第八章『毒矢(三)』
凰蘭と正剛が問い詰めると、先ほどまで人を小馬鹿にするような笑みを浮かべていた玄貂が真顔に戻った。口元に手をやり何かを思案している様子に、次の言葉を待っていた凰蘭が痺れを切らせて再び詰め寄った。
「急に黙りこくっていないで答えなさい!」
「……おい、柳。おめえ、青龍派の掌門の黄龍悟と面識はあるか?」
「面識があるも何も師父だ。振るう得物は違えど直接教えを受けているが、それがどうした⁉︎」
ようやく口を開いたかと思えば、玄貂から突然師父の名が発せられ、思わず正剛は正直に返事をした。その言葉を耳にした玄貂の顔がみるみるうちに禍々しさを帯びてくる。
「……おめえの叔父、柳怜震は『神槍』と呼ばれるほどの腕前で、青龍派でも屈指の使い手である黄龍悟を上回る強さだったと聞いたが、そんな奴がどうして死んじまったんだ……⁉︎」
「そ、それは…………」
この問いは痛いところを突いたようで、正剛は口ごもってしまった。
「どうしたあ? まっさか、ソンケイする叔父さんの死因を知らねえなんてこたあねえよなあ?」
「……叔父上は十六年前、稽古中に病死……したと、聞いている……」
「『聞いている』だあ? 直に見たわけじゃねえのかよ?」
「————仕方がないだろう! 俺は当時四歳でやっと槍を持ち始めたばかりで、まだ正式な青龍派の門弟ではなかったんだ‼︎」
苛立ちをぶつけるように正剛が怒鳴り声を上げたが、当の玄貂はどこ吹く風といった様子で、あさっての方向を見ながらつぶやいた。
「そりゃあ確かに仕方ねえなあ。ところで……、持病持ちでもねえ内功の達人が稽古中に突然死するなんて珍しいこともあるモンだなあ」
「…………‼︎」
玄貂の何気ないつぶやきに正剛の眼が見開かれた。この疑問は十六年来、己の胸中にグルグルと渦巻いていたのである。だが、どれだけ青龍派の師兄や長老などに問いただしてみても皆一様に視線を逸らし同じ答えを返すのみだったのである。
————柳怜震は病死した————。
正剛はやり場のない怒りを込めるように拳を強く握り締めて押し黙った。その様子を見ながら玄貂が再び口を開く。
「……実は、柳怜震は病死じゃねえって言ったらどうする……⁉︎」
「————何か知っているのか⁉︎ だったら教えてくれ‼︎」
懇願するように、正剛はうつむいていた顔を上げた。しかし、隣で黙って両者の話を聞いていた凰蘭は何か言い知れぬドス黒い悪意のようなものを感じ取り、二人の間を遮った。
「柳兄さま! この男の話を真に受けてはダメ! 信用できないわ!」
「おやおや、ひでえ言われようだ。それじゃあ、この話はここまでだ」
「待ってくれ!」
これ見よがしに両腕を広げて立ち去ろうとする玄貂を正剛は呼び止めた。
「……頼む、知っていることを教えてくれ……!」
「兄さま!」
頭を下げる正剛の姿を見た玄貂は、最高の玩具を手に入れた童のような笑顔を満面に貼り付けた。
「……そこまでされちゃあ、男として教えねえわけにはいかねえなあ。嬢ちゃん、おめえもよっく聴いときな。この話にゃあ、おめえの親父も大いに関係してくるんだからなあ」
「————なんですって⁉︎」
玄貂の口から父親の名前が飛び出すと、その消息を知りたい凰蘭は黙って耳を傾ける他ない。観客が押し黙ると、玄貂は満足したようにウンウンとうなずいた。
「……十六年前、白髪赤眼の凌拓飛という野郎はどういった理由かは知らねえが青龍派と敵対していた」
「白髪赤眼……⁉︎」
記憶の中の父親の容姿は黒髪黒眼である。歳を取って白髪になるというのは自然だが、その逆が————、ましてや眼の色が変わるなどということが起こり得るのだろうか?
「その凌拓飛はある時、仲間と三人で青龍派の本拠『敖光洞』へ殴り込みを掛けやがった。狙いは、まあ当時の掌門だったんだろうなあ」
「……まさか、凌大侠(英雄)が叔父上を手に掛けたというのか……⁉︎」
正剛は口を開いた後、思わず凰蘭の方へ顔を向けた。同様に顔を向けていた凰蘭と両の眼が合った。しかし、玄貂の口から発せられた答えは二人が予想していたものとは違ったものだった。
「……違うなあ。おめえの叔父上サマは、掌門であり、師父でもあった黄志龍に殺されたのさ……!」
玄貂の暗く濁った言葉は、毒矢のように正剛の胸に突き刺さった————。




