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第五章『毒鳥覆滅(三)』

 正剛セイゴウが構えを取ると、緩やかに飛行していたチンの群れが青龍派の三人の上空を旋回しだした。

 

「正剛! さっきも言ったが、奴らの羽や爪やくちばしはもちろん、鱗粉にも気を付けろよ!」

「はい!」

 

 迅雄ジンユウは正剛に声を掛けると、右腕に太刀を握った。同時に秀芳シュウホウも長剣を構える。

 

チョウ兄さまは刀を、リン姉さまは剣を使うのね)

 

 星河セイガに乗り、三人から離れて立っていた凰蘭オウランは心の中で感想を漏らした。

 

 当初はどさくさに紛れて乱戦に雪崩れ込むつもりの凰蘭だったが、迅雄と秀芳の腕前を見てみたくもなって、とりあえずは静かに観戦することにした。

 

 その時、上空を旋回していた鴆の群れのうち一羽が耳障りな怪鳥音を発して凰蘭に向かって行った。

 

 真紅の嘴が凄まじいはやさで迫って来る。例え毒性が無かろうとも、この血塗られた槍のような嘴に身体を貫かれれば即座に絶命してしまうだろう。

 戦闘態勢を取っていなかった凰蘭は反応が遅れ、気が付いた時には嘴が鼻先へ迫っていた。

 

 凰蘭が急いで真氣を運用した瞬間————、眼の前の鴆の口から光の槍が吐き出された。次いで紫色の血液のようなものが飛び散り、凰蘭の服の裾に付着するとブスブスと音を立てて焦げ跡を残した。

 

「すまん! お前の服を焦がしちまった」

 

 掛けられた声にハッとして凰蘭が顔を上げると、遠く離れた位置から正剛が槍を突き出している姿が眼に入った。その槍は先ほどまでとは比べものにならないほどの長さを有していたが、正剛が腕を引くと槍は通常の長さへと戻った。

 

「『流星衝天りゅうせいしょうてん』! 見事だね!」

 

 剣を振るって鴆を片付けながら秀芳が喝采を送ったが、正剛はブンブンと首を横に振った。

 

「いえ! まだまだです! 叔父上の技はもっともっと鋭くはやかった!」

 

 これは叔父、柳怜震リュウレイシンが得意としていた技である。単に槍の射程距離を延ばすものだが、槍を長くすればするだけ命中率は下がり、挙動も雑になってしまうという単純ながらも会得の難しい技でもあった。

 

 正剛は槍の穂先に付いていた鴆の死骸を地面へ打ち捨てると、槍を払って付着した血液をビュッと払い飛ばした。

 

「ありがとう、柳兄さま!」

「気にするな!」

 

 凰蘭の感謝の言葉に正剛が笑みを持って応えた時、仲間をやられた鴆の群れが一斉に襲い掛かって来た。

 

「よし! 来い!」

 

 気合一閃、正剛の横薙ぎが先鋒の四羽を真っ二つに両断し、上下に裂かれた嘴は二度と閉じられなくなってしまった。この様子を見た残りの鴆たちは横並びの隊列を組むのをやめ、間隔を空けて各個バラバラに襲い来る戦法に切り替えた。

 

 しかし正剛は槍を引き戻しフッと短く息を吐くと、まるで剣山のように四方八方に槍を突き出した。

 

 その突きは眼にも留まらぬ疾さだったが、正剛が槍を引き戻す度に槍の穂先に何かが順々に折り重なっていく。ほどなくして正剛は豪快に槍を回転させた後、石突きを地面に叩きつけた。

 

「よーし! 焼き鴆の下ごしらえ完了だ!」

 

 正剛が誇らしげに宣言すると、八羽の鴆がまるで調理前の焼き鳥のように槍に貫かれていた。この恐ろしくもどこか滑稽な光景に思わず凰蘭がプッと吹き出した。

 

「ダメですよ、柳兄さま。そんなものを食べたらお腹を壊してしまいます」

「おっ、そうか! だが、よく言うだろう! 『毒を喰らわば』…………なんとやらだ!」

「ええ、そうですね」

 

