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第十一章『同道(二)』

 とんだ成り行きで虎の娘と同道することになった玄龍ゲンリュウは首を左右に振った後、急かすように声を掛ける。

 

「そうと決まったなら、早いところ出発しよう。夜の内に距離を稼いでおきたいんだ」

 

 声を掛けられた虎の娘————凌凰蘭リョウオウランは先ほどまでの笑顔が引っ込み、えらく神妙な表情かおをしている。

 

「ええ。でも、少しだけ待ってくれないかしら……」

「…………?」

 

 そう言いながら凰蘭は玄龍の横を通り過ぎ、戸口へ足を掛ける。その後を追って玄龍も母屋の外へ出ると、中庭の片隅でかがみ込む凰蘭の後ろ姿が眼に入った。

 

「何をして————」

 

 いぶかしく思った玄龍が近づいてみると、凰蘭の背中の陰から小さな石の塊が見えた。

 

「————ここには、母さまのお父さまが眠っておられるの……」

「君のお母さんの……」

 

 玄龍は改めて墓へ眼を向けた。

 

 それは職人の手によって造られたような精巧な物ではなく、そこら辺に転がっているどこにでもある只の石の塊に見える。そればかりかところどころ苔むしており、ここ数年は掃除をする者もいなかったようであった。

 

「君のお母さんは青龍派掌門の姉のはずじゃなかったのか?」

「……余りにもみすぼらしいから、嘘だと思った……?」

「…………」

 

 凰蘭の問いかけに玄龍はゆっくりとうなずいた。

 

「これは母さまの義父のお墓なの。青龍派に預けられる前に話だけは聞いていたけど、こんな形で参ることになるなんて思わなかった……」

「…………」

 

 玄龍は無言で屈み込み、非礼を詫びるように両手を合わせた。

 

「……ありがとう、玄龍」

 

 礼を言った凰蘭も再び両手を合わせて祖父へ祈りを捧げた。

 

 

 

 ————村の入り口で待っていた星河セイガは、主人の凰蘭が笑顔で駆け寄って来るのを見て喜びのいななきを上げた。

 

「ありがとう、星河! お前が玄龍を連れて来てくれたお陰よ!」

 

 凰蘭が抱きかかえると、星河も嬉しそうに顔をすり寄せる。その様子を見ながら玄龍が話しかける。

 

「再会の挨拶を邪魔して悪いけど、そろそろ出発しよう」

「ええ、分かったわ」

 

 玄龍は凰蘭と共に星河にまたがり、手綱を握った。

 

 

 

「————あの槍の男が?」

「……そう、リュウ兄さまも私を助けるために敖光洞ごうこうどうへと戻ってるはずなの」

 

 夜空を駆ける星河の背に乗り、凰蘭は玄貂ゲンチョウに捕われた経緯いきさつを語った。しかし、自らの肌で正剛セイゴウの凍えた身体を温めたことや、正剛の叔父・柳怜震リュウレイシンの死因のことなどは省いていた。

 

「なるほど……、玄貂が言っていた『掌門一人分の価値』とはそういった意味だったのか」

「そうなの。だから、柳兄さまを止める目的もあるのよ……」

 

 うつむきながらつぶやいた凰蘭だったが、何か思い出したように顔を上げた。

 

「でも、あの玄貂ってヤツ、どうして叔父さまの首を欲しがっているのかしら……?」

「……青龍派の掌門の首を獲ったとなると、武術家として名声が得られると思ったんだろう」

 

 玄龍は玄龍で、玄冥派に命のかせが付けられていることを伏せた。

 

「そうなのかしら……でも、だったらあの赤い丸薬はなんだったの? あれを見てアイツ、眼の色を変えてしまったけど……」

「アレは我が派に伝わる霊薬さ。きっと玄貂は柳が首尾良く黄龍悟コウリュウゴを殺せるとは思っていなかったんだろう。だから、目先の霊薬に飛び付いた」

 

