に修行のため、凌大侠リョウたいきょう(英雄)に預けられたと聞きましたが……」

 

 若い男の口から凌拓飛リョウタクヒの名を出ると、年嵩の男は苦虫を噛み潰したような表情になった。

 

「……フン、何が凌『大侠』だ。あんな男、ただの暴れ虎ではないか————誰だ!」

 

 侵入者の気配を察知した年嵩の男が誰何すいかの声を上げた。

 

「私です。凌凰蘭です。只今戻りました」

 

 澄んだ声と共に、薄暗い通路に少女の顔が松明たいまつで照らし出された。

 

「————凌姑娘! 無事だったんですね!」

 

 若い男は凰蘭の姿を確認すると嬉しそうな声を上げたが、年嵩の男は仏頂面のまま話しかける。

 

「これはこれは凌姑娘、ご無事で何よりです。して、張弟たちは何処いずこに……?」

「…………それは……、叔父さまに直接ご報告致します。大門を開けてもらえないでしょうか?」

「……どういうことですかな? まさか、お一人で戻られたので?」

「いえ……、こちらの公子こうしと一緒に————」

 

 凰蘭が手を伸ばした先の暗闇に龍のかおが浮かび上がる。

 

『————ッ‼︎』

 

 門番の二人は驚愕の表情を浮かべた。今の今まで、この龍面の男の気配に気付かなかったのである。相手に害意があれば不覚を取っていたところであろう。

 

「……凌姑娘……、こちらの方は……⁉︎」

 

 年嵩の男は動揺しつつも何とか声を絞り出した。尋ねられた凰蘭は思案顔で口を開く。

 

「えっと、ゲン……いえ、こちらはリュウ公子こうしです。危ないところを助けていただいて、ここまで送り届けてもらったのです」

「ほう……」

 

 年嵩の男は相槌を打ちながらも、探るような眼差しを玄龍に向けた。

 

「失礼ながら龍公子、何故なにゆえそのような面を着けておられるのですかな……?」

「…………」

 

 玄龍が言い淀んでいると、横から凰蘭が引き取った。

 

「龍公子は、その……お顔に深いきずがあるため、面を着けていらっしゃるのです。面を外すことはお許しいただけますか」

 

 凰蘭の言はにわかには信じがたいが、かと言って掌門の姪の恩人だという者を相手に横車を押すこともはばかられる。

 

「すみませんが、早く叔父さまと叔母さまにご挨拶したいので大門を開けて下さい」

 

 会話を途切らせるように、先ほどよりも強い口調で凰蘭が言った。若い男が目配せすると、年嵩の男は渋々うなずいた。

 

 

 ————ゴウゥゥゥンという轟音を上げて、重く分厚い大門がゆっくりと口を開けた。

 

 

 足早に門の内側に進んだ凰蘭と玄龍だったが、先を行く凰蘭が何か思い出したかのように突然足を止めた。

 

「————リュウ兄さまは、戻られていますか……?」

「正剛? いえ、戻っていませんが」

「そうですか……」

 

 正剛が戻っていないことを聞いた凰蘭は少し安堵したように息をついた。

 

「では参りましょう。龍公子」

「はい、凌姑娘」

 

 二人は手を取り合って龍の巣の中へ消えて行った。その後ろ姿を見送った青龍派の若弟子がガックリと肩を落としたのは言うまでも無い。

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