第五章『毒鳥覆滅(二)』
青龍派の三人と道連れになった凰蘭は道すがら任務の詳細を訊いた。
「鴆……ですか?」
「ああ! そいつが今回退治する妖怪だ!」
凰蘭の質問に正剛が高らかに答えた。
「それはどんな妖怪なのですか?」
「えっと……、それは…………」
しかし続く質問には途端に歯切れが悪くなり、正剛は困ったような視線を迅雄へ向けた。迅雄はやれやれといった苦笑いを浮かべた。
「鴆とは鳥の妖怪です。羽や爪や嘴に至るまで全身に猛毒を持っており、その羽を酒に浸せば一瞬で人間を殺せるほどの毒酒を精製できるほどです」
「それは怖いですね! でも、どこからそんな強い毒性を得ているのでしょうか?」
「詳しいことは分かりませんが、どうやら毒蛇などを食して、その毒を身体に蓄えているようです」
「毒蛇を食べるのなら、益鳥ではないですか?」
凰蘭の言葉に迅雄は首を振りながら答える。
「ところがそうはいきません。羽にも毒があると言ったでしょう? 鴆が田畑の上を飛来するだけで農作物が枯れてしまい、以後数年間はその田畑は使えなくなるのです」
「まあ! 数年間も!」
「そんな恐ろしい妖怪が群れをなして、いま向かっている農村を通り道にしているようです」
「その討伐が私たちの任務なんですね!」
興奮した様子で凰蘭が言うと、秀芳が横から口を挟んできた。
「凌姑娘、同行は許しましたがあなたは討伐に加わって頂かなくて結構です。危険ですので任務の間は物陰に隠れていてください」
「そんな! 私だって闘えます!」
「そうですよ、林師姉! こう見えても蘭はなかなか使いますよ! 俺の妹弟子で敵う奴はいないほどです!」
援護射撃か素直な感想を述べただけか定かではないが、正剛が助け舟を出した。だが、秀芳は表情を変えずに言う。
「なりません。出発前に張師兄はなんとおっしゃられましたか?」
秀芳の冷たい返答に、凰蘭は懇願するような眼を迅雄へ向けた。
「秀芳の言う通りです。我々の指示を聞いて頂けなければ、今すぐにでも『敖光洞』へ引き返しましょう」
迅雄の語り口には秀芳ほどの冷たさは感じないが、やはり何かこちらを遮る壁らしきものが立ちはだかっていた。
「……分かりました。でも、代わりと言ってはなんですが、一つお願いを聞いてもらえませんか……?」
「なんでしょう?」
「敬語はやめて、私のことは蘭と呼んでもらえませんか?」
迅雄と秀芳は肩すかしを食った。何を言い出すかと思えば、こんな子供っぽいことだったとは。
「……何をおっしゃいますか。師父の姪御にそのような畏れ多いこと、とても……」
秀芳が冷たく突き放すと、迅雄も無言でうなずいた。
「……そうですか……。ごめんなさい、変なことを言ってしまって……」
ガックリと肩を落とした凰蘭を見て、正剛が明るく声を掛けた。
「そう気を落とすな、蘭! 名前ならいくらでも俺が呼んでやるさ!」
「ありがとう、柳兄さま……!」
正剛の無垢な優しさに凰蘭は眼頭を熱くした。
陽が傾きかけた頃、四人は蒼州と玄州の境に位置する農村へと到着した。
道すがら凰蘭が辺りを見回してみれば、樹々や田畑の作物がまばらに枯れ果てているのが眼に付いた。
「あれが鴆の仕業なんでしょうか?」
微かに腐臭が漂っており、凰蘭は手巾で口元を押さえながら言った。
「でしょうな。これ以上被害が増えないうちに奴らを一掃しなければ、村一つが廃村になってしまう」
迅雄が低く答えると、今度は正剛が口を開いた。
「でも、人っ子ひとり見当たりませんね! 家屋の中から人の気配は感じるけど、灯りも点けないで何をやってるんでしょうか⁉︎」
「馬鹿! 灯りを消して、息をひそめているに決まってるでしょ。少しは考えて喋りなさい!」
「ああ、なるほど! さすが林師姉ですね!」
漫才のような二人の掛け合いを眺めていた凰蘭が思わず笑みを漏らすと、迅雄が強い口調で一喝した。
「お前ら、いつまで軽口を叩いてるんだ! さっさと馬を降りて戦闘に備えろ!」
『はい!』
二人は同時に返事をして馬を降りた。怒られたのはアンタのせいよとばかりに秀芳が正剛を睨んだが、正剛にはその真意など分かろうはずもなく、握り拳を掲げて応えてみせた。
「凌姑娘、あなたはそのまま馬に乗っていてください」
「え?」
正剛たちに続いて星河の背から降りようとしていた凰蘭に迅雄が声を掛けた。
「どうしてですか? 張兄さま」
「あなたは戦闘に加わらなくていいと言ったでしょう。万が一、危険が迫った時は私たちに構わずその白馬で飛んで逃げてください。いいですね?」
「……はい」
凰蘭が渋々返事をした時、秀芳の甲高い声が聞こえた。
「————来たよ!」
一同が視線を東の空へと送ると、鷲ほどの大きさの鳥が十数羽群れをなして飛んで来るのが見えた。
しかし、鷲と決定的に違うのはその体色だった。
羽は毒々しい緑色をしており、嘴は血が滴るような真紅である。眼に収めるだけで吐き気をもよおす組み合わせだ。
鴆の群れが通り過ぎた後には緑色の鱗粉のようなものが漂い、やがて田畑や樹々がボロボロと崩れ始めた。
「気を付けろよ。あれを吸い込むと肺が腐り落ち、皮膚に付着しただけでその部分が壊死するぞ……!」
秀芳は迅雄の言葉にうなずくと、正剛へ顔を向けた。
「正剛、お前の腕には期待しているからね。頼んだよ!」
「はい‼︎」
威勢よく返事をした正剛は呼吸を整え、左腕を前方へ突き出した。ほどなくして掌から光の粒が生み出され、やがて巨大な槍の形をなしていった。
「任せてください! 怜震叔父上直伝の槍術で奴らを一匹残らず捌いてやりますよ!」
鳥の数え方を間違えていた正剛だったが、自信満々に光の槍を振り回して構えを取った。