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第五章『毒鳥覆滅(一)』

 蓬莱山ほうらいさんにまだ朝靄あさもやがかかる中、一頭の白馬が朝陽を浴びながら斜面を滑空している。その背には青い服を纏い、鳳凰をかたどった髪飾りを刺した少女の姿があった。

 

「すご〜い! 星河セイガ、おまえ空を飛んでいるわ! 母さまが焔星エンセイ桃花トウカも空を飛ぶって言っていたけど、本当だったのね‼︎」

 

 青い服の少女————凌凰蘭リョウオウランは興奮した様子で白馬の首を撫でた。

 

 白馬の名は星河といい、『焔馬えんま』と呼ばれる空を駆ける妖怪馬の血がその身に流れていた。

 

 凰蘭に褒められた星河が誇らしげにいなないた時、突如ガクンと高度が落ちた。

 

「————キャッ!」

 

 思わず凰蘭は叫び声を上げた。

 

 恐る恐る下へ目線を向けると、煌々と燃え盛っていた星河のひづめの炎が弱まっているのが見えた。

 

「星河! お前まさか、まだ上手く飛べないの⁉︎」

 

 切羽詰まった凰蘭の声に星河が弱々しく答えた時、その身体は地上へと急降下していった————。

 

 

 

 凰蘭に頭上を飛び越えられた柳正剛リュウセイゴウは驚きの声を上げた。

 

チョウ師兄! 見ましたか⁉︎ 星河が飛んでましたよ!」

「感心している場合か! 背に凌姑娘リョウクーニャンが乗っていたぞ!」

 

 興奮気味の弟弟子おとうとでし張迅雄チョウジンユウがたしなめたが、正剛はなおも眼を輝かせて言う。

 

「いいなあ、ランの奴。俺も乗せて欲しい!」

「馬鹿言っているんじゃないよ! あの娘、逃げ出したのよ!」

「え? 逃げ出した?」

「————いいから、追うわよ!」

 

 頭の回転が鈍い正剛に林秀芳リンシュウホウが業を煮やして一喝した。

 

「あの白馬の親馬が空を駆けるというのは本当だったのだな」

「ええ、父馬は妖怪の血を引いていると聞いたわ。こんなことになるなら、やっぱりあんな馬を育てるべきじゃなかったのよ」

「そんなことを言っても仕方ないだろう。今はとにかく凌姑娘を連れ戻さねば」

 

 先を行く迅雄と秀芳が言葉を交わしていると、後ろから正剛が大声を上げた。

 

「師兄、師姉! あれを見てください!」

 

 正剛が指差した先では、白い流星のようなものが凄まじい速さで地表に墜落しようとしていた。

 

「蘭! いま行くぞ‼︎」

 

 正剛は馬を飛ばして、あっという間に二人を追い抜いて行った。

 

 

 

『————母さま、どうして蘭が母さまの弟のところへ行かなきゃいけないの?』

『……ごめんね、蘭。あなたが十五歳になったら必ず迎えに行くからね』

『蘭がいたずらばっかりするから? 男の子に怪我をさせたから? 蘭のこと嫌いになっちゃったの……?』

『……そうじゃないわ、あなたのことは今までもこれからもずっと愛しているわ。母さまと父さまが悪いのよ……!』

『母さまの言ってること分かんない。父さま。蘭、良い子になるから捨てないで……!』

『蘭……! よええ親父でゴメンな……、俺ももっと強くなるからな……‼︎』

『……いやだ、行かないで……』

 

 

 

「————置いていかないで! 父さま、母さま‼︎」

 

 凰蘭が絶叫と共に手を伸ばすと、その指先を何かがペロリと舐めた感触が伝わってきた。

 

 ゆっくりと眼を開けると、見覚えのある白馬が申し訳なさそうにしている姿が見えた。続いて辺りに眼を向ければ、ひらけた平地に自分が横たわっていることが分かった。どうやら蓬莱山の麓まで降りられたらしい。

 

「……星河、そう……。墜落する寸前でもう一度浮かべたのね……、ありがとう」

「————蘭!」

 

 その時、背後から男の大きな声が響いてきた。

 

 振り返れば正剛が大急ぎで馬を飛ばして来るところだった。

 

「柳、兄さま……」

 

 正剛は馬を停めるのも面倒とばかりに背を蹴ると、空中でトンボ返りして凰蘭のそばへ着地した。

 

「大丈夫か、蘭‼︎」

「起き抜けに柳兄さまの声はいい気付けになりますわね」

「ん、そうか? なんだかよく分からんが、お前のためになったんなら良かった!」

 