 正剛にしては頑張って頭を捻ってみたものの後の句が続かず、また、使い方も間違っていたが、凰蘭は微笑んで訂正しなかった。

 

「正剛!」

 

 その時、後方から迅雄の大きな声が響いてきた。

 

 正剛と凰蘭が振り返ると、一羽の鴆が凄まじい速さで二人のそばを通り過ぎていった。秀芳と共に鴆の群れを片付けていた迅雄だったが、どうやら一羽を取り逃してしまったようである。

 

 正剛が急いで槍を構え直した時にはすでに鴆は十数丈先へと距離を空けていた。この距離はおのれの『流星衝天』の射程外であるが、このまま逃す訳にはいかない。再び槍に氣を込めた時、馬上の凰蘭が右腕を軽く振るった。

 

 見れば小さな三日月みかづきが音もなく弧を描きながら、必死に羽ばたき逃走する鴆に迫り、その小さな頭部に突き刺さった。まんまと逃げおおせたと完全に油断していた鴆は地面に落下すると、断末魔の声を上げることもなく動かなくなり、やがて突き刺さっていた三日月も煙のように消失した。

 

「おお! 今のは師娘(師父の妻)の技だな! さすがだ、ラン!」

 

 今度は正剛が喝采の声を上げた。凰蘭は褒められて満更でもないようで、ニコリと笑みを浮かべる。

 

 この暗器は『無影偃月むえいえんげつ』というもので凰蘭の師父、李慶リケイの得意技である。数ある暗器の中でも扱いが難しく、才の無い者はいくら修練をしてもまともに標的を捉えることが出来ないほどであった。

 

「……凌姑娘リョウクーニャン、いや『蘭』」

 

 愛称で呼ばれた凰蘭が再び振り返ると、それぞれ刀と剣を手にした迅雄と秀芳が神妙な面持ちで立っていた。

 

「……すまん……! 偉そうに言っておきながら、お前の技に助けられた……!」

 

 誠実さに溢れた声で言うと、迅雄は刃を下へ向け包拳礼をった。横に並ぶ秀芳も無言で兄弟子あにでしならったが、その顔には鴆を取り逃がしたバツの悪さも幾分か混じっていた。

 

 凰蘭は星河セイガの背から降りて二人の前に立つと、ゆっくりと口を開いた。

 

「……顔を上げてください。張兄さま、林姉さま」

 

 凰蘭の声に二人が顔を上げると、なんとも魅力的な笑顔がその眼に飛び込んで来た。

 

「お二人の力になれて、私とても嬉しいです……!」

 

 二人に多少なりとも認められたと思うと、凰蘭の眼からは光るものが流れ落ちた。

 

 その様子をウンウンとうなずきながら眺めていた正剛だったが、不意に北の方向へ顔を向けた。

 

「どうした? 正剛」

 

 迅雄が声を掛けるが、正剛は村の北に生い茂る森の方へ視線を向けたまま答える。

 

「……いえ、多分気のせいです」

「妖怪の気配は消えた。おそらく森に棲む獣だろう」

「……はい」

 

 正剛は釈然としない様子だったものの、ようやく向き直った。

 

「よし、では秀芳は村の者に報告してきてくれ。鴆の死骸を処理したら出発しよう。今夜のうちに近くのまちまで行くぞ」

『はい!』

 

 迅雄が指示を出し、四人は動き出した。その様子を遠くの樹々の間からジッと凝視する八つの眼があった。

 

 

「————俺たちの気配に気づくたあ、勘のいい野郎だ」

 

 一つ目の声は男のもので、陰険さが溢れていた。

 

「勘だけじゃないわ。あの大男、かなりの腕前よ」

 

 二つ目の声は女のもので、慎重さが隠されていた。

 

「では、あの男はお前に任せよう」

 

 三つ目の声は男のもので、冷静さが込められていた。

 

「…………了解」

 

 四つ目の声も男のものだったが、その声は何かに遮られているかのようにくぐもっていた。


  ———— 第六章に続く ————

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