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第九章『相席食堂(三)』

 奇妙な老人を追って外へ出た玄龍ゲンリュウがしばし茫然としていると、玄狼ゲンロウ玄豹ゲンヒョウが相次いで飛び出して来た。外は陽が落ち掛けており、周囲に蠢くものは見当たらない。

 

「玄龍、あのジジイはどこに行った?」

「……分かりません。俺が出た時には、もう姿が見えませんでした」

「いったい何者なの……⁉︎」

『…………』

 

 三人は同時に黙り込んだが、いくら考えても答えが出るはずもない。

 

「おおい! アンタたち、食い逃げする気じゃないだろうな!」

 

 その時、店のオヤジが声を掛けてきた。玄狼は分かったと言わんばかりに手を振って見せる。

 

「……考えてもらちかん。今は訳の分からんジジイの事より、今後の方策を話し合おう」

「そ、そうね! まだ食事も途中だもの、中に戻りましょ、玄龍!」

「…………ああ」

 

 不気味な雰囲気を打ち払うように玄狼が言うと玄豹も同調し、玄龍は長い沈黙の後うなずいた。

 

 

 食堂へと戻り三人が一心地ひとごこちついた時、店の外から馬のいななきが聞こえ、次いで三人の男たちが暖簾のれんをくぐってきた。玄龍たちは同時に来訪者へ視線を送る。

 

 三人は歳こそバラバラだったが、皆そろいの黒い道服を纏っており、軽やかながらドッシリとした足取りから内功の使い手だと知れた。

 

「む……?」

 

 先頭の男が何かに気付いた様子で足を止めた。

 

「どうした、チン師兄?」

 

 不思議そうに後ろの男が声を掛けるが、陳と呼ばれた男は返事なく、ある一点を食い入るように凝視している。

 

「……見ろ、あの男を」

「何? ————あっ!」

 

 後ろの男が驚きの声を上げると、最後尾の男も続く。

 

「あの女も見てみろ!」

 

 三人は顔を見合わせ無言でうなずくと、玄龍の前へ立ちはだかった。

 

「貴様ら『玄冥派』だな……⁉︎」

 

 突然素性を当てられた玄龍が答える前に、玄狼が引き取った。

 

「なんのことでしょう? 人違いではありませんか?」

「とぼけるな。龍面を着けた小僧に痘痕あばた顔の女、聞いていた話どおりだ」

 

 あけすけに痘痕を指摘された玄豹の眼が瞬時に殺気を帯びたが、卓の下で靴を踏んで玄狼が制止した。

 

「……その話は誰に聞いたのかな? 『玄武派』の皆さん」

「答える必要は無い。貴様は玄狼だな? 司玄しげん————いや、崔玄舟サイゲンシュウの居場所を教えてもらおうか……!」

「答える必要は無いか……、その言葉そっくりお返しするよ」

「ならば拷問にかけても口を割らせる」

「これはこれは……、慈悲深さで知られる玄武派のご門人のお言葉とはとても思えませんな」

「裏切り者にかける慈悲など無い」

『…………』

 

 玄冥・玄武の六人が無言で睨み合うと、店の中は瞬く間に不穏な空気に包まれた。

 

「おいアンタたち、暴れるなら店の外で————」

 

 たまらず店のオヤジが沈黙を破った瞬間、黒い影が飛龍の如きはやさで店内を駆け抜けた。

 

「————やってくれ!」

 

 オヤジの言葉の終わりと共に、玄武派三人衆が声も無くその場に崩れ落ちた。呆気に取られるオヤジに向けて、黒い影————玄龍は何事も無かったように言い放つ。

 

「オヤジさん、この人たちは急に気分が悪くなったようです。眼を覚ましたらお粥でも出してあげてください」

 

 軽やかに言うと、玄龍は懐から銀錠を取り出しオヤジに放った。オヤジは眼を丸くしながらも銀錠を受け取ると、無言で厨房へと引っ込んで行った。

 

 昏倒している三人衆を見下ろしながら玄豹がつぶやく。

 

「玄武派が師父を捜しているのは分かるけど、どうして私たちのことまで知っているの……⁉︎」

「ここで鉢合わせたのは偶然だろうが、『奴』が吹き込んだんだろうな。俺たちの名前から特徴まで……」

「……あいつ……! どうして、そんなことを……!」

 

 歯噛みする玄豹を尻目に、玄狼はかがみ込んで玄武派の懐から鈍く黒光る牌を取り出した。

 

「俺たちを売った理由は玄武牌コレだろう。玄武派も巻き込んで俺たちに牌を集めさせて、後から一網打尽にするはらだ」

「なんて奴なの⁉︎ ……クソ野郎……ッ」

「青龍派にも俺たちの情報は伝わっているでしょうね」

 

 ここまで黙って聞いていた玄龍が沈黙を破った。

 

「……だろうな。つまり俺たちは狩る側から、青龍と玄武の獲物になってしまったという訳だ」

「どうするの? 師兄……」

「どうするも何も、やることは牌を集めるだけだ。……いや、すべきことが一つ増えたな。『奴』にたっぷりと礼をする必要がある……!」

 

 そう話す玄狼はいつもと変わらぬ無表情だったが、玄豹は背筋が凍りつくような迫力を覚えた。

 

「……ちょうど玄武牌が三枚手に入った。俺たちにとって記念すべき一枚目というわけだな」

 

 向き直った玄狼は牌を一枚ずつ玄豹と玄龍にほおった。玄豹は素直に受け取ったが、玄龍は手中で牌を見つめて何やら考え込んでいる。

 

「師兄、この三人はこのままでいいの? 眼を覚ましたら、また襲って来るかも知れないわ」

「そうだな……、この程度の腕なら恐るるに足らんが、叩き起こして玄武派の情報を引き出すのが————どうした、玄龍?」

 

 玄龍の様子が気になった玄狼が声を掛けると、玄龍は顔を上げて兄弟子あにでしに向き直った。

 

「……師兄、俺は要りません」

「何……⁉︎」


 玄龍の思いもよらぬ言葉に、玄狼はいささか驚いた様子で訊き返した。

 

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