狂気
人魚姫に大陸まで送ってもらったノブは近くの町で馬を買い、ひたすら洞窟を目指していた。
「あと数日もすれば山のふもとまでつくな! 久しぶりにシャリーンに会うことができる」
ノブは興奮でドキドキしていた。
「シャリーンに再会したら、今度こそプロポーズするぞ! まあ指輪はないが、オレの気持ちをぶつければシャリーンが断るはずはないからな」
ノブはシャリーンと結婚して二人で誰もいないところでのんびり暮らそうと決心していた。
「今日はここで休むか」
ノブは馬を降り小さな岩の上に腰掛けた。
ノブはもともと小さな村の農民の出である。大勇者と持ち上げられて、大貴族のような地位についてしまったが、ノブは地位や名誉といったものには全く興味がなった。
幼いころ両親を亡くし、親せきの家を転々としその才能ゆえに王立騎士大学校からスカウトされ勇者になった。
ノブの求めるものは暖かい家庭であり、愛する妻であり、シャリーンと家族になることだけだった。
「そういえば、ガリウス島を出てから何も食べてないな」
ノブはシャリーンと会ううれしさのあまり、食事をとるのも忘れていた。
「探索!」
ノブは周囲10キロの生物を探知することができる。それは人、魔物、獣なんでもだ。
「あっちか!」
ノブは反応のあった方角に手をかざした。
鋭い電撃がノブの指から放たれた。電撃は1キロ先の何かに命中した。ノブは再び馬にまたがり、その方角に向かった。
そこには3メートルはあろうかという大きなシカがすでにこと切れていた。ノブは馬をゆっくりとおり、シカの首を剣で落とした。
「悪いな、お前に恨みはないが、たまたまそこにいた自分を恨んでくれ」
ノブはそういうとその手から火を放ちシカを丸焼きにした。
「こいつを食べたら、1週間は休みなくシャリーンのところを目指せるな!」
ノブはすでに人を超越していた。人間でノブにかなうものは誰もいないだろう。魔王がいなくなった現世ではノブは最強の存在といってよいだろう。
ノブの唯一の欠点は人を愛しすぎてしまうこと。そして唯一の間違いは魔王を愛してしまったことである。ノブにとってシャリーン一人の方が人類すべてよりも大切であった。シャリーンのためならば人類が滅亡してもいいとさえ思っていた。
「シャリーン、君が望むなら、こんな世界滅ぼして二人で静かに暮らしたいね」
ノブの狂気に満ちた笑みが満月の夜に怪しげに浮かんでいた。
手には仕留めたばかりの大鹿の頭が! 口から顎にかけてはその血がしたたり落ちていた。