ミトの過去
シンがゴブリン軍にとらわれることになる、十数年前にさかのぼる。
洞窟を追い出されたミトは森の中をさまよっていた。ゴブリンとして現世に転生後、洞窟からこれほど離れたのは初めてである。
転生したばかりの時は、ゴブリンとしての自分に戸惑ってはいたが、いつの間にか洞窟での安定した生活に満足していた。特に大きな失敗も、嫌われるようなこともしていないはずであった。
突然、追い出されたことは、全く納得できない。彼は怒っていた。
「そういえば、前世の事、いつの間にか忘れちゃったな」
今では前世の記憶はほとんどない。以前の名前が「山田」だったということだけは何故か忘れていない。
ミトはあてもなく、森の中を歩いた。木の実や木の皮を食べて、時には虫を食べて・・・・
「おなかが減った!」
ミトは空腹である。
この辺りには、食料となるものがほとんどない。このままでは、持たない。ミトは森を抜けて山を下りることを決心した。
これまでも、山を下りることは何度も考えていた。しかしこの世界に人間がいるのかどうかはわからないが、もし人間がいるならゴブリンの自分が人のいる場所に行くわけにはいかないと思っていたからだ。
ミトは山をどんどん下りて行った。山を下りるほどに、木の実や小動物の数は増えていった。
洞窟を出て10日ほどたったころ、ミトは畑を発見した。そこには大根やニンジン、カボチャなどがあった。
ミトは夢中でそれらを頬張った。
「うまい、うまい、うまい!」
この世界に来て、初めてのちゃんとした食材である。ミトは我を忘れて、畑の中のあらゆるものを貪った。満足したミトは畑の真ん中で眠ってしまった。
とても幸せな気分であった。転生後初めて、満腹で暖かい土の上で・・・・
ミトはふと気配を感じて目を覚ました。
眼球の数センチ先に槍の切っ先が見えた。
反射的に立ち上がり、かろうじて槍をかわした。
「この、ゴブリンめ! 目を覚ましやがった!」
ミトの周りには数人の人間がいた。彼らは槍や鎌を持っている。
「逃げなきゃ」
ミトは直感で、敵だと認識し走り出した。殺される! 死にたくない!
ミトは走りながら、その事ばかりを考えて、ひたすら走った。
「逃げやがった、追いかけろ!」
人間たちは必死で逃げるミトを執拗に追いかけてきた。
彼らからしてみれば、畑を荒らした害獣のようなものである。取り逃がせば、またいつか畑を荒らされる。人間たちから見ても、取り逃がすことは死活問題である。
ゴブリン、人間ともに生きるために必死である。
1時間ほど、ミトと人間たちの追いかけっこは続いた。
「見失ったか・・・・」
人間たちは諦めて去っていった。
ミトはこの1時間生きた心地がしなかった・・・・
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