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第十一章『同道(五)』

 再び星河セイガにまたがり青龍派の本拠地『敖光洞ごうこうどう』を目指す玄龍ゲンリュウ凰蘭オウランだったが、馬上では長い沈黙が続いていた。

 

「————凰蘭」

「えっ?」

 

 考え事をしていた凰蘭は突然、名を呼ばれて思わず訊き返した。

 

「もう蒼州そうしゅうには入ってるはずだけど、敖光洞へはまだ掛かるのかい?」

「……初めて呼んでくれたわね」

「は?」

 

 脈絡のない返事に、今度は玄龍が訊き返す。

 

「私の名前よ。今までずっと『君』だったじゃない」

「…………」

 

 何故か嬉しそうな凰蘭に対して玄龍は再び黙ってしまった。

 

「もう、黙り込まないでよ。敖光洞は泰山たいざんにあるの。泰山は蒼州の端にあるから、もう少し掛かると思うわ」

「泰山……」

「それで玄龍、敖光洞に着いたらどうやって入るか考えてあるの?」

「なんとか忍び込むことは出来ないかな?」

「無理よ、無理! 敖光洞は正門と裏門があるけど、どちらも普段は堅固な大門が閉ざされていて、必ず屈強な門番が就いているもの!」

「そうなると力ずくしかないか……」

 

 玄龍が物騒なことをさらりと言うと、凰蘭は得意げに胸を張った。

 

「そんなことしなくても私に良い考えがあるわ」

「良い考え?」

「自慢じゃないけど、私は父さまと母さまを捜すために敖光洞を飛び出して来たの」

「そう言えば、さっきの男たちもそんなことを言ってたな。つまり、俺が君を連れ戻して来たことにすると?」

「————そう! 良い考えでしょ?」

 

 あまり良い考えではないような気もするが、さりとて他に妙案も浮かばない。玄龍はこっくりとうなずいた。

 

「そうだね。じゃあ、リュウたちと離れ離れになった君を俺が保護したということにしよう」

「ええ、そうしましょう!」

 

 先ほどまで沈んだ顔をしていたのに、今はニコニコと笑みを浮かべている。凰蘭の感情の起伏について行けず玄龍は苦笑した。

 

 

 

 ————ここでときは少しさかのぼる————。

 

 

 

 空を駆ける白馬に弟弟子おとうとでしを連れ去られた玄狼ゲンロウ玄豹ゲンヒョウは、白馬のひづめから噴き上がるほのおを目印に追い掛けていたが、運悪く崖に突き当たり追跡が出来なくなってしまった。

 

「————ッ」

「待て、玄豹!」

 

 馬首を返して再び白馬を追おうとする玄豹を、玄狼が手綱を掴んで制止した。

 

「師兄! どうして止めるの⁉︎ 邪魔をするなら……‼︎」

 

 玄豹は血走った眼で玄狼を睨みつける。それはまるで獲物を横取りされた雌豹の如き形相だったが、玄狼は落ち着き払った様子で口を開く。

 

「勘違いするな、相手は空を飛べる。闇雲に追っても無駄だと言っているんだ」

「————じゃあ、どうすればいいの!」

 

 苛立った玄豹が頭を抱えた。玄狼は妹弟子いもうとでしが落ち着くのを待って声を掛ける。

 

「あの白馬が玄龍を何処どこに連れて行こうとしているのかは分からんが、玄龍の目的地は決まっているだろう?」

「……玄龍の目的地————青龍派の本拠!」

 

 ようやく玄豹が冷静さを取り戻したと見て、玄狼はうなずいた。

 

「そうだ。一度見失った以上、あの白馬を追いかけるのは上手くない。ならば行き先の決まっている方に賭けてみるのが得策じゃないか?」

「それはそうだけど……でも、師兄はさっき青龍派の本拠に行くのは最終手段だって……」

「『乗り込む』のはな。玄龍が心配なのはお前だけではないぞ」

「師兄……!」

 

 玄狼の言葉には別の意味も含まれていたが、玄龍を失って動揺している玄豹は額面通りに受け取った。

 

「よし、そうと決まれば————」

 

 玄豹の手綱を離し、振り返った玄狼の眼が一瞬見開かれた。二人の背後には一人の男が立っていたのである。

 

「……ようやく、見つけたぞ……‼︎」

 

 

 ————男は青龍派の門人、柳正剛リュウセイゴウであった。

 

 

 ボロボロの服に乱れた髪、頬はげっそりとやつれ口元には無精髭が生えている。精悍さに満ち溢れていた姿はこの数日の間に随分と様変わりしたものであるが、眼光の鋭さは以前と比ぶべくもない。

 

「————お前は青龍派の……!」

チョウ師兄とリン師姉の仇を取らせてもらう……‼︎」

 

 正剛は槍を出現させ、構えを取った。玄狼と玄豹も瞬時に戦闘態勢に入る。

 

「だが、その前に答えてもらおうか……!」

「答える……? なんのことだ?」

 

 拍子抜けした様子で玄狼が訊き返すと、正剛は槍ではなく指を突き付けた。

 

「とぼけるな! お前たちの仲間が連れ去ったランの行方だ!」

 

 ————玄貂ゲンチョウから放たれた毒矢にむしばまれた正剛は叔父・怜震レイシンの死の真相を師父・黄龍悟コウリュウゴに問い質すべく一度は敖光洞へ足を向けたが、連れ去られた凰蘭を放っておくことなど出来ないと考え直し、必死に玄冥派の者を捜していたのである。

 

 しかし、玄貂と別れた二人にとっては寝耳に水のことであった。

 

「何を————」

 

 何か言いかけた玄豹を、玄狼が手で制した。

 

「……あの娘なら確かに玄貂が預かっているが、教える訳にはいかんな」

「貴様……ッ!」

 

 槍を握る正剛の手が怒りで震えた。

 

「だが、貴様が青龍派の本拠地へ俺たちを案内するというなら、あの娘は解放してやろう」

「なんだと……⁉︎ まさか貴様らも師父を……⁉︎」

「……理由などどうでもいいだろう。やるのか、やらないのか? 俺はどちらでも構わんぞ」

 

 隣で聞いていた玄豹は玄狼の企みを理解した。どうやら、あの白馬の主人である凰蘭という娘は玄貂の手に落ちているらしい。頭の回転の速い師兄はそれを利用して青龍派の者に道案内させようと考えているのだ。

 

 歯を食いしばり思案していた正剛だったが、やがて手中の槍が煙のように消失した。

 

「…………分かった。だが、入り口まで案内するだけだ。内部まで他派の者を引き込むことは出来ない……!」

「それでいい」

 

 目論見通り正剛を動かすことに成功した玄狼は珍しくほくそ笑んだ。

 

 張迅雄チョウジンユウ林秀芳リンシュウホウ今際いまわの際の言葉で眼を開かれた正剛だったが、経験が足りないことと根が純真なところが災いし、玄貂や玄狼といった海千山千の者の毒牙に掛かってしまった————。


     ———— 第十二章に続く ————

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