第十章『追憶(三)』
戸口から姿を現した玄貂はキョロキョロと辺りを見回した。
「おめえ、一人か? 兄貴————いや、玄狼と玄豹はどうした?」
「俺ひとりです。二人とは別れました」
玄龍が素直に答えると、玄貂はニタリと口の端を歪めた。
「此処に居るのが俺だって分かってた口振りだな。いや、それよりどうやって此処が分かった?」
「星河に案内してもらいました」
「星河ぁ?」
「あの白馬です」
玄龍の返事に玄貂は高笑いを上げる。
「ハハッ! こりゃあ良いぜ! まんまと逃げられちまったと思ってたのに、まさかおめえが連れ戻してくれるとはよ!」
「あなたは星河に執着していた様子だったので、攫ったのはあなただと思いました」
「……フン」
淡々と玄龍に自らの心情を指摘された玄貂は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「今度は俺の質問に答えてもらえますか?」
「言ってみな」
「……玄武派に俺たちの情報を売ったのは、あなたですね……⁉︎」
語り口は変わらないが、その声には幾分かの怒気が含まれていた。しかし、当の玄貂はどこ吹く風といった様子で顎に手を当てた。
「ほお、早速奴らと接触したのか?」
「どうして、仲間を売るような真似を……⁉︎」
「どうして? 師父が弟子の命を使って遊ぶつもりなら、こっちも参加する駒を増やしてやろうと思ってよ。そうすりゃ『牌』も集まりやすくなるだろう?」
確かに、時間制限がある中ではこちらから仕掛けるだけでなく、向こうからも手を出して来る方が『牌』も集まりやすいだろう。玄貂の考えは理に適っている。しかし————、
「そうですね……。ただ一つ、問題があります」
「問題? 何だ、そりゃ?」
「————それは、自分だけ高みの見物を決め込んで漁夫の利を得ようとするあなたの卑劣な心根です」
玄龍が静かに、だが力強く非難すると玄貂は黄色い歯を見せた。
「……こりゃあ良い、卑劣な心根と来たかい。で? おめえはどうするってんだ?」
「とりあえず星河の主人を解放してください。中に居るんでしょう?」
これには玄貂は意外そうな表情を浮かべた。
「居るには居るが、あのガキがおめえと何の関わりがあるってんだ?」
「分かりません。ただ、星河が助けて欲しいと言うのでそうするだけです。あの子は青龍派の門人では無いようなので放しても構わないでしょう?」
「ダメだな」
「どうしてです?」
「あのガキは操り人形を動かすための大事な人質だ。それに個人的に借りを返させてもらわねえといけねえ」
「————では、力ずくで取り返させてもらいますよ」
玄龍が構えを取ると、玄貂は真顔になり静かに語り始めた。
「……此処は懐かしいなあ。おめえと初めて会った、始まりの場所だ————」
「何……ッ⁉︎」
聞き捨てならない言葉に思わず玄龍が訊き返した瞬間、玄貂は脱兎の如く母屋の中へと逃げ込んだ。
「————待てッ!」
慌てて玄龍も追いかけ、中へと侵入する。
しかし内部は灯り一つない漆黒の闇である。眼が暗闇に慣れておらず、また、間取りを把握していない玄龍はどうしても反応が遅れてしまう。その一瞬の差が勝敗を分けた。
「……忌々しいことに腕はおめえに敵わねえが————」
耳障りな声と共にボウッと蝋燭の灯りが灯され、玄貂の愉悦に塗れた顔が照らし出された。
「————軽功と悪知恵は俺の方が上だ………!」
歪んだ口元から続く言葉が吐き出された時、もう一つの顔が暗闇から浮かび上がった。
「くっ……」
龍面の下で歯噛みした玄龍が見たモノは、星河の主人————凌凰蘭の美しくも苦悶に満ちた顔であった。