 首をひねりながらも笑顔を見せた正剛を見て、凰蘭も口に手を当てた。

 

「ところで蘭、急に星河と飛び出してどうしたんだ? びっくりしたぞ!」

「それは…………」

 

 凰蘭は立ち上がりながら服に付いたホコリを払っていたが、正剛の問いかけに口をつぐんだ。もう戻らぬ覚悟で『敖光洞ごうこうどう』の裏口の大門をくぐる時に両親を捜しに行くと宣言したが、どうやら正剛たちの耳には上手く届かなかったらしい。

 

 正剛はともかく、迅雄と秀芳は自分を『敖光洞』へ連れ戻そうとするだろう。なんと説明をしたものかと思案していると、正剛の背後から当の二人が駆け付けて来るのが眼に入った。

 

「凌姑娘、大丈夫ですか⁉︎」

 

 迅雄が心配そうに声を掛けてきた。その眼と声からは本当に自分を案じてくれていることが伝わり、凰蘭は心が暖かくなるのを感じた。

 

「ええ。おかげさまで無事ですわ、張兄さま」

 

 凰蘭がニッコリ笑って返事をすると、今度は秀芳が口を開いた。

 

「それで凌姑娘、何故こんなことを……?」

 

 迅雄のそれとは打って変わって、秀芳の声と眼にはやはり冷たいものが感じられたが、凰蘭は強い決意を秘めた表情で改めて宣言した。

 

「私は父さまと母さまを捜しに行きます。青龍派にはもう戻りません……!」

「本気か⁉︎ 蘭!」

「ええ、柳兄さま。従弟いとこ龍珠リュウジュも心配ですしね」

「それはいい! 俺たちもお三方を捜すめいを請けているんだ!」

 

 迅雄と秀芳はこのやり取りを聞いて、面倒なことになったとばかりに顔を見合わせた。

 

「凌姑娘。お気持ちは察するが、外界は妖怪や盗賊が跋扈ばっこしており大変危険なところです。お三方の捜索は我々に任せて『敖光洞』へお戻りください」

 

 正剛がこれ以上余計なことを言い出さぬうちに迅雄が釘を刺した。だが、凰蘭は眼を輝かせて興奮気味に口を開いた。

 

「そういえば妖怪退治に行かれるのでしたね! 私も付いて行っていいかしら!」

 

 凰蘭は両親が妖怪退治をしていたことに憧れを感じており、また、青龍派で研鑽した成果を思い切り試したくもあった。それに三人を捜すと言ってもアテがあるわけでもないため、このようなことを言い出したのである。この辺りの性格は父親によく似ていた。

 

「は⁉︎ いや、それよりもなぜ任務のことを……?」

「あ……! いえ、なんとなくそんな気がしまして……」

 

 凰蘭は分かりやすくしどろもどろになった。まさか、天井裏で話を盗み聞きしていたとは口が裂けても言えない。

 

「何を言っているのです。そんなこと駄目に決まっているでしょう! さあ、戻りますよ」

 

 苛立ちの込もった声で秀芳が止めたが、凰蘭は首を横に振った。

 

「だったら私はこのまま星河と二人で行きます。止めても無駄ですよ」

「……仕方ありませんな」

「いいのですか⁉︎ 張兄さま!」

「張師兄⁉︎」

 

 迅雄の返事に凰蘭と秀芳が同時に声を上げた。

 

「ですが条件があります。私の指示を必ず聞いて、独断で動くことはしないこと。これが守れなければ一緒に連れて行くことは出来ません」

「守ります、守ります!」

 

 凰蘭は飛び跳ねながら嬉しそうに手を叩いた。

 

 秀芳はその様子を横眼で見ながら、小声で迅雄に話しかけた。

 

(ちょっと、師兄! 本気なの⁉︎)

(ああ、この娘の性分からして意地でも折れんだろう。それに断れば、あの白馬でまた飛んで行ってしまう。そうなれば厄介だ)

(それはそうだけど……)

 

 迅雄はまだ納得がいかない様子の秀芳に顔を近づけ、さらに小声で言った。

 

(このまま一人で行かせて危険な眼に遭わせるのもマズいし、かと言って我らも任務があって『敖光洞』に戻っている暇はない)

(ではどうするの?)

(近くのまちで仲間に応援を頼もう。眠っている時なら馬とも離れているだろう)

(さすがね、師兄!)

 

 今後の見通しが付いた迅雄と秀芳が振り返ると、

 

「良かったなあ、蘭!」

「ええ! 初任務ね!」

 

 何も知らぬ正剛が凰蘭と呑気に笑っている顔が見えて、二人は恨めしそうな視線を向けた。

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