この中に1人男の娘がいる! いや、まぁ僕なんだけどね8
ディナーがふるまわれるという宴会場に僕達は移動する。畳が敷き詰められたお座敷席で、料理と座布団が人の数だけ並んでいる。すでに桜島さんの姿があり、入った瞬間に目が合った。意識のしすぎかもしれないが、呼ばれた気がしたので僕は彼女の右隣に座った。服装は変わっていないが、すでにお風呂に入ってきたらしく、石鹸の香りがする。硫黄の香りがしないってことは、温泉には入っていないのかな? それとも、意識的ににおいは消したかな。そういえば、僕は硫黄のにおいをぷんぷんさせてるけど、女の子的にこれはNGなのかな。うむむ。
「あたらしいおっぱい」と、レイラちゃんが桜島さんに襲い掛かりそうな気配がしたので、「だめっ」と子供をしかるように言った。そしたら、存外おとなしくレイラちゃんは空いていた僕の右隣の席に着いたのだった。僕の言葉を聞いたというより、眼前の料理に興味が移ったみたいだ。
「あ、あの。さっきはどうも。これ、返します」
「貸したのを忘れてたよ」
目で呼ばれた気がしたのは、気のせいではなかったみたいだ。綺麗に四つ折りにたたまれた外套を桜島さんから受け取った。
「では、みなさんお揃いになりましたね」
壁に掛け軸がかけられた上座に座る如月さんがよく通る声で言った。彼女も相変わらず不思議の国のアリス風の青いエプロンドレスをまとっている。その姿は、和風の旅館とはミスマッチだ。
「早速お食事を――と行きたいところですが、少しお時間をいただきますわ。それぞれ自己紹介をしていただきます」
自己紹介か。なるほど、たしかにそれは必要だろう。短い時間だけど、これから限られた空間の中で寝食を共にすると同時に、オーディションで戦うべき相手でもあるのだから。
「では、八幡宮さんから時計回りに行きましょう」
「わかったわ。初めまして。ぜひ、仲良くしましょう。僕ちゃんは八幡宮美穂」
そう名乗りをあげた八幡宮さんの瞳は垂れ目がちだが、気は強そうだった。
「ここにいるやつらは、僕ちゃんにとってはみんな敵。最後まで残るのは僕ちゃんだからよろしく」
サイドテールを揺らしながら彼女は宣戦布告をした。しょっぱなからとんでもない自己紹介だね。『仲良くしましょう』とはなんだったのか。最後まで残ると断ずる八幡宮さんは自信に満ち溢れていた。
これには、主催者の如月さんも一瞬あっけにとられたみたいだ。
「ぼくたん的には、敵でなくライバルであって欲しいですわね」
「ライバルなんて幻想よ。如月――あなたは<ボクっ娘界のレジェンド>だなんて呼ばれてるけど、残念ながらもうすぐそれは終わるわよ。僕ちゃんがあなたを超すからね」
「ライバルが幻想ですか。人の考えはそれぞれなので、ぼくたんはあえて何も言いません。ぼくたんを超すというのは楽しみにしてますわ」
勝ち気な部分がある如月さんは、受けて立つといわんばかりに微笑んだ。
如月さんと真っ向から対立すれば、オーディションの結果に悪影響を及ぼす可能性があるのに、八幡宮さんはとんでもない肝っ玉を持ってるぜ。
次は桜島さんだ。
「さ、桜島日鞠。十五歳だよ」
恥ずかしそうに三つ編みをなでながら、桜島さんはぼそぼそと言った。
「終わりですか?」
「終わりです。す、すみません」
「アイドルには、アピール力も必要ですわ。あなた様は魅力のあるお方なのですから、次はもっと自分を出せるように頑張ってくださいませ。八幡宮さんは、多少過激ですがいい例ですわ」
「はい……」
ボクなんて自己紹介する価値もないんだけどね。ぼそりとつぶやく桜島さんの声が隣にいた僕には聞こえた。
次は、僕の番だ。平々凡々な自己紹介が注意を受けた後ではあるのだけど、僕も大した自己語りはできない。