 この玄龍の予想は当たっていた。玄貂にとって正剛は保険のようなものであり、眼の前に百日分の命があれば比ぶべくも無い。さらに元々、人質の凰蘭を約束通り生かしておくつもりも無かったのである。

 

「霊薬って?」

「真氣を増幅させるものさ。師父から十粒だけ授かったんだ」

「……ごめんなさい、私のせいで大切なものを……」

 

 申し訳なさそうに謝る凰蘭の様子に、玄龍は逆に申し訳なさを覚えた。

 

「君が気にすることじゃないさ。大体あの霊薬はものすごく苦いんだ。一粒かじるだけで三日は食べ物が喉を通らなくなる」

「まあ、三日も?」

「よく言うだろう? 『良薬口に苦し』ってね。だからアレを玄貂に押し付けることが出来て清々してるくらいさ」

「————まあ!」

 

 凰蘭が口に手を当てて笑うと、つられて玄龍も龍面の奥で笑みをこぼしたが、すぐにそれは引っ込められた。

 

(……何を楽しそうに笑っているんだ、玄龍。この娘はただの道案内だろ。無駄口を叩いている余裕なんかお前にはあるのか?)

 

 思い返してみるとこの五年間は辛く苦しい修練に明け暮れ、仲間と交わす言葉と言えば事務的な報告がもっぱらであり、冗談を言い笑いあったりしたことは無かった。姉弟子あねでし玄豹ゲンヒョウには心の内を話すことはあるけれど、敬意と幾分かの畏怖を感じており、やはり軽口を叩いたことなど無い。

 

 急に押し黙った玄龍を不思議に思い、凰蘭は後ろを振り返った。

 

「……玄龍?」

「……なんでもない。舌を噛むといけないから、会話は最小限にしよう」

「え、ええ……」

 

 突然このようなことを言う玄龍を不思議に思った凰蘭だったが、疲れているのだろうと思い直し黙って従った。

 

 

 

 ————空が白む頃、星河の高度が徐々に落ちてきた。

 

「玄龍、星河が疲れてるみたいだわ。そろそろ休ませてあげましょう?」

「そうだな、俺たちも休息を取るとしよう」

 

 ちょうど良い所に眼下には小さな泉があった。玄龍は泉のほとりへ星河を降ろさせ水を与える。

 

「君もお腹が空いただろう。これを食べるといい」

「ありがとう、玄龍……!」

 

 凰蘭は玄龍から渡された饅頭まんとうを受け取ると礼を言い、かじりついた。なにしろ玄貂に誘拐されてからロクに食べていなかったのである。瞬く間に饅頭は腹の中に収まったが、玄龍はと言うと顔を背けて小さくちぎった饅頭をずらした龍面の下から少しずつ口に運んでいた。

 

(そこまでして私に素顔を見られたくないのかしら……?)

 

 玄龍は饅頭を食べ終えると、龍面を直し振り返った。

 

「日中はここで休んで、陽が落ちたら出発しよう」

 

 凰蘭は脚を崩した星河にもたれかかって横になり、玄龍は少し離れた樹を背にしてうつむいた。ほどなくして龍面の奥から寝息が聞こえてきた。

 

 凰蘭も疲れ切ってはいたが好奇心が睡魔にまさった。物音を立てないようゆっくりと立ち上がり、獲物を見つけた猫のように気配を消して玄龍に近づいていく。

 

 身体を守るように腕を組んだ玄龍は依然として規則正しい呼吸をしており、完全に眠っているようである。凰蘭がそろそろと手を伸ばした時————、

 

「……俺の素顔は見せないと言ったはずだ……‼︎」

 

 その手は玄龍に掴まれ、憎悪にも似た感情がぶつけられた。

 

「ご……ごめんなさい、もうしないわ……!」

 

 凰蘭が怯えた声で謝ると、玄龍は掴んだ腕を放した。

 

「……掴んだりして悪かった。君も早く休んでくれ」

「ううん、おやすみなさい……」

「…………」

 

 だが、玄龍は返事をせずに再び腕を組んでうつむいた。

